第38話 心情
「えっと……行っちゃった、ね……」
「……そうだね」
美雪の言葉に返した声は、自分でも分かるくらい暗かった。
……何なんだろう。この、トゲトゲした感じ。
私は自分の胸に手を当てて、ため息をついた。
「ねぇ……美雪」
「うん? なぁに?」
「……人を好きになるって、どういう感じなの?」
ただ単純に、知りたかったんだ。
人を好きになるというのが、どういうものなのか。
今の自分の心情は……何なのか。
「うーん……どういう感じ、かぁ……」
「なんでもいいの! なんか、どんな風になるのかっていうか、えっと……」
しかし、美雪の反応は困惑したような感じだった。
それに焦ってしまい、支離滅裂な言葉を発してしまう。
すると美雪は微かに笑い、「そうだなぁ」と言いながら空を仰いだ。
「なんていうか……その人だけが特別に見える、かな」
「特別?」
「うん。その人が世界の中で輝いている感じがして、その人だけが別世界にいるような感じがするの」
「別世界?」
「なんて言うんだろう……よく分かんないけどさ、他にも周りには人はいるけど、その人だけ、他とは違って見えるというか……その人だけ、すごく綺麗に見えるというか……」
「へぇ~……他には?」
催促しながら、私はすでに、その感情に合致する人物が分かっていた。
別世界……それには、崇拝も含まれているのだろうか。
私にとっての神で、他の人とは違って見える。
他の人より……綺麗に見える。
そんな人物……一人しかいない。
「ん~……あとは、その人と一緒に安心する、かな?」
「安心?」
「うん。気持ちがホッとするというか、そんな感じかな」
「へ~……恋って、すごく温かい感じなんだね」
私はそう言いながら目を伏せた。
安心する……前に助けてもらった時、安心した。
ううん、それじゃない。
この人の傍にいると、安心して……楽しいんだ。
「……でも、嫉妬もするよ」
美雪の言葉に、私は顔を上げた。
嫉妬……嫉妬、か……。
「やっぱりさぁ、恋には嫉妬って付き物じゃない?」
「……そうなの?」
「うん。自分以外の誰かと一緒にいるとムカムカしたり、不快になったり……クロとはそういうの無いけど、いつかはそういうのがあっても楽しそうだなって」
「そっか……」
呟きながら、私は自分の胸に手を当てる。
ムカムカ……不快…………トゲトゲ……。
あぁ、そっか……。
私のこの感情って……。
「もしかしてシロ、好きな人出来たの?」
「ぅぇッ!?」
その時、突然美雪にそう聞かれ、私は素っ頓狂な声をあげた。
すると美雪は笑って「え、誰なの? 私の知ってる人?」と聞いてくる。
誰って、そんなの……美雪が一番知ってる人だよ……。
「それにしても、犬であるシロが恋ねぇ……一体相手は誰なんだか」
「……美雪」
小さく、私は美雪の名前を呼ぶ。
美雪への好きを、改めて自覚した。
何度も遠回りしたし、何度も諦めようとした。
でもダメなんだ。
犬だった頃から、ずっと、私は……―――
「私が好きなのは……美雪だよ」
―――貴方が好きです。




