第14話 ご主人様
風呂から上がり髪を乾かすと、いよいよあとは寝るだけになる。
美雪に乾かしてもらった髪を手で撫でていると、美雪が押し入れを開きながらこちらを見た。
「シロ~。ベッドと布団、どっちがいい?」
美雪の問いに、私は少し考える。
布団は二枚繋げれば多少は面積を確保できるが、ベッドは二人で寝るには狭い。
何を言っているんだって? 当然、美雪を独りにしないために、一緒に寝る方法だ。
今日一緒にお風呂に入って、美雪を独りにしたくないという気持ちが強くなった。
だからできるだけ彼女と一緒にいたいのだけれど……。
「ん~。美雪はどっちがいい?」
最終的には、美雪に聞くことにした。
やはり美雪を優先することが大切だからね。
一に美雪、二に美雪。三四も美雪、五に美雪。
私の座右の銘ということで。
「えっ……私は、毎日寝慣れてるベッドが良いかな」
「じゃあ私もベッドで寝る~」
「えっ?」
「えっ?」
聞き返されたので、反射的に私も聞き返してしまった。
いや、私は美雪命だから当然美雪を優先するのだけれど……って、そもそも一緒に寝るという概念がおかしいのか。
ひとまず「ん~?」と首を傾げて見せると、美雪はしばらく困惑した表情を浮かべていた後で、口を開いた。
「それはつまり……一緒に寝る、と?」
「うん。そうだよ?」
「……なんで?」
美雪の質問に、私はどう答えれば良いのか分からなくなる。
しょうがない。ここは泣き落とし強引に行こう。
悲しそうな表情を浮かべてみると、美雪はギョッとした表情を浮かべた。
しめしめ。
「……美雪は私と寝るの、嫌?」
「や……別に嫌じゃないけど……」
「ホント!?」
目を輝かせながら言うと、美雪は困ったように笑う。
確かに美雪を困らせたくない。
でも、それ以上に彼女を……独りにしたくないのだ。
「じゃあ分かったから、さっさと寝よ? 今日色々あったから眠い」
「うん分かった!」
私はそう答え、美雪に抱きつく。
そのままの勢いでベッドに倒れ込み、私はそのまま美雪を抱きしめる。
直接肌を触れ合わせたからか、今更動揺だとかそういうのは無い。
興奮はするし、滅茶苦茶嬉しいけどね。
「ちょ、シロ!?」
「美雪と一緒~」
私がそう言いつつ笑って見せると、美雪も笑い、私の頭を撫でた。
優しい手の感触に、私は目を細める。
犬だった頃の名残か、尾てい骨の辺りに違和感を抱く。
そうか、尻尾が無いから。
もし尻尾があったら、今頃激しく揺れていることだろう。
「分かったから、ホラ、ちゃんと枕に頭乗せて」
「はーい」
美雪の言葉に従い、私は枕に頭を乗せる。
すると美雪は笑い、私の体を強く抱きしめた。
これは……。
「美雪?」
「ベッド狭いから……近づかないと」
美雪の言葉に、私は「あ、そっか」と呟き、彼女を抱きしめ返した。
体が密着し、彼女の鼓動を感じた。
すると、美雪が何かリモコンを操作して、電気を切るのが見えた。
暗くなった部屋。美雪だけでなく、私も疲れていたのか、少し瞼が重たくなっていく。
瞼を閉じようとした時、寝息が聴こえた。
「……美雪?」
小さい声で名前を呼んでも、彼女は反応しない。
……もう眠ったのか。
暗くて彼女の顔が見えないけれど、呼吸から、大体の位置は分かる。
「……美雪……」
呟いてから、私は美雪の寝間着を少し強く握る。
……未練を解決させたら、私はそのまま成仏する。
これは、私の脳にインプットされた知識に刻まれた情報。
恐らく、これは神の気遣いなのだろう。
成仏……それはつまり、死ぬということ。
死ぬのは……嫌だ。
でも、美雪を独りにするよりはマシ。
美雪が幸せなら、それで良い。
私の代わりを任せられる人がいれば、それで……。
……それは分かっているのに……。
私は少し体を動かし……美雪の唇に、自分の唇を重ねた。
ここで美雪が目を覚ましてしまっても良い。
何秒も、何十秒もかけて、私は美雪とのキスを続けた。
……苦しいよ。
こんなに好きなのに。
こんなに私は貴方を愛しているのに。
なんで貴方は……私を見てくれないの。
「好きだよ……美雪、好きだよ……」
呟きながら、私は彼女の体を抱きしめた。
好きだよ。美雪。
貴方を幸せにしたいのは本音。
でも、もっと本当のことを言うなら、その相手は私でありたかった。
しかし、それは許されない。
私は元犬で、死ぬべき生命だから。
貴方と一緒にいることは……許されないから。
「……愛してるよ、美雪」
呟いて、私はもう一度美雪と唇を重ねた。
私からの、一方的な想いだけの契り。
ただの自己満足だけの、口付け。
ほんの一瞬の……充足感。
それだけでいい。
それ以上を望んではいけない。
だって私は……美雪の、飼い犬だから。
ご主人様より幸せになることなんて……許されないから。
ご主人様と幸せになるなんて……あり得ないから。




