階段
授業中、急に頭がズキズキと痛み出した為に、保健室に行くと教師に告げて、教室から出た。授業をしている教室の横を静かに通り過ぎて階段へ向かう。やっと踊り場に着いた時に、ふと頭上から風を感じて目線を上げた。
屋上へと繋がる階段、その向こうから風が吹いてきている気がした。
辺りを見回し、そっと一段目に足を乗せる。それから一気に駆け上がった。
駆け上がった先に、屋上の分厚い扉がある。よく見ると、いつもしっかりと閉じられている屋上の扉が数センチ開いている。鍵がかかっていない。
外から流れてくる風に誘われるままに、スッと扉を横に開いた。
屋上は昼間の明るい光と、心地よい風に満ちている。
私は、透き通った青空の下に、一人の男子生徒を見つけ、じっと目を凝らす。
すると、背中を向けていた男性生徒が、ふいっとこちらに振り帰った。
「……あっ……」
思わず、という風に、男子生徒が小さな声を漏らした。
丸く見開かれた瞳と、ばっちりと目が合う。
数秒の間、私たちは見つめ合っていた。
「あ、あのっ……」
予想外にも、男子生徒のほうが先に沈黙を破った。
「鍵…‥空いてた…‥?」
私が言葉もなく頷くと、男子生徒は困ったように頭をかく。
そして再び、沈黙が降りてきた。
男子生徒の挙動は、あちらを見たりこちらを見たりと、落ち着きがない。
私はさっさと終わらせようと、彼に質問をしてみた。
「何年生?」
私が質問すると、きょろきょろとしていた男子生徒の視線がピタリと私に止まった。
「……さ、三年生…‥」
彼が恐る恐ると私の質問に答える。
「じゃあ、私の先輩だ。私、二年生、高橋望。ノゾミって呼んでいいよ。あなたの名前は……?」
「…………おざわ、さとる……」
「悟先輩? ……じゃあ覚えてる?」
小澤悟と名乗った先輩が、小首を傾げた。
私は、深呼吸をしてから、一気に言葉を吐き出した。
「悟先輩は一昨年、この屋上で飛び降り自殺しました」
重苦しい台詞を聞いた彼が、はっとしたような顔でこちらを見る。
「悲しいことですが、貴方がいていい場所はここではないです。還ってください」
厳しく注意をするように言うと、先輩は泣きそうな表情を残して、その場から姿を消した。
男子生徒の姿が見えなくなったと同時に、チャリンと、固い地面に何かが当たる音がする。
私は地面に落ちものを拾い上げた。屋上の鍵のようだ。
つい最近、生徒の間で、ある噂が立った。
立ち入り禁止であるはずの屋上の扉が開いているらしい。
その噂を聞いて、興味本位に屋上の扉に近づいてみた男子が、今度は、扉の向こうに知らない男子生徒がいるのを見たと騒ぎ出した。誰かが鍵を持っていて無断で屋上に入ったのだと噂したが、真相は分からなかった。ただ一つ分かることは、一昨年、ある男子生徒が屋上から飛び降りる事件が発生してしまった為に、屋上に生徒が立ち入ることは禁止されていたことだった。
ここで突然話は変わるが、私はよく死者に呼ばれる。
冗談ではない。夢であればいいのにと何度思ったことか。
私は死者に呼ばれると、必ず酷い頭痛がする。
無視すると、余計に痛みが増すので、呼ばれたら絶対に行かなくてはならない。
そして、ただ一言、私は死者に言葉をかける。
還ってください、と。そうすると、本当に死者はいなくなる。
消える時、死者はさまざまな表情を残していく。
笑ったり、喜んだり、憎しみをあらわにしたり、本当に様々だ。
先輩は最後、泣きそうだった。まだここにいたい、というような表情だった。
私自身が死者に呼ばれることについて、はっきり理解している訳ではないが、いつもこれだけは何となく感じている。死者は、この世にいてはいけない存在なのだ。
私は手に入れた鍵で、屋上を戸締りして、そのまま鍵を制服のポケットに締まった。
もし、また会えたらこの鍵を渡してみようか、それまでの間、大切に私のもとで保管でもしておこうかと思いながら、階段を静かに降りた。