第7話 リアル連合「島津まゆり」
第7話 リアル連合「島津まゆり」
「こんままアントワネットと二人、『けみけみ☆ているず』におってん仕方なかが〜」
「『ケミカルテイルズ』!」
俺とジェラールさんは殴る蹴るの暴行を加え、れいなんこさんをぼこぼこにした。
「まいけるんみたいな初心者上がりが行っても、足手まといやろが」
「初心者上がり? そいが良か、そん方がまだデッキも固まっちょらん。
戦力やスキルはあとからいくらでんついて来よっ。
『MA☆ロマンスシミック』なら、強か人が寄ってたかっせえ教育してくれっ」
ぼろぼろのれいなんこさんはそう言って、口から血をだらりと垂れ流した。
俺は消しゴムをかける作業に戻って言った。
「てか、れいなんこさんさ、『MA☆ロマンスシミック』みたいな上位連合だったら、
常時20人満員で、空き枠なんかそうそう出来ないんじゃ?」
「あ、うち次ん合戦イベ後、一人移動予定者がいよっ。
まいけるんが枠はちゃんと確保しちょくど、安心しやんせ」
「断る」
見るとジェラールさんから何とも言い様のない、嫌オーラが出ていた。
それでもペンを握る手は、きっちり動かし続けているのか。
「まいけるんおらんかったら、ラストダメ出んやろが」
「何ち、アントワネットも来たかね? しょうがなかね〜」
「ちゃうわ、まいけるんは『ケミカルテイルズ』ん連合員!
『しみしみ☆ろまんす』なんぞに誰がやるっちゅうねん」
『しみしみ☆ろまんす』…危うく原稿用紙にお茶を吹き出してしまうところだった。
「けみけみ☆ているず」発言の仕返しかよ。
「むぎ! 『MA☆ロマンスシミック』じゃっど! 間違えっでなか!
…さすがアントワネットが大事ん子じゃっどな、まいけるんと結婚でんすっとけ?」
「は? 俺がこのごみ屋敷の主人になるとかごめんだな」
「うちも名前が『道村道子アントワネット』とか、みちみちになるのん嫌や〜」
「みちみち…ぷっ、ウェイ系?」
俺とジェラールさんの「ケミカルテイルズ」は、
俺の消しカス飛散攻撃を起点に、ジェラールさんの使用済みペン先爆弾が炸裂し、
「しみしみ☆ろまんす」からの刺客に猛抗議した。
「ジェラールさんグッジョブ」
「まいけるんこそナイスやで」
俺たちはぐっと手を固く握り合った。
そして何事もなかったかのように、また作業へと戻って行った。
前回は途中からアシスタントに入って、漫画の内容もよくわからなかったが、
今回は最初から入るために、あらかじめネカフェでコミックを読んで来た。
ジェラールさんのリアル連合「島津まゆり」は、一応少女漫画家の分類だが、
ジャンル内ではギャグ漫画家の扱いらしい。
今手伝っている作品「黒のスケアクロウ」は、絵もしっかり描き込まれてあり重厚で、
人物のポーズも多彩、少女漫画にしては上手過ぎるぐらいだし、
作中に頻出する銃火器やメカ類も、資料をよく読み込んで描いてある。
「ヤクザの代理戦争」というシリアスなストーリーも、リアリティと人情味があるし、
テンポの良い展開で引き込まれる。
…ただ、この作品が掲載されているのは、「月刊ナ・ナ・ナ」という幼年向け少女雑誌だった。
雑誌の他の作品のほとんどが、目のやたらでかい少女の甘いラブストーリーだ。
なぜ「黒のスケアクロウ」という、血腥い、シリアス過ぎる作品が、
この雑誌に掲載されているのか、全く謎過ぎる。
作品が黒過ぎるあまり、俺も墨を塗る箇所が多過ぎて疲れる。
「いやさ、そこが笑えるねや…てか、笑ろてくれやあ」
「『ナ・ナ・ナ』開いっせえ、いきない『黒んスケアクロウ』んページじゃったら、
おいも吹き出す自信あっど、何ヤクザんおんじょらが血まみれでわっぜか戦うちょっち…」
ジェラールさんとれいなんこさんは至極冷静だった。
「てか、『ナ・ナ・ナ』掲載って事は付録もある?」
「あっど、前はノートとか、レターセットとか紙製品じゃっどん、
最近は付録も豪華んなっせえ、『フランクさんおしゃれセット』とかメイク道具」
「フランク? ああ…米兵崩れの工作員のおっさん」
作品を読む限り「フランク」というキャラは、全身傷だらけのいかついおっさんだ。
あれがどうメイク道具になるのやら。
「いや〜、そこは『マットくん&ボブちゃんLOVELY☆ペンケース』やろ。
これやったら実用的やし、まいけるんにもイチオシ。
うちも実際に使こてるで? 何個かあるからまいけるんにも1個あげよっか?」
ジェラールさんは散らかった机の上から、該当のペンケースを取って、
俺に実物を見せてくれた。
ニューヨークの敵対組織同士の大物二人が、ピンクの生地にハートやら、
ラインストーンやらでラブリーに仕上がっている。
俺は声にならない笑いに、涙を流した。
「ちょと待ってな、自宅にあるから取って来たるわ」
ジェラールさんは立ち上がると、痛む腰をかばいながらよろよろと歩き出した。
「そんな…わざわざ悪いよ」
「かまへん、かまへん」
彼女は笑って仕事場を出て行った。
そしてしばらくしてマンションの隣の部屋から、ものすごい轟音がした。
「あ、こいはちいといかん…まいけるん、アントワネットば救助せんと」
「え、自宅て…」
「手貸してくれんね、一緒ん来やんせ」
れいなんこさんは仕事場を飛び出した。
…ただし下半身黒のセクシーな紐パン一丁に、わかばのくわえたばこで。
俺も手を止めて、彼を追いかけた。
ジェラールさんの自宅…初めてかも。