第4話 不純な日本人
第4話 不純な日本人
俺自身は川越のアパートに一人暮らししているが、実家は群馬だ。
群馬でも埼玉との県境には在日の外国人が多い。
南米系が多い中、台湾系は少数で、その多くが飲食関係の仕事をしていた。
高校を出て工場に勤め始めると、多数である南米系の人らの輪には入れず、
かと言って日本人の輪にも入れず、職場で孤立しがちだった。
週末遊びに行く友達もいない、だからゲームにハマった。
最初は据え置き機だったが、あのゲームを始めてからはそっちが中心になってしまった。
そうやって俺は歳を取った。
「…ふうん、まいけるんもかいな」
「ジェラールさんこそ」
俺ら不純な日本人らは、ふふふと含むように笑い合った。
「ところでまいけるん、どや? うちらやらんか?」
ジェラールさんはスマホをすっと取り上げた。
今日はまだなくしていないらしい。
スマホの画面には11時46分とある、合戦の時間だ。
「やろうぜ!」
俺もスマホを充電コードから引きちぎった。
「うちら『ケミカルテイルズ』、混血部隊!」
「不純な日本人の実力を見ろー!」
そうして俺たちは白昼の30分間、カーテンの作る薄暗がりの中、
時々笑い合って、一心不乱になって、それから沈黙をまっ白になるまで燃やした。
「…あ、挨拶や」
俺は椅子の背もたれに、ジェラールさんはごみだらけの床にと、
それぞれ沈み込んで勝利の余韻に浸っていた。
彼女が急に起き上がってそう言った。
「フレ?」
「フレっちゃフレやけどな…まいけるん、来月アシもう一人来てくれはるで」
「へえ…そりゃ助かるな」
「それが今挨拶くれた人、『れいなんこ』ちゅうねん」
ジェラールさんはスマホを俺に手渡した。
「れいなんこ」…違うだろが、またジェラール語かよ。
正しくは「レイにゃんこ」と表記する。
「東京出てきてから知り合うた…ま、リア友やね。
別の仕事もあるから毎月やないけど、アシに入ってくれとる」
「どんな人? …てか、すごい戦力だなこの人」
「レイにゃんこ」さんの戦力は450万を超え、500万近くある。
ジェラールさんはにたあとして、また床に寝転んだ。
「ううんとなあ、れいなんこはうちをこのゲームにハメた人やね。
まあ次の修羅場楽しみにしとき、絶対!すごい人やから。
まいけるん大ショック! …保証すんで」
話が横道にそれたり、合戦の時間だったりして、
俺たちの雇用契約はまだ途中だった。
住所と連絡先、そして給料の振込先をジェラールさんに伝え、
それと引き換えに、彼女はここへの行き方を教えてくれた。
池袋まで出る必要はなかった、少し手前で電車を降りれば良いだけだった。
「…あ、まいけるんは誕生日いつ?
もし途中で誕生日来たら、その時いるみんなでパーティして祝うことになっとる」
「1月1日だけど…さすがに正月は誕生日どころじゃないだろ」
「ちょっ! ちょっ! うち12月31日! 大晦日!」
ジェラールさんは人差し指で、自身を何度もくりかえして指した。
「えっ、何年生まれ?」
「昭和50年、ちなみに生まれたんは夜の11時23分やで」
「マジ? 俺と学年一緒? てか、俺は深夜1時42分だから、数時間違い?」
「たった数時間でもうちのが1コ上〜」
ジェラールさんは床に寝そべったまま、腕を組んで勝ち誇った。
服がめくれて腹が丸出しだ。
「ハラ出して勝ち誇ってる場合か、何だこのだらしねえ腹は、お?」
足を伸ばして、彼女の白い腹をぎゅうぎゅうと踏みつける。
柔らかい…さすがそこもおばちゃんって訳か。
ジェラールさんはむきゃむきゃ言って、俺の足から逃れようとじたばたした。
逃がすかよ、足は意地になって腹を追跡する…。
「取った〜!」
彼女の嬉しそうな声と共に、俺の方が逆に捕らえられてしまった。
引きずり込まれて、俺もどっと倒れ込む。
おばちゃんの腹が上手い事クッションになって、鼻血は回避出来たようだ。
ジェラールさんは竹が破裂するように、激しく笑い出した。
「床ドンやのうて…連合どーん!」
「確かに…! 盟主は最後の一人になるまで脱退出来ないからな」
「床ドン」ならぬ「連合ドン」…上手いギャグだ、俺もつい吹き出してしまった。
でも下から細くも長くもない手足が、力強く芽吹くように伸びて来て、
上で影を作る俺という雲に絡み付いた。
「…うちらがんばろな、連合はもう二人だけになってしもたけど、がんばろな」
「ああ、二人だってやれる…俺らがんばろう、がんばろうな」
ごみだらけの散らかった、インクや墨で汚れた床の上に寝転び、
俺たちはただ抱きしめ合って、いつまでもいつまでも連合の行く末を語り合った。
不純な日本人たちは純だった。
まるで試験管の中で精製された結晶のように。
次の修羅場が始まる少し前、俺は再びジェラールさんの仕事場を訪ねた。
アシスタントとしての教育を受けるためだった。
効果線の描き方を教わって、練習していると玄関のチャイムが鳴った。
「まいけるん出て〜」
俺がインターホンに応答すると、若い女の声がした。
「レイにゃんこ、棒欲典雅いん!」




