第39話 盟主と盟主補佐
第39話 盟主と盟主補佐
「MA☆ロマンスシミック」から、いっさいの動きが消えた。
攻撃する事もなければ、応援する事もない。
二度とない。
ただ表示されているだけの、アイコンの集合体でしかなかった。
そんな無抵抗に俺が追い打ちをかけた。
「孟母三遷」…最凶最悪と名高い計略スキルだ。
与えるダメージそのものは小さいが、敵軍から得点を50%奪取する。
「ケミカルテイルズ」も動きを止めた。
もう動く必要なんかない。
勝利は、優勝は確定した。
よっしーさんが満面の笑みで、タブレットを持って近づいて来る。
彼の報じた、「MA☆ロマンスシミック」のチートとアカウント停止が知られ、
きっと前代未聞の大騒ぎになったのだろう。
「やったな! おめでとうまいけるん!」
安田の兄さんが俺の背中をばしと叩くと、みんなが集まって来た。
うれし泣きする人、無言で拳を握りしめる人、それぞれに喜びを爆発させていた。
れいなんこさんが爪の飾り立てられた白い手を差し出し、
和田さんが水仕事でかさかさに荒れた手を重ね、
みつぐさんがしわの目立つ手を、まゆりせんせがペンだこだらけの丸い手をと、
みんなが次々に自分の手を積み重ねて、声をあげた。
「『けみけみ☆ているず』う〜…」
「おー!」
余った座布団が舞い、ジェラールさんが大声で一喝する。
「…『ケミカルテイルズ』!」
それからの座敷は武田のじいさんが祝いに、夜食の寿司を取ってくれ、
酒も入って祝賀会へと突入した。
最初のビールに口をつけると、俺はトイレを理由に座敷を出た。
玄関に出てきた武田のじいさんに、頭痛がするので先に帰ると断った。
電車はまだある。
家に帰ってまず部屋の片付けをした。
少しずつ片付けてはいたが、あのジェラールさんとの暮らしだ。
物が増えない訳はない、散らからないはずはない。
使う物だけをさっとまとめて、あとは簡単に袋や箱に詰めておく。
「まいけるん! まいけるん! 具合悪いんやて?
武田さんに聞いたで、大丈夫なん? 明日病院行く?」
風呂を使って、もう寝ようと横になっていると、
ジェラールさんが上杉の家から帰って来た。
早いな、今夜はみんな飲み明かすんじゃなかったのか。
眉間にこぶを作って、彼女が枕元にかけ寄って来る。
今夜のこぶはいっそう大きく、高く盛り上がっていた。
「バカか、祝賀会抜けて来たのか…ダメだろ、自分の連合だろが」
「そんなん! それよりほんま大丈夫なん? 熱は? 吐き気はするのん?」
俺はふっと笑って、手を伸ばした。
そしてジェラールさんの眉間のこぶを撫でた。
「心配するな、嘘だから」
「嘘て…! うちは本気で…!」
本気で俺を心配する、そのためなら連合だって放り出す。
ジェラールさん、あんたは本当によく出来た人だよ。
彼女の涙が、俺の頬に落ちて感情を解き放つ。
気付きたくなくて、ずっと心の奥深くへと押し殺してきた。
…あなたが憎い。
完膚なきまでに倒して、征服して、支配したい。
憎くなければ、そんな気持ちも生まれて来ない。
相手が女なら力でねじ伏せ、犯すまで。
その晩、俺は初めて彼女を襲った。
これを始まりと思った?
俺の上で結ばれる手足の固さと反比例するように、
冷たさが心を凍らせて、形にしていく。
俺はそうは思わない。
眠るジェラールさんをふとんに置き去りにし、着替えて台所でたばこを吸った。
午前3時、月はまだ沈まない。
「ユニティ」へ飲みに行こうか、誰かしら店員はいるだろう。
ゲームを立ち上げる。
連合の掲示板に簡単な挨拶を書き込み、連合のページへ飛んだ。
連合員一覧のページには、各員のレベルと戦力などステータスの他に、
プロフへのリンク、それから除名のボタンがある。
たとえ名ばかりの盟主補佐にも、除名の権限は与えられている。
盟主補佐はその任を解かない限り、盟主でも簡単に除名は出来ない。
ジェラールさんに俺は除名できないし、俺も彼女を除名に出来ない。
でも盟主と盟主補佐には、決定的な違いがある。
それは自分の意思だけで、連合を脱退出来るかどうかだった。
ジェラールさんは動けないけれど、俺は動ける。
もう何も迷う事なんてない。
俺は素直に脱退のボタンを押した。
確認のダイアログが現れる。
どこかからの勧誘を受けるのでなければ、新規にひとり連合を設立する事になる。
連合名の欄にさよならの顔文字を入れて、「はい」を押した。
そして昨日まとめた荷物を持って、そっと家を出た。
台所のテーブルに鍵と辞表、それからスマホを置いて。




