第34話 ケミカル
第34話 ケミカル
「そういう事は外部の…それも畑違いの人間じゃないとやりにくい」
「ふうん…なら好きにさせてもらう」
「どうぞどうぞ、まいけるんのお好きなように」
安田の兄さんはふふんと鼻を鳴らし、
自分の上着のポケットから、棒つきの飴を取り出して食べ始めた。
ヤクザの会長だろ? のど飴ならともかく、棒つきとか面子丸潰れだな。
上杉の家には18時ちょっと過ぎに戻った。
もうみんなが座敷に勢揃いして、19時の準備を始めていた。
「まいけるん、あにょとどこ行っとったのん?」
「こんおいが事差し置いっせえ、まいけるんがあにょ独り占めけ…ぐぎぎ」
ジェラールさんとれいなんこさんは、二人でたばこをふかしながらデッキ調整らしい。
机の上の灰皿がわかばとハイライトで山盛りだ。
「新しいスキルを仕込みに行って来た」
「まいけるんチートはいけんが、プレイヤー生命終わいんなっど」
「マジい? まいけるんがチートてほんまなん? チートはあかんで〜ダメ、ゼッタイや」
「アホかお前ら、クスリじゃあるまいし…」
薬か…薬はケミカルとも言うな。
「ケミカルテイルズ」は「薬の物語」って事になる。
ゲームの世界に当てはめると「チート物語」か。
「ケミカルテイルズ」を抜けた連合員らのうち、
幹部3名とロヒさんの4名は「MA☆ロマンスシミック」に移動した。
その「MA☆ロマンスシミック」はチートに手を染めた。
抜けた他の連合員らもチートに関与していたら?
チートに関与していないのが、俺とジェラールさんだけだったら?
…秘密保持、除名するには十分すぎる理由だ。
あの前夜、俺もジェラールさんも22時の合戦が終わってすぐに落ちた。
俺は夜勤の休憩中だったし、ジェラールさんも仕事だったのだろう。
俺たちがいない夜中の間に、移動の話がまとまった。
もしくはあらかじめその予定だった。
「ケミカルテイルズ」は、どこにでもある「リアル優先まったり連合」だった。
彼らもその頃はまだ、至極健全な一般プレイヤーだったのだろう。
だから当時の連合は自動認証制だった。
俺とジェラールさんは自動で流れて来た連合員だった。
それがそのまま連合に定着してしまった。
俺たちが加入した後、彼らはチートに関与し始めた。
何の問題もない連合員らを、後から何の理由もなく除名なんか出来ない。
そんな事をすれば、自分たちが探られてしまう。
だから、彼らは俺とジェラールさんを連合に置き去りにした。
「MA☆ロマンスシミック」が、れいなんこさんを突然除名したのも同じ、
これからチートを使用するためだった。
俺たち3人はチートなど知らぬ、至極まっとうなプレイヤーだった。
だからこそ排除された。
それがあの朝の真実なのだ。
「あ、ポジション確定した…みんな確認!」
18時半、まゆりせんせがスマホの時計を見て言った。
前衛は俺とジェラールさんの他に、安田の兄さんと和田さん、
それからみつぐさんの5人だった。
ジェラールさんが眉間にこぶを作って、俺の袖をくいと引っ張った。
「まいけるん、いよいよ前衛行くけどデッキ大丈夫かあ?
12時の後衛デッキのままとちゃうやろね?」
「まさか」
前衛デッキの戦力は294万、出来る限りの低戦力に抑えた。
もちろん連合最下位、俺以外のみんなは後衛でも550万以上ある。
後衛の人たちは俺を前衛に出すために、揃って戦力を下げていたらしい。
みんなデッキを切り替えていた。
まゆりせんせは続けた。
「作戦を確認するよ、手を動かしながらでいいから聞いて」
そう言うまゆりせんせも丸い手を動かしていた。
「…奥義の順序はいつも通り、開幕の動きもいつも通り。
得点を敵に先行させて、中盤からまくり上げて突き放しなのも一緒…」
「それから『会話は文字じゃなくて声で』、だよね?」
新川さんが付け足した。
彼もまたいつも通りで、整った顔にそぐわぬ坊主頭とだぶついた服装だ。
B-boyとかいつの時代のガキだよ。
今日はみんな一カ所に集まっているから、会話もリアルタイムだ。
連合掲示板に文字は一文字も要らない。
「やっど! 『けみけみ☆ているず』う〜…」
「おー!」
「…『ケミカルテイルズ』!」
いつものやりとりが儀式のように行われ、
18時59分、まゆりせんせのカウントダウンが始まった。
2秒前、かけ声で一斉に出撃する。
開幕、計略奥義の発動を待って、前衛がマウントを取っている間に、
後衛が二手に分かれてHP最大値上げスキルを使う。
計略とコンボ増加、奥義の違いはあれどそこは両者同じだった。
次に敵はコンボ停止の奥義を出して来たが、これは計算済みで、
「ケミカルテイルズ」は対抗奥義を出した。
この奥義は倍率こそ低いながらも、応援効果を上昇させる効果を併せ持つ。
後衛の応援に加え、前衛も応援に加わったら?
前衛の中にひとり、後衛がいたら?
座敷の壁には2枚のスクリーンが貼られてあり、
1枚は合戦の行動履歴が、もう1枚には掲示板サイトの現行スレッドが、
プロジェクタから映し出されて、リアルタイムに流れ、
コンピュータの声で読み上げられて行く…。
「来たど…!」
れいなんこさんが手を動かしながら、スクリーンをちらと見上げた。
俺もそれに習った。
掲示板サイトの方に俺の名があった。
でもそれは、いつもの誹謗中傷ではなかった。
“おい、まいけるちょっとヤバくね?”
「まいける」という寄生連合員に、初めて光が当たった瞬間だった。




