第33話 ログの奥底
第33話 ログの奥底
俺が前に出るのは19時の準決勝からだったので、
12時は後ろから前衛たちの戦いを見ていた。
対戦相手は「SKY AVOVE」、最近台頭してきた急成長中の連合てとこだった。
「クラブLOVEY」と「MANIA CLUB」の二強が合併して合流した、
「ケミカルテイルズ」とは格が違う、経験もなければ後ろ盾もない。
捻り潰すのは簡単至極だった。
中盤までは得点を先行させ、中盤の計略でまくり上げ、
終盤は突き放して逃げ切るという作戦もいつも通りだった。
しかし俺には別の指示があり、時々応援コンボを積む程度だった。
スキルは使わずに、通常応援で3分に1度との事だった。
連合は「まいける」の名をログの奥底に沈めた。
フェスのトーナメント戦で出られるのは、ほんの一握りの上位連合だけだ。
それ以外のプレイヤーは観戦モードで、後衛の応援とは別の、
5分に1度、戦力を上げるのみの、特殊な応援が出来るようになっていた。
俺はこの観戦モードを利用し、前に使っていた端末に別アカウントを作成し、
そこから「MA☆ロマンスシミック」の合戦を観戦し、
その画面を動画としてキャプチャしていた。
合戦後の反省会が終わり、武田のじいさんが取ってくれた、
出前の中華をつまみながら、ログを読み込んで記録していた。
やっぱりこの試合でも彼らはチートを使っている…。
「ちょっと出かける」
「18時には戻って来いよ」
安田の兄さんがごま団子を食べながら、もごもごと言った。
「安田の兄さん、一緒に来てくれないか」
特訓で通った本社の会議室の机に、俺は2枚のメモリーカードを差し出した。
会議の議長である山中さんが俺たちを迎えてくれ、
カードを一枚つまんで怪訝そうに見つめた。
「まいけるん、何すかこれ?」
「このデータを詳しく調べて欲しい」
「…『MA☆ロマンスシミック』の試合か?」
安田の兄さんはカードの内容をすぐに感じ取った。
「動画とプレイヤーに提供される合戦履歴と、
俺の端末から見られるログで、コンボ数が大きく食い違っている。
けれどそれがどういう技術なのかは、畑違いの俺にはちょっとわからない。
ここから先、詳しい調査を本社の技術者に頼みたい」
山中さんはありがとうと言って、2枚のカードを受け取った。
安田の兄さんがにやりと笑った。
「なるほど、チートって言いたいんだな?」
「ログを見る限り、チートはほぼ確定している」
俺はこくりと頷いて言った。
「山中さん、それどのくらいかかる? 22時までには間に合いそう?」
「まあ大丈夫だと思うよ」
山中さんは指で丸を作ると、カードを渡すために会議室を出て行った。
「うちはチート使用なら、疑惑の時点でも即アカウント凍結だが…」
上杉の家に戻る車中、隣に座る安田の兄さんは俺の上着のポケットを探った。
そしてスマホを取り上げ、ゲームの画面を呼び出した。
「少し泳がせる、凍結はいつでも出来る」
タイトル画面から、管理画面に切り替わった。
そこからヘルプページへ飛び、コマンド一覧を開いた。
このページはスクショに保存して、俺も辞書代わりにしている。
「コマンドを打ち込めばもちろん凍結できるが、
技術者じゃない管理者用に、もっとわかりやすいやつがある」
コマンド入力のページへジャンプし、安田の兄さんは自分のスマホを取り出した。
そして「login」と入力した。
当然ながらIDとパスワードが要求される。
「ええっと…まいけるんのIDは24194095、
パスワードはchemitails…どういう命名だか、『けみけみ☆ているず』だからか?」
「『ケミカルテイルズ』だ、改めろ」
安田の兄さんは自分のスマホに控えた、俺のIDとパスワードを入力した。
すると文字だけのコマンド入力画面から、検索サイトのような画面に切り替わった。
そして「MA☆ロマンスシミック」と検索窓に文字を入れた。
「…なるほど、アカウント凍結や削除には、さらに上の管理者権限が必要て事か」
「管理者権限は4段階、パトロールのバイトが1段階目。
この端末は3段階目へのログインが許可されている…つまり2段階目にある。
そして今の検索画面で3段階目…上にはrootしかいない。
これは緊急時にシステムを落としたり、メンテナンスする時に使う程度だから、
事実上アカウント管理出来る2段階目が最高だ」
まあそうなるだろう。
しかし安田の兄さんも本社のオーナーだけある。
本職の技術者ほどではないだろうが、勉強はしてあるようだ。
「それほど強い権限なら、本社でも持っている人は相当限られているはずだ。
外部の…それも畑違いのいち技術者なんかに渡していいもんじゃない。
…安田の兄さん、それをなぜ俺に?」
俺は核心を突いたが、答えは予想済みだ。
安田の兄さんもそこはきっと読んでいる。
彼は俺に端末を返した。
「そういう事」




