第32話 レディメイド
第32話 レディメイド
あの朝、連合に二人で取り残された事で、俺たちは出会った。
今まで文字でしか知らなかった人が、突然現実の人になった。
俺が台湾とのハーフで、ジェラールさんがフランス系クオーターと、
俺たちはお互い混血、不純な日本人だった事。
だからゲームでも本名そのまま、「まいける」と「ジェラール」って事。
俺たちはおじさんとおばさん、同年代だった。
俺が1月1日…元旦生まれなら、ジェラールさんは12月31日…大晦日生まれ。
時間も彼女が夜11時過ぎ、俺が深夜2時頃と、たった数時間しか違わない。
同じゲームを遊んでいたぐらいだから、趣味嗜好も同じだ。
俺たちはお互いにおいしい物、それを料理する事が好きだった。
たくさんの料理を一緒に作っては、一緒に食べて来た。
これで気が合わない訳は、仲良くならない訳がなかった。
俺がジェラールさんの自宅内の一室を間借りする事で、
俺たちは一緒に暮らすようになった。
誰の目にも俺たちはさぞラブラブに見える事だろう。
れいなんこさんはじめ、みんなが俺たち二人は結婚するものと思っている。
ジェラールさんはまったく驚きの女だった。
彼女との間には不思議にも、偶然がいくつも重なる。
何から何まで、まるで俺のためにあらかじめ用意されたような女だ。
それを「運命の人」と言うが…。
ジェラールさんは不思議な女だった。
これだけ恋に落ちて、愛し合う条件が整っていても、
少しも心がときめかない。
用意された女にときめく男がどこにいる?
夜、当たり前のように、俺のふとんに潜り込んで来るけれど、
俺みたいな、さして「ええ男」でもないおっさんにも相手されないって、
みじめに思わないのか、屈辱に思わないのか。
あんたにはプライドってもんはないのか。
トーナメント戦当日は、朝から連合全員が上杉の座敷に詰めていた。
みんなこの日のために予定を合わせていた。
俺とジェラールさんも当然、安田の兄さんの迎えで行った。
日の当たらない玄関で、武田のじいさんが嬉しそうに出迎えてくれ、
安田の兄さんとれいなんこさんで、無理するなとそれを居間の座椅子に沈めるのも、
もうすっかりいつもの事になっていた。
「遅せえぞ、絶対エース」
座敷に入ると、前衛のみつぐさんが真っ先に俺を見つけて笑った。
デニムにキャラクター物の黒いパーカーとか、還暦近いのに相変わらず若作りだ。
ほんとどこの学生だよ。
合併前の彼は『MANIA CLUB』最大の得点源だったが、
「ケミカルテイルズ」移籍後は、アシストに回っている。
「くくく…」
そんなみつぐさんの隣で、よっしーさんがタブレットを覗き込んで、
ひとりにやにやと黒い笑みを浮かべていた。
白いシャツのさわやか青年が台無しだ。
「いいねいいね、一番人気は『MA☆ロマンスシミック』。
俺ら『けみけみ☆ているず』はダントツで人気最下位、
もちろん原因はまいけるんな、これ大事だから!
ネットでも今度こそ、『MA☆ロマンスシミック』が天下統一て大評判」
トーナメント戦は合戦ごとに勝利連合の予想投票が行われ、
的中すると、ゲーム内通貨をもらえる仕組みになっている。
「おかげでまいけるんは評判最悪だね。
寄生どころか最近じゃ『まいける死ね』とか、『ジェラールはまいける除名早よ』とか。
よっしーさん、あんた絶対人使って誘導しただろ?」
和田さんがそう言うと、
カリさんやまゆりせんせもにやにやくすくす笑っていた。
「除名なんぞすっ訳なかが、な? アントワネット」
れいなんこさんがジェラールさんの方を振り返った。
ジェラールさんは、眉間にこぶを作って硬い表情をして、
一心にスマホの画面を覗き込んでいた。
初めて出会ったあの日と同じ、原稿用紙を100枚貫いてしまいそうなあの目だった。
彼女は黒のパンツに、黒い薄手のハイネックセーターを着ているから、
あの何とも言い様のないくすんだ茶色の髪も、濃い顔もよく映える。
こうして見ると、俺より男前なんじゃないかって思うぐらいだ。
まるで別の女を見るようだった。
「…当然や」
ジェラールさんはスマホを充電器につないだ。
「何のための盟主補佐やねんな、こういう時のためのもんやろが」
連合の盟主補佐とは、その名の通り盟主の補佐をするための役職だ。
「勧誘やら、連合の事務手続き代行やら、
普通は盟主の手足となって働くもんやけど…それだけやあらへん。
盟主補佐はその任を解かない限り、除名出来へん。
それは盟主にしか出来へん事…」
でも俺は何もしていない、名ばかりの補佐だ。
あの朝突然、連合に取り残されて、
たまたまそれが俺とジェラールさんの二人だった。
二人だから盟主と補佐、それだけの事だった。
「…つまり、連合の誰にもまいけるんは除名出来へん、
補佐に任命する事で、除名から守れるって事。
まいけるんの除名はうちが許さへん、うちがまいけるん守るねん。
この連合の盟主はうちや、たとえそれが自動で選ばれた盟主でも…!」
ジェラールさんはそうきっぱりと言い切った。
あんたは本当にまぶしい女だよ。
そのまぶしさが俺を影にして、心を燎原にするって、どうして気付かないの。
恋人よりも、家族よりも、誰よりもそばにいるのに。




