第30話 大抜擢
第30話 大抜擢
「何ち!」
「へえ…?」
れいなんこさんは驚きのあまり、天井に頭をぶつけたが、
安田の兄さんはひゅうと口笛を鳴らした。
「スカウトかな? それはそれは大抜擢だね」
「そんな訳ないだろ」
彼らがいた当時の「ケミカルテイルズ」は、連合階級も良くてA止まりの、
どこにでもある「リアル優先まったり連合」だった。
連合員らの戦力もそれほど高くはなく、連合2位のジェラールさんでさえ350万前後、
連合1位、無双のロヒさんでも400万には全然足りなかった。
「そんな訳あるさ、まいけるんやアントワネットが成長していくように、
彼らも成長している、ただそれだけの事」
「それは運営の援助があるからだよ」
「まいけるん、『MA☆ロマンスシミック』にもそげんつながいがあっ、
おいがそん窓口じゃった」
「でも今はれいなんこさんも辞めてるじゃん」
れいなんこさんは「うーん」と唸り、首をひねった。
「連合内に他の窓口がいるんじゃないの?
てか、れいなんこさんはスパイ容疑で、連合クビになったって言うけどさ、
窓口ならつながりはすでに知られているはず。
窓口でしかも補佐を突然除名するって、何か他の理由があったんじゃないの?」
車は赤信号で停まった。
安田の兄さんがその隙に後ろを向いた。
「まいけるん、新しい端末は気に入ってくれた?」
「まあ前のより速いし…それより、あのアカウントて…」
あのアカウントはあまりにも特殊過ぎる。
星火燎原どころか、いきなり燎原レベルだ。
「詳しく調べてみないか? まいけるんなら出来るはず」
「俺、ゲームの実務経験はないよ?」
「まったくの素人よりましさ、本社のやつらは忙しい。
技術者は違う畑からでも引っこ抜いて欲しいぐらいだ」
その日から、俺はヒマを見つけてソーシャルゲームの勉強を始めた。
まったくのゼロからではなかったのが救いだった。
「まいけるん、何しとん?」
ネットで調べものをしていると、ジェラールさんが覗き込んで来た。
「ジェラールさん、わかったよ」
「何がやのん」
「『ケミカルテイルズ』を辞めて行った人たちの行方。
幹部3人と古参のロヒさん」
「えっ…」
「彼らは最近『MA☆ロマンスシミック』に入った」
ジェラールさんは目を見開き、口をすぼめた。
驚いた時定番の面白い表情だった。
「…れいなんこの古巣やん、そこ。
でもどないして入ったんやろ? あそこかて3位の上位連合やろさあ。
リタさんら、そんな強うはなかったはずやで」
「そこなんだよ」
俺はジェラールさんにも、安田の兄さんの車の中で感じた疑問を話した。
彼らが一体どうやって、そんな上位連合入りを果たせたのか。
れいなんこさんほどの重要な連合員が、どうして突然連合から除名されたのか。
「うう〜ん、何か秘密があるんやろか?」
「その秘密を探るために、今こうやって勉強して準備してるって訳」
「ほほう、工場での経験がここで活かされるんやね」
畑違いのコードを書くには知識も経験も不足していたが、
アクセスし、ログを読むくらいなら出来なくはない。
合戦後には「MA☆ロマンスシミック」にアクセスして、ログを読む事にした。
…特に目立ったところはない、至極普通の行動だ。
安田の兄さんはじめ、連合にもそう報告している。
「ほう…これは見事な寄生連合員ぶりだね」
フェス前の作戦会議でデッキを公開すると、後衛のカリさんが感心した。
すると、その場にいる全員がにやにやし出した。
俺たちは上杉の家の座敷に集まっていた。
賑やかで、出迎えてくれた武田のじいさんも嬉しそうだった。
「さすが寄生連合員、300万もないとか除名候補筆頭の噂に違わぬ低戦力。
秘技や極意でなきゃ解放されないスキルもあるだろうに、
よくぞここまで戦力を抑えられたもんだね、いやあ実に見事」
「くくく、こいは炎上もんじゃっどん…」
れいなんこさんも笑いをかみ殺しながらそう言って、みんなに視線を流した。
「すんごいレアな補助スキルがてんこ盛りだね」
「攻撃とか計略は消費軽いのが多いね、これは攻撃回数を増やして、
補助の発動率上げ狙い? …ぷっ、上げ下げしまくりじゃん」
「上げスキルも豊富だし、後衛とかもう要らなくね?」
「『給料即了』とか強スキルなんか埋もれてるね、さすが寄生」
「バカだな、これでスキルランキング総なめするんだよ」
みんなは俺のデッキを見ながら、によによくすくす笑っていた。
本社での特訓でも、一応スキルランキング1位を穫れるくらいには仕上げてある。
「作戦を発表してもいい?」
軍師のまゆりせんせが発言を求めた。
安田の兄さんがそれを許可し、彼女は続けた。
「序盤はHP上げと能力底上げで、それからコンボ停止…これはまず阻止される。
その後の応援奥義で後衛は上げスキルを使って、敵の下げスキル消費を誘う。
もちろん中盤までは得点抑えてね、誰もが負けを確信するくらいに」
「そんなに上げ使って、後半どうする?」
同じく後衛の新川さんが質問した。
「そんな事ぐらいで枯渇する訳ないでしょ?
うちらは運営連合、ただの廃課金じゃ足許にも及ばない。
一応中盤の計略奥義から捲り上げる予定だけど…そこでまいけるん!
そこから先はまいけるんのワンマンショーだから」
とうとう俺に出番が…?




