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第3話 俺たち雇用関係

第3話 俺たち雇用関係


外を見ると、もう空が赤くなりはじめていた。

「おはようさん」じゃないだろが。

風呂を借りている間に、ジェラールさんは着替えを済ませていた。

インクやホワイトでどろどろだった服は、白っぽいワンピースになっていた。


「店、適当に予約しといたけど、まいけるんはイタリアンあかんか?」

「いや、イタリアンは好きだけど…」

「うちは締め切り明けには打ち上げをして、アシさんらを労う事にしとる。

ま、伝統やね。毎月10日盟主からのガチャポイント配布みたいなもんや」


連合「ケミカルテイルズ」では、毎月10日になると、

盟主が連合資金から連合員らに、「ガチャポイント」なるガチャを引くためのポイントを、

「連合ショップ」なる管理者専用ショップから購入し、配布すると言う、

謎の伝統行事が創設以来ずっと続けられて来た。

なぜ10日なのか、その理由は連合の誰も知らない。

もちろん連合名がなぜ「ケミカルテイルズ」なのかも。


俺が連合に流れて来た時、すでに盟主はリタさんだったし、

盟主補佐のマイさんや軍師のハルさんもいた。

ジェラールさんは俺の1週間前に流れてきた。


「あ、リタさんは3代目なんよ」


打ち上げ会場である、新宿のイタリアンレストランでピザをひとつつまんで、

ジェラールさんは俺の疑問に答えてくれた。

ジェラールさんのくせに、案外おしゃれな店選びだ。

「地下にある大人の隠れ家」てとこか。

おおざっぱに塗られた白の壁に、黒の直線的な調度が都会的だ。


「マジか」

「ロヒさんから聞いてん」


「ロヒさん」は古参連合員の一人で、正式には「ロシニョールさん」と言うが、

そこはジェラール語、「し」が「ひ」になりがちだ。

「しち」が「ひち」のように訛って「ロヒノールさん」、それから「ロヒさん」に落ち着いた。

彼もまたリタさんらと一緒にいなくなった。


「リタさんの前はうちも知らん、長〜い歴史てやつ?

 『ケミカルテイルズ』も一応は、数少ない老舗連合やしい」

「初代も何考えてんだか、『戦国』に『ケミカル』とかだめだろ」


俺は苦笑しながら、グラスに残った白ワインを飲み干した。


「ほんまやな! ゲームは『戦国』やのに『ケミカル』とかあかんな!

初代は『フィロソフィカルテイルズ』とか、命名するべきやったわ」

「英語もだめだろ…ところでジェラールさんは飲まんの?」


気が付くと飲んでいるのは俺だけだった。

ジェラールさんはガキみたいに、コーラとかジュースとかばっかり飲んでいる。


「飲めん、頭ぎゅう〜輪っかで締めたみたいに痛となる」

「孫悟空かよ」

「うちの代わりにまいけるんが飲んでや、いや飲ましたるう!」


彼女はそうにやにやして、俺の空いたグラスに次のワインをなみなみと注いだ。


「ちょっ、こぼれる! こぼれる! こぼれるって…!」

「どんどん飲んでえ〜がんがん食べてえ〜」


結局ジェラールさんにさんざん飲まされ、食べさせられ、

腹が熟したすいかのように、まんまるのかんかんになったところで、

彼女が一枚のカードを俺に差し出してきた。


「クレカ? 何で?」

「これでお会計しといて、ここの店サイン要らへんから。

ちょっと手洗ってくるし。頼んだで、アシスタント」


ジェラールさんはそう言って、鼻歌を歌いながらトイレへと席を立った。

…なるほど、普段そうやって男を立てるって訳か。

さすがそこはおばちゃん、よくわかってる。

二十歳そこそこの小娘じゃ、とてもこんな立ち回りは無理だろう。



「なんと!」


翌日の昼近く、二日酔いの頭を抱えながら、

仕事場であるリビングの机で、ジェラールさんと正式な契約の手続きを取った。

身分証明に俺が免許証を提示すると、彼女は口をすぼめて目を丸くした。


「まいけるんは本名もまいけるんなんか…!」

「道村マイケル、れっきとした本名だ。免許証にも書いてあるだろが」


俺は免許証をジェラールさんの眉間にぐりぐりと押し付けた。


「えっ、でもまいけるん顔思いっきり日本人やん」

「母親が台湾人でも国籍が日本の日本人だし、日本生まれの日本育ちだから、

そう日本人離れはしないんだよ」

「え〜?」


眉間の肉が盛り上がって、免許証がひらりと落ちる。


「ハーフが全員テレビや雑誌みたいな訳ないだろが…そうだ、ジェラールさんは?」

「やだ、言いとない〜」


ジェラールさんはつーんとそっぽを向いた。


「アホか、俺の雇用主になるんだぞ! 俺たち雇用関係! さあ言え! さあ名乗れ!」

「…ジェラール道子アントワネット」

「は? 真面目に言え」

「ほんまやもん! 見てみいこれ!」


ジェラールさんはそう口を尖らせると、引き出しからパスポートを取り出し、

それを俺の眉間にぐりぐりと押し付けた。

そこには彼女の顔写真と、「ジェラール道子アントワネット」の氏名があった。


「ぷっ、マジかよ! この顔でアントワネット!」

「ああん! 笑うな! そやから本名名乗るのん嫌やて〜!」

「アントワネットなのにこてこての関西弁…くそ笑える!」


ひとしきりぎゃあぎゃあ喧嘩して、俺たちはようやく素に戻った。


「…つまり俺らは二人とも純日本人じゃないって事か」


俺は名前が「マイケル」だから、「まいける」。

ジェラールさんは苗字が「ジェラール」だから、「ジェラール」さんだった。


「やね。うちはなあ、フランス系の日本人やねん…父方のおばあちゃんがフランス人。

フランス系言うてもハイソでおしゃれちゃうねん。

実家は桃谷で、おとんは近所の町工場で食肉の加工しとる。

めちゃめちゃ貧乏なのんはともかく、コリアン系ちゃうから差別もあんねや」

「あ、それわかる」


俺の実家もそんな感じだった。


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