第23話 あと3万
第23話 あと3万
ジェラールさんは歳もたった数時間差と近く、しかも俺と同じ混血だ。
共通項が多く、たくさんの時間を一緒に過ごし、いろいろな感情を共有し、
今では一緒に住んで、一緒に眠るほどだ。
一番にときめいて、誰よりも愛していてもおかしくない。
だが、なぜ彼女にだけはときめかない?
ジェラールさん、あんたは本当に奇跡のような存在だよ。
特訓に通ううち、だんだんにダメージも出せるようになって来て、
俺のいる「アプタイトB」連合の勝利も数が増えて来た。
「まいけるん、もうちょっと戦力落としてみない?」
そんな木曜日の会議室で、テーブルの向かい側に陣取る、
「アプタイトA」連合からそんな提案が出た。
「えっ…さすがにこれ以上は補助を犠牲にしないとだから、難しいかも」
「今ね、いいカード企画してるんだ」
A連合の盟主で、この会議の議長である山中さんという20代の男性が、
みんなに資料を配り始めた。
「はい、みなさん注目」
彼の後ろのスクリーンに、新カードのラフスケッチが映し出された。
どうやら男のキャラらしいが、これはこれからイラストレーターに発注するようだ。
「2月にリリース予定の新しい智将カードについて、話し合いたいと思います。
カード名は『[あと3万]島津忠恒』、レアリティはSSR、コストは20…」
カード名を聞いた会議室の全員が、ぷっと吹き出した。
「『あと3万』て何だ?」
「えー、『あと3万』は後衛スキル効果です。
敵に戦力が、得点が『あと3万』足りない状況を与えます。
…ま、そこは別にどうでもいいんですけど」
「ずいぶん戦力低いコスト20ですね、知攻防合計でも2000ぐらいしかない、
普通コスト20カードの戦力は3万2000前後…あと3万は…」
発言した社員が意図せず発した「あと3万」の言葉で、また一同が大爆笑した。
「でもこれかなりすごいですよ…継承枠が前に1、補助に2ある上、
奥義も選択可能奥義が1増える『亀の恩返し』だから、事実上の継承枠だし」
「…このカードを俺に使えと?」
資料を見ながら、俺は会議室のみんなに聞いた。
するとみんなは新カードを一斉に売り込んで来た。
「いくら継承枠があっても、一般プレイヤーにとってはあと3万の戦力不足。
でもまいけるんにとっては、あと3万もの戦力節約…」
「2月リリースなら、3月の『天下統一フェス』にも間に合いますし」
「入手は一応課金ガチャから…という事になってるけど、
確率はうちらでなんとかするから、とにかく引き当てて欲しい」
「まいけるん、お願い!」
彼らに押し切られ、新カードを引き当てる約束をして家に戻ると、
ジェラールさんが珍しく真面目な顔して、分厚い本とにらめっこしていた。
「あ、まいけるんお帰りい」
「どしたん? もう次のネームか?」
「まあな…年明けたらフェスの準備あるし、今のうち出来る仕事は進めときたいねん」
「メシ、作ろうか?」
「今夜は要らん、これからまゆりせんせと約束あるし」
ジェラールさんは仕事を片付けると、さっさと出かける支度をし、
まゆりせんせかららしきLINEを合図に、さっさと出かけてしまった。
ひとりになったので、今度は俺がたまっていた書類仕事を片付け、
残り物で簡単に夕食を済ませ、リビングの敷物の上に寝転がって、
適当なバラエティ番組を流していた。
男がひとりでいる時にする事なんて、たかが知れている。
なんとなく指が腹の上を歩き、脚の間で止まって、そうやってなんとなく始まる。
思う事なんて、こないだスマホの広告で見かけた裸体程度でいい。
もったいぶって長引かせる必要なんてどこにもない。
最短を的確に突いて、さっさと終わらせるに越した事はない。
だってこれは性の処理にも満たない、ただの排泄なのだから。
風呂を沸かして、湯の中でぼんやりしていると、
ジェラールさんが帰って来たらしく、玄関のドアの開閉する音がした。
「おお、まいけるんおったおった」
浴室のドアが開いて、ラノベの美少女の顔がにゅうと侵入してきた。
れいなんこさんだった。
また見た事ない、高そうな白のふわふわコートなんか着込んでやがる。
どんだけ男ウケを狙ってるんだか。
あざとさをとっくに通り越して、もはやえぐいレベルだ。
「は? 何勝手に他人の風呂覗いてる?」
浴槽の中から俺は彼をぎろりと睨みつけた。
「ほう…まいけるんは結構良か身体しちょっ、こいはこいはひったまげたど」
「で、何の用?」
「あにょからまいけるんとアントワネットに」
れいなんこさんはドアの枠にもたれ、持って来た紙袋を掲げて見せた。
「新しか端末とルータ、そいからガチャん銭じゃっど。
…まいけるん、アントワネットは今夜帰って来んで」
「どうせまゆりせんせと一緒だろ?」
「おいはついさっきまで、まゆりせんせがとこん仕事しちょったど。
どうせアントワネットが事じゃっど、よかにせでん探しん行きよったに決まっちょっ」
彼は湯の中を目で探った。
「は?」
「まいけるんはちいともわかっちょらん。
アントワネットが過去、何搾取されちょったか…銭だけが搾取やなかでね。
一度でん売春に染まったおなごが、男ん身体ば求めん訳なかろうもんが」
そうだ、ジェラールさんは金を搾り取るため、あの母親に売りに出された。
そこで男の味を嫌と言うほど、若かった身体に染み込まされたのだ。
足を洗った後も時々思い出して、男の味を求める…。
…きっとあのキスがその引き金になったのだ。
俺がほんの気まぐれでした、愛情の欠片もないあのキスが。




