第2話 コミック&バトル
第2話 コミック&バトル
正式に言うと、ジェラールさんは俺と同年代くらいのおばちゃんだった。
身長はある、ただおばちゃんだから細くはない。
顔は化粧っけはないけれどかなり濃いから、ない方がいいだろう。
なんとも言いようのないくすんだ暗い色の茶髪は、後ろで結んだだけでぼさぼさだ。
それに杢のパーカにデニムというださい服装が、嫌に汚れているのが印象に残った。
彼女は仕事場までタクシーを呼んでくれた。
着いた先はマンションの一室で、上がるなり胸のついたベージュのエプロンを手渡された。
このエプロンも彼女の服同様、とても汚れていた。
「で、俺は何を手伝えば…?」
「これや」
リビングに当たる部屋に並んだ机から、彼女はB4大の紙を1枚取って、
それを俺の目の前に突きつけた。
「消しゴムかけて欲しい、墨塗って欲しい、出来たらトーンも貼って欲しい」
それは漫画の原稿だった。
何て事のない青年漫画のようだが、今どきアナログ派らしい。
「あ…仕事て、ジェラールさんは漫画描いてるのか」
「連載の合間にちょろっとイラストの仕事もしとる」
ジェラールさんはそう言うと、トイレと風呂場の場所、台所の使い方、
それから寝る部屋を教えてくれ、作業へと戻って行った。
下絵にペンを入れ、乾いたら俺が消しゴムをかける。
小さくバツ印がしてあるところに墨を塗る。
漫画も合戦と同じだった。
古参連合員同士、すぐに息を合わせる事が出来た。
19時には休憩を取ってくれ、出前のうどんを食べながら合戦に出る。
リアルで顔を合わせながらの合戦は、より連携がスムーズだ。
「残430でまいけるん『鷹山の改革』。
発動直前に防御上げ、発動で敵下げや」
「りょ、任せろ」
「鷹山の改革」という奥義は、味方の攻撃がまれに当たってしまう事もあるが、
行動時に消費するポイントが3分の1に減少し、補助スキルが総立ちになる。
事前に味方の防御を上げておき、発動で敵のステータスを下げれば、
味方からのダメージは小さく、敵へのダメージは大きく出来る。
「おっしゃ、ジェラールさんあと大技垂れ流しよろしく」
「まいけるんこそ、『給料即了』決めてや」
「給料即了」という、敵全員に必ずヒットする攻撃スキルは、
「鷹山の改革」を持つカード、「[無銭承知]米沢上杉家 SSR」に搭載されている。
俺のデッキ内一番の大技だ。
敵が計略攻撃などを連発して、ジェラールさんが大技を決めにくい時、
ジェラールさんが退却から立ち上がる時に使う。
「給料即了」をきっかけにジェラールさんが立ち上がり、大技を放つ。
彼女の大技はHPが1の時、最大ダメージを発揮出来る物が多く、
デッキもそれに合わせて組んである。
俺のデッキはそれとは真逆の系統で、
HPが満タンの状態で最大ダメージを発揮するスキルが多い。
合戦は「ケミカルテイルズ」の圧倒的勝利に終わった。
「イエス!」
画面が切り替わると当時に、俺たちは握手した。
…やばい、楽しい。
でも締め切りの近いジェラールさんは、すぐに作業に戻ってしまった。
さっきとは打って変わって、原稿を100枚重ねても貫きそうな真剣なまなざしだ。
かっこいいじゃんか、職人みたいだ。
ひととおり墨を塗って、次が出来上がるまで間がある。
ジェラールさんに貼り方を教わって、トーンを貼る事にした。
「点々を良う見て、垂直になるように貼るときれいなんや」
「へえ、方向があるんだ…!」
トーンには細かい点が印刷されてあり、その細かい点々にも一応方向がある。
足りないからって、斜めに貼ったりすると変に目立つ。
ジェラールさんはトーンの削り方も教えてくれた。
カッターの刃にも、削る方向にも、ちゃんと角度が決まっている。
そして削る時は必ず金属製の定規を使う事ももちろん。
「そういやさ、まいけるん」
そうやって作業に没頭していると、ジェラールさんがふと声をかけた。
「…何?」
「もうすぐ22時やけど?」
「あ…いかん、もうそんな時間か。合戦の準備しないと」
「そうやなくて、明日仕事とかあるんとちゃうのん?
おかげでだいぶ助かったし、電車あるうちに帰らんと」
彼女は心配そうに、眉間を寄せてシワならぬこぶを作っていた。
「今、仕事は契約と契約の間だから、時間は大丈夫」
俺は契約社員であちこちの工場に勤めている。
俺の返事に、ジェラールさんは満面の笑みでまた握手を求めて来た。
「マジか! よし、まいけるんうちと契約!
大丈夫、多くはないけど給料もちゃんと出すで。
今日のんも仕事やし、後で振り込むつもりやったんやけど…ど?」
「仕方ないなあ…ま、バイトだと思っとく」
「やったあ! ほんじゃこの締め切り終わったら、ちゃんと契約しよ。
そんで効果とか、背景とかの描き方とかもイチから教えたる。
大丈夫、おばちゃんにどーんとまかしとき!」
おばちゃんって…ジェラールさん、あんた俺とそう歳変わらんだろが。
翌日、朝イチで川越のアパートへ荷物を取りに帰り、
またすぐに東京へととんぼ返りし、また拉致られてタクシーに乗せられ、
そのまま締め切り明けまで、仕事場に泊まり込みで彼女を手伝った。
これはそばについて仕事をしながら気付いたのだが、
ジェラールさんは自分でおばちゃんと言ってる割に、どうも頼りない人のようだ。
まずは原稿にお茶をこぼす事2回、机の上はすぐに資料や画材で山にする、
ずっと同じ部屋のひとつ机の前に座ってるだけのくせに、すぐにスマホがなくなるし。
俺がアシスタントを引き受けなかったら、彼女はどうなっていた事だろう。
「まいけるん、ありがとう〜! ほんまおおきにい〜感謝!」
それでもどうにか原稿があがって、編集者の手に渡ると、
全身インクまみれのジェラールさんは、黒い顔を涙で洗い流しながら笑った。
「お疲れ」
「ふい〜」
彼女は真っ黒なまま、床に倒れ込んだ。
汚れるだろが、誰が掃除するんだよ…それも俺の仕事になるのか?
そんな事をぼやきながら、俺もいつの間にかことりと眠り込んでしまった。
「おはようさん、早よ起きい」
ジェラールさんの声で目が覚めた。
石鹸やシャンプーの匂いがする、風呂を使って来たらしい。
「まいけるんも風呂入って来、打ち上げ行くで!」
「打ち上げ…?」