第19話 あと一人
第19話 あと一人
俺は見たぞ。
この目でちゃんと見届けたぞ。
ジェラールさんがきちんと過去を清算するところを。
…母親を殺して。
「あにょ、おおきにい」
ジェラールさんは拳銃を安田の兄さんに返した。
彼から借りていたのか。
「構わんよ…もう気はすんだかい?」
「済んだ」
彼女の後ろには、真っ赤に濡れた肉の塊があるだけだった。
肉塊は物ひとつ言わない、追跡する事もない。
もちろん、もう二度と金の無心をする事なんかない。
ジェラールさんがなぜ今日だけはおしゃれをするのか、やっとわかった。
金のかかった和服で、もう住む世界が違うと言いたかったのだ。
過去との決別を意味したかったのだ。
「お前ら、後を頼む」
安田の兄さんがそう電話をかけると、倉庫に男たちが入って来た。
マンションを出る時に見た事のある者もいる、上杉の構成員たちだ。
俺たちは再び安田の兄さんの車に乗り、帰り道の途中でファミレスに立ち寄り、
サラダから始めてパスタ、それからステーキのセット、グラタンにデザートと、
朝から驚くほど良く食べるジェラールさんを、彼と二人で苦笑した。
安田の兄さんは上杉の家で俺たちを降ろし、
代わりに武田のじいさんとれいなんこさんを拾って、仕事に出かけて行った。
かわりばんこに風呂を使い、当然のように俺のふとんは襲撃され、
いつも通りその領地は半分を失う。
ジェラールさんはそれを当たり前のように思っている。
俺が安全だって思い込んでいる。
俺たちがもうおじさんとおばさんだからって、安心しきっている。
彼女は少しも気付いていない。
俺はふとんの中で手を伸ばして、パジャマ越しに彼女の胸に触れた。
どうして気付かないの、こんな関係などいつでも壊せるって。
何も金だけが搾取の対象じゃないって。
俺が手の内で乳房を弄んでいると言うのに、のんきで安らかな寝顔は乱れない。
その寝顔に急に淋しさを覚えて、俺は彼女に背中を向けた。
ジェラールさんを女として愛している訳じゃなかった。
でも俺が男だった、それだけの事だった。
次の合戦イベは「クラブLOVELY」と「MANIA CLUB」の二強対決だった。
人数の減少が止まらないとは言っても、その強さに変わりはなかった。
れいなんこさんは悔しがって、わかばのフィルタをぎしぎし噛んでいたけれど、
安田の兄さんの「あらびきフランク」率いる、「クラブLOVELY」の優勝で終わった。
「行くぞフランク」
「こちらも準備OK」
合戦終了後すぐ、「クラブLOVELY」の広報担当であるよっしーさんと、
「MANIA CLUB」側の広報担当であるカリさんが、互いに合図を出し合って、
それぞれの連合のTwitterアカウントや、外部チャット、ブログなどに、
揃って解散の発表を出した。
その晩は両連合の全員が上杉の家の座敷に集合して詰めていた。
解散の発表は5分もしないうちに知られ、
23時を回る頃には掲示板サイトで大騒ぎとなった。
「アントワネット、まいけるん、チケット発行と了承よろ」
そして連合移動が解禁される23時。
俺とジェラールさんには、移動してくるみんなの招待と申請の了承を命じられた。
招待チケットから来る者、直接加入申請して来る者、ばらばらだった。
それから日が変わるまでの間、二人で手続きに大忙しだった。
全員が揃ったのは12時半過ぎだった。
俺はスマホの画面を覗き、連合員一覧に目を通した。
「あれ…? これで全員?」
「ちゃんと全員入ったよ」
後衛筆頭の新川さんが笑った。
でも座敷には俺たちを除いて20人は優にいる。
「ひと枠空いてるけど?」
「ああ…9-HEYとか、引退する人たちは入ってないからじゃない?」
まゆりせんせも画面を見ながら言った。
「そっかあ、それで全員入っても19人なんだ…」
「だから合併なんだよ」
和田さんもみつぐさんも淋しそうな顔で、力なく笑った。
「まいけるん、あと一人どうするん?」
「勧誘…な訳ないか」
こういう時いつもはれいなんこさんが、すごい訛りですごくいいアイデアをくれるけれど、
そのれいなんこさんは彼の連合でのやりとりに忙しいらしい。
あぐらにくわえたばこで、必死にスマホの画面をぽちぽち叩いている。
反省会なのだろうか。
「はあ?」
れいなんこさんが突然、すっとんきょうな声を出した。
そして、俺の方をぐりんと振り返った。
「まいけるん、チケットくれんね!」
「はあ?」
「全員揃うてん19人、あとひと枠空いちょっはず!
おいにチケットくれんね! 早よ!」
「何をいきなり…てか、どういう事?」
わかばから灰がこぼれ落ちて、れいなんこさんはフィルタをぎりりと噛み締めた。
そしてチッと舌打ちから始めた。
「スパイ容疑で除名じゃっど…そいはまあ仕方なか。
あにょ…『クラブLOVELY』とおいが関係は事実じゃっどん、
いきない除名しっせえ、あとから通告とかなかろうもんが…!」
俺はくすりと笑って、れいなんこさんにチケットを送った。
れいなんこさんはすぐに招待に乗ってくれ、連合の枠は完全に埋まった。
「はい、これで20名揃った」
「『けみけみ☆ているず』う〜ファイト! おー!」
「おー!」
れいなんこさんが音頭を取り、みんながそれに答える…。
俺とジェラールさんは部屋の隅の余った座布団を投げ、全員をなぎ倒した。
そして声を揃えて力いっぱいに全否定した。
「『ケミカルテイルズ』…!」




