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第13話 それがジェラールさん

第13話 それがジェラールさん


「突撃ー! まいけるん一緒に寝よ!」


それ以来、ジェラールさんはすっかり味をしめたのか、

枕持参で俺の部屋に突撃しては、当たり前のように寝床を半分強奪するようになった。


「狭いだろが…ん? ジェラールさん最近太った?」

「失礼な、まいけるんこそ最近お腹出てきたやん、何やこの腹は? お?」


ふとんの中で、ジェラールさんは俺の腹をどかどか蹴りつけた。

俺も負けじと彼女の太い腰をつかみ返した。


「ジェラールさんこそ、何だこのふっとい腰は? あ?」


…もうすっかり慣れてしまった。

最初はびっくりしたし、困りもしたけれど、

今ではジェラールさんが隣にいるのが、至極当たり前になってしまった。


「まいけるん…あんな、したかったらしてもかまへんで?

その方がお互いさっぱりするわ」


ジェラールさんは俺を気づかってそう言ってくれるけど、

不思議とそんな気持ちにはならなかった。

勢いだけでするには、俺たちはあまりにも歳を取り過ぎた。

もう15歳、20歳も若ければ、それも良かっただろう。

女の身体のふっくらと柔らかな感触は、そういう気持ちにもさせただろう。

でもそうするには、俺たちはあまりにもお互いを知り過ぎた。


「ああ、するよ…そんな気持ちになったらな」

「えっ、やっぱりするんや? いつするのん? 今日? 明日?」

「バカか、早く寝ろ。19時起きられなくなるぞ」


俺はジェラールさんの頭をふとんの中へと沈めた。

ジェラールさんはふがふが言って、手足をじたばたさせる。

俺より数時間も年上のおばちゃんのくせして、まるで小さな子供みたいだ。

可愛いなとは思う、でもそれ以上に上手いなと思った。


原稿用紙を100枚重ねても貫きそうな職人の目をして、やけにかっこよかったり。

かと思えば、ひとつ同じ机の前に座りながら、スマホを日に何度もなくすし。

俺が片付けてやらなきゃ、いつまでもごみための中に埋もれっぱなしだし。

ぴーぴーよく泣くし、泣いたかと思えば、ぱあと陽が射したように笑うし。


俺がそばについていてやらないと、俺が守ってやらないと、

そう思わせるには十分だよ、ジェラールさんは。

男はああいう女が可愛くてならない。

しかもそれが計算じゃない。

その上作るメシも旨い、ずれてはいるが優しさも十分にある。

まるで男心をつかむために生まれて来たような人だ。



「だからよ、そいがアントワネットじゃっど」


一緒に買い出しに出た時、れいなんこさんもけたけた笑ってそれに同意した。


「アントワネットにゃおいもちいと敵わんね、いっつも手本にしちょっど」

「へえ…無双の中の無双なれいなんこさんでも?」


れいなんこさんは今日も変わらぬ「ラノベの美少女」ぶりだった。

ひらひらした木綿の白いワンピースとか狙い過ぎだろ。

男を知らないどころか、幻想の中だけに生きているような風情だ。

…ただしほじほじ握手だけどな!


「おいは色事ば商売にしちょっけんど、あいはちいとやそっとじゃ真似しきらん。

見た目は男ウケ完璧んしてん、実際モテっとはアントワネットが方じゃっど。

おなごとしちゃおいが完敗じゃっどん…」


れいなんこさんはトーンの棚から、またしても変な柄のものを引き抜いた。

まいたけ柄、またジェラールさんに怒られるぞ。


「男としちゃあげんおなごはわっぜむぜかね…!」

「彼氏にでも立候補したら? ジェラールさん、『ええ男』、『ええ男』てうるさいし」

「もうとっくの昔にふられちょっ、だから今は友達じゃっど」

「あ、そうなんだ」

「まいけるんこそどげんね? 貴様ら『けみけみ☆ているず』はいつ結婚すっ?

最近一緒ん寝ちょっち聞いちょっ、早よ結婚せんね」


まいたけ柄のトーンを俺の買い物かごに入れて、彼はちょんとひじで俺を突いた。


「『ケミカルテイルズ』だ、改めろ。

結婚なんかしたくないし、横に寝ててもさらさらする気もないね」

「えー? なしてさあ?」

「結婚なんかしたら家族になっちゃうだろが。

それにさ、俺もうそんな勢いでできるほど若くはないし。

それこそよっぽど愛してるとかじゃないと…して、それで終わりの関係じゃないんだよ」


俺はそう言って、まいたけ柄のトーンを棚に戻した。

れいなんこさんは「ナ・ナ・ナ」の他の漫画の主人公のように、目をきらきらとさせた。

いい予感がしない。


「つまい! まいけるんはアントワネットが事、わっぜ大事ん思もちょっ…と!

大事ん思もちょっからせん、さすが大人〜」

「は? なんでそうなる訳?」

「んもう〜そげん照れ隠しせんで良かあ!」


れいなんこさんは俺の買い物かごへ、再びまいたけ柄のトーンを忍び込ませた。

やめろ。


「ま、れいなんこさんの考えているような関係じゃないけど、大事は大事だな。

俺とジェラールさんはある朝、いきなり連合に取り残された同士だし」

「なら…まいけるん、なおさらうちん連合に来んね。

『前ん立つ後衛』としっせえ、アントワネットが事支えっつもいなら強うならんと」


結局、まいたけ柄トーン入りの買い物かごは、

れいなんこさんに取り上げられて会計されてしまった。

荷物を持たされて、俺たちは次の店へと新宿の街を歩く。

すれ違う男の全てがれいなんこさんを振り返る。

…さすがれいなんこ無双、黙ってさえいれば無敵だ。


「…アントワネットにゃ家族が必要じゃっどん、そいは故郷にいよっ肉親やなか。

元ふたなりんおいでんなか…すでにふられちょっし。

おいはまいけるんち思もちょっ」

「またその話かよ」


結婚結婚うるさいれいなんこさんを引き連れ、買い物を済ませ、

仕事場と自宅のあるマンションへと戻る。

そのマンションの前で、ひとりの老女がうろうろしているのを見つけた。

歳を取って太っているのにケバい若作りをしていて、全体的に汚い印象だった。


「あのう…?」

「あ、ここんマンションの人か? ジェラール道子アントワネット、いてるはずや」

「あなたは?」

「道子の母や」

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