第11話 われら「ケミカルテイルズ」
第11話 われら「ケミカルテイルズ」
「会社?」
れいなんこさんの発言に、俺とジェラールさんは顔を見合わせた。
れいなんこさんはぱちと片目をつぶって笑った。
「法人にしたら税金対策にもなっせえ良かど。
こいから頼む管理会社も、きっと貴様らに法人化ば提案して来っち思も」
「会社…ええなそれ」
「うん、いいね…社長はもちろんジェラールさんでさ、俺がその社員ね」
俺とジェラールさんは作業の手を止めて、また語らい始めた。
れいなんこさんはたばこを新しいのに取り替えて、それを止めた。
「うんにゃ…代表はまいけるんにしといた方が良か。
こまんか法人じゃっどん、そん代表はいっぺこっぺで本名ば出さんといかん」
「あ、そっか、そうだよな…そっからたどられたらヤバいもんな。
それじゃ俺が代表に名義貸しみたいな感じで」
「んじゃ、社長はまいけるんで。会社名なんて名前にしよ?」
ジェラールさんがわくわくしながら、どうせろくでもないであろう会社名を、
あれこれ思案し始めると、れいなんこさんが「はん」と鼻で笑い飛ばした。
「そげんもん『けみけみ☆ているず』ん決まっちょっが…」
俺が机の上に溜まりに溜まった消しゴムのかすを、ばんと飛散させて目を眩ませ、
その隙にジェラールさんがペン立てのペンを次々に投擲し、
れいなんこさんを蜂の巣にした。
そして俺たちは声を揃えて全否定した。
「…『ケミカルテイルズ』!」
それから締め切り明けの打ち上げで、会社について詳しく話し合った。
今月も泣いてごねるジェラールさんから無理矢理、自宅の鍵を取り上げて。
「ケミカルテイルズ」を正式に会社名とする事。
俺こと道村マイケルを代表とし、ジェラールさんがその社員、
れいなんこさんは他にも仕事があるので、アルバイトとする事。
資本金はジェラールさんが大部分を出し、俺とれいなんこさんもちょっとずつ出す事。
業務内容はもちろん、漫画家「島津まゆり」の作品制作だ。
「旨かね、旨かね、こいはおいもびっくいじゃっど…!」
今月はれいなんこさんも参加なので、ジェラールさんが天ぷらを揚げて、
汁物やこまごましたおかずをあれこれと作り、
俺が鮭といくらの親子ちらしずしを作った。
れいなんこさんは驚きながら、それらをがつがつと頬張った。
ラノベの従順そうな美少女が…なんとまあ下品な。
しかもごはんつぶをぼろぼろこぼして、食べ方も汚いときている。
「これ先月まいけるんが提案してくれてん」
「いや、一緒に作るのはジェラールさん提案だろ」
「え〜、二人で作った方が絶対楽しいやん」
俺とジェラールさんのやりとりを、れいなんこさんはふふと笑って楽しそうに聞いていた。
「お、そうじゃ。アントワネット、三人でまゆりせんせがとこ挨拶行かんと」
「そやな、うちも久しぶりに会いたいわあ〜。せんせ、元気にしとるか?」
「あれ? 『島津まゆり』のジェラールさんが『まゆりさん』では?」
ジェラールさんはちっちっと、人差し指を左右に振った。
「まゆりせんせはうちとれいなんこの師匠なんよ。
うちがプロんなった時ん祝いに、ペンネームに自分の本名の『まゆり』をくれてん」
「それは大恩人だね…俺なんかが一緒に挨拶に行ってもいいの?」
「肝心のまいけるんがおらんと話んならんが」
れいなんこさんもぶんぶんと頭を振って、大きくうなずいた。
「俺が肝心かよ」
「まゆりせんせは『戦国☆もえもえダンシング』んおいが先人でんあっど。
まゆりせんせからおい、おいからアントワネットん順じゃっど」
「へえ…そうなんだ?」
ジェラールさんが俺の脇腹をちょんと突いた。
「まいけるんも『MANIA CLUB』ん名前ぐらい、あちこちで聞いた事あるやろ。
まゆりせんせはそこん軍師…今は『クラブLOVELY』の『9-HEY』のが有名やけど、
間違いなく最強の軍師やろね、ええ機会やしまいけるん会うときい」
「マジかよ…すごい人じゃん…!」
さすがれいなんこさんの先人だけある。
翌月の修羅場前に東京でのバイトを決めて、
締め切り明けに、俺は川越のアパートを引き払った。
川越には10年ほどは住んだが、荷物は少なかった。
日本人でもなく、台湾人でもない、中途半端なこの俺の、
この部屋を訪ねる人は、とうとう最後までいなかった。
荷物のトラックが行ってしまうと、俺はジェラールさんに電話をし、
小雨の中を走って、池袋行きの電車に飛び乗った。
「…まいけるん!」
仕事場の隣のジェラールさんの自宅の呼び鈴を押すと、
色とりどりに汚れたジェラールさんが、満面の笑みで飛び出して来た。
カラーページの仕事をしていたらしい。
「来たよ…ジェラールさん、今日からよろしく」
ジェラールさんの汚れた手が伸びて来て、俺の汗ばんだ首筋に絡み付いた。
「今日からよろしくう! まいけるんが来てくれるて思たら、
もうわっくわくして、わっくわくして、ちょっとも寝られへんかったわ。
カラーの仕事してても、全然手につかへんし…!」
アホだなあ、ジェラールさんは。
俺なんかを寝ないで待ってても、俺はちゃんと行くのに。
俺が行くところなんてここしかないのに。
俺はなんだかおかしくなって笑った。
そして彼女の太い腰に手を回した。




