第1話 フォスル・ゲーム
第1話 フォスル・ゲーム
何の前触れもなかった。
ある早朝、ゲームにログインするといきなり連合の盟主が変わっていた。
ゆうべの掲示板には、盟主交代の気配すらなかった。
午前4時が、この「戦国☆もえもえダンシング」での日付変更時刻だった。
「戦国」というありきたりなテーマに、「GvGカードバトル」という使い古されたシステム、
操作に一切頭を使う事のない単調なポチポチゲー、
そしてお決まりの「ガチャ」という集金システム…どこにでもある普通のソシャゲだ。
ただこのゲームが他と違うのは登場した時代、ただそれだけだった。
このスマホ全盛期に、「戦国☆もえもえダンシング」だけが黎明期の化石だった。
なぜこの時代にこの内容のゲームをリリースしたのか、まったくもって謎過ぎる。
ただ少数ながらも需要はあるらしい。
俺もそんな一人だった。
据え置き機などを中心にプレイしているゲーマーにとって、
こういうポチポチゲーは、ぼんやりと何も考えずにポチポチ出来る安らぎだ。
それがソシャゲ黎明期を知っている、ガラケー経験者のおっさんならなおさら。
「これ、どういう事?」
俺は連合の掲示板に書き込んだ。
返信はすぐに来た。
「本多忠勝」とか、いかついおっさんのアイコンと共に文字が流れてくる。
新しく盟主となった「ジェラール」さんだ。
このアイコンで「ジェラール」とか、書き込みの度にくそ笑わせてくれる。
実際連合の盛り上げ役だし、この人のおかげで掲示板はいつも賑わっている。
「わからん。まいけるさん何か知ってる?」
そんなジェラールさんも、今日ばかりはお笑いどころではないらしい。
「俺も全然」
「こっちもなんか朝ログインしたら、いきなり盟主にされとった」
ジェラールさんも困惑しており、困り顔の絵文字を添えてレスを重ねた。
「困ったなあ…盟主にされてしまうと、連合移動も出来へん。
しかもこの連合、うちとまいけるさんの二人だけやん」
…そうなのだ。
ジェラールさんが突然盟主にされただけではないのだ。
この連合「ケミカルテイルズ」は、俺とジェラールさんの二人だけになってしまった。
俺たちはこの連合の箱に取り残されてしまったのだ。
「盟主のリタさんや、補佐のマイさん、軍師のハルさん…他の人らはどうした?」
「それもわからん、けど…みんなで示し合わせて抜けたんやないかな。
計画的解散…良くある事や、どうせそのうちうちら抜きで新連合でも立ち上げるわ。
…で、まいけるさんはどないするん?」
「俺ずっとこの連合だし、特に行きたい連合もないんだけど…だから困ってる」
このゲームでは新規のプレイヤーでも、必ずどこかの連合に、
自動で配属される仕組みだ。
俺の場合はそれが、たまたまこの「ケミカルテイルズ」だった。
そしてジェラールさんもまた、自動で流れてきた人だった。
当たり連合に配属されたと思っていた。
そこそこ強く、そこそこ活気もある。
だからこそ俺もジェラールさんも、今までずっとこの連合にいた。
「うちも行きたいとこなんかないよ。
さしあたってうちら二人連合になるけど、まいけるさんはそれで良い?」
いかついおっさんアイコンが流れて、ジェラールさんは発言した。
「おけす、俺じゃ弱いけどよろしくです」
「おう♪ よろしくねん。んじゃ、まいけるさん補佐に任命しとくよ」
こうして連合「ケミカルテイルズ」は、「ジェラール」さんを盟主に、
「まいける」を盟主補佐とし、新しく二人連合として再出発した。
二人連合だからって、特に困った事はない。
ジェラールさんは解散前から、すでに戦力が連合2位の強さだったし、
俺も連合4位にまでのし上がって来た。
合戦も二人連合には、同じ少人数連合とのマッチングになる。
後衛がいなくても少しも困らない。
合戦は毎日12時、19時、22時の3回行われる。
その日の12時から、合戦も二人戦だ。
たった二人きりの連合に後衛はいない。
ステータス上げスキルを多めに積んだ、デッキは全員前衛用に作り直してある。
二人のうち、ジェラールさんを得点源とするならば、俺がそれをアシストする係。
俺は後衛出身だからよ…!
合戦中も特別指示は要らない。
お互いがお互いの行動とタイミングを知り尽くしている。
次の奥義は敵の攻撃を一人に集中させる「空爆島津雨」、
囮は前衛で最も戦力の低い者、発動前までに俺のHPと防御を上げておく…そうだろ?
よほど格上と当たらない限り、「ケミカルテイルズ」が負ける事はない。
週末には連合階級Sが近づいて来た。
「ガチャ券引ききれないから、まいけるさんに押し付けてやるう〜!」
「よし来い!」
「ふふふ…1237枚の苦行だ!」
古参連合員同士、掲示板でのやりとりもスムーズだ。
そんなある12時合戦後、おつかれさまの挨拶と雑談に続き、
いかついおっさんアイコンがまた流れて来た。
「そういやまいけるさん、埼玉住みて前言うてたよね?」
「そそ、川越ね」
「うちは池袋からちょっと行ったとこなんやけど、
今から会われへん? ちょっと手伝って欲しい事があんねや」
「何を?」
「うちの仕事、今月アシスタントが辞めて代わりが見つからへんねえ。
まいけるん助けて! 超切実! お願い!」
「は? 誰が『まいけるん』だよ」
ジェラールさん的には、「まいけるさん」と言いたいらしい。
それから「本多忠勝」とか、いかついおっさんアイコンが連続で流れ、
押し切られるようにして、俺は池袋行きの電車に飛び乗った。
「わ、まいけるん来てくれてほんまありがとう〜、すごい助かるわあ。
あ…ジェラールです、初めまして」
改札口で俺を迎えてくれたジェラールさんは、いかついおっさんなんかじゃなかった。
なんでこれがあの「本多忠勝」とか、いかついおっさんになるんだよ。
…ジェラールさんは女だった。