気配、そして遭遇。あの、頼むから変なコトしないでもらえますかね?
水たまりの目立つ湿ったグラウンドの中心に、今、異変が起こっていた。
その異変は、周囲の下校中の生徒や、クラブ活動中の生徒たちの注目を、一身に浴びているのである。
異常事態にざわめく、放課後の学校。
そのグラウンドの中心には、巨大な甲殻類のような怪物の遺骸とともに、はらりと涙を流す少女の姿がある。
注目を集めている理由には、勿論その巨大な化物も入っているのだが、何より一番注目を集めていたのは「それ、何て魔法少女?」と聞かれそうな格好をしている、一人の少女であった。
「(やってしまった……。
もう、ヤだよこんなの……!)」
そう心の中で嘆いているのは、どういう訳か、いや、あるいは当然、彼女である。
「申し訳ありません、千羽様。
少し、手違いが生じたようでして」
「……(ry」
そう、千羽千尋。
本作の主人公であった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
なぜ、そんな事になっているかを説明するには、数時間ほど時刻を遡る必要がある。
六限目の体育を終えて帰ってきた私は、担任の先生が職員室から戻ってくるまでの時間を、机に突っ伏しながら潰していた。
そんな彼女の視界には、例の美少女の姿があった。
名前は、赤城緋空というらしい。
大人しく真面目な性格の彼女には、どうやらこういった時間をともに過ごす友人はいないようである。
実は今日一日、朝のホームルームで日直に指名されているのを見かけたときから、ずっと気になって観察していた。
分かったのは、休み時間は基本、本を読んで過ごしており、その時の雰囲気の凛々しさから、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出しているからか。
彼女に自ら話しかける人も、本人から話そうとすることも無かった。
いわゆるボッチである。
……まあ、他人のことは言えないけれども。
そうこうしていると、教室に担任の先生が戻ってきて、帰りのホームルームを開始した。
話は短く、明日の時間割についてと、日直には今日から教室掃除をしてもらうということ。終わったら日誌を持ってくることくらいだった。
最後に、帰りの挨拶を済ませると、クラスメイトたちはゾロゾロと帰り始める。
「千羽様。
アミューの住人の気配が近くにあります」
そんな中、私もそろそろ帰ろうかな……と考えて席を立とうとすると、横からそんなことを御影さんが告げてきた。
「近くって、どれくらい?」
「どうやら、すでに校内に潜んでいる模様です」
「具体的には?」
「そこまでは……。
しかし、どうやら敵意や害意に似た気配を内包しているように感じられます」
彼のその言葉を聞いて、眉をしかめる千尋。
実は昨日の午後、そういった捕獲対象がいる可能性について、日向さんから話を聞いていたのだ。
――回想――
「敵意、ですか?」
「はい。
この世界に住み着きたいと願っている住人、もしくは、悪さをしている住人などが居ないとも限りませんからね」
「あ、なるほど」
「なので、これを」
私は、彼女から手渡されたものに視線を落とし、戦慄を覚える。
――それは、いわゆる大人のおもちゃだった。
しかも、ちょっと温かくてヌメッと(ry
「ぬん!!」
反射的に、私はソレを床に投げつけた。
バキッという音が中から響いてきたけど、謝るつもりはない。
あれは完全にセクハラだ。
日向さんがまともじゃないことはわかっていたけど、ここまでとは思わなかった。
私は、ゼェー、ゼェーと肩で息をしながら、彼女の顔を覗き込む。
すると銀髪メイドは、済まし顔でこう告げるのであった。
「すみません、間違えました」
「どんな間違え方だよ!?
てかアレ使用済みだよね!?」
あとちょっと触った感触がナマっぽかったのは頂けないと思うのだ。
「……あ、もしかして新品をご所望でございますか?
でしたら差し上げますが。
であれば、極力ホンモノに近いハメ心地の(ry」
「うっさいわ、このムッツリど変態!!
誰があんな……ッ!
あんなモノを……ッ!」
「まあまあ、落ち着いてください、千羽様。
ひょっとしてカルシウム不足ですか?」
「誰のせいだよ、こんちくしょう!!」
――回想、終わり――
まあ、そんなことがあったわけで。
凶暴な住人に対しての秘策を、日向さんから受け取っていたのである。
不機嫌そうな彼女の表情を見て、御影は千尋に言葉をかける。
「それで、どうしますか?」
どうするも何も、学校でしょ……?
「んー……。
人に見られたくないし、どうにかできないの?」
「それでしたら、私の【認識阻害】で、人払いをいたしましょう」
あ、なるほど。
その手段があったか。
千尋はそれならばまぁいいかな?と高を括ると、御影さんに首肯した。
「そうだね……。
でもとりあえず、だいたい人が居なくなるまで待つことにするよ。
それまで見張っておいて」
「承りました」
さて。
そうなってくると、時間まですることが無いな……。
私はグッと伸びをすると、何をして暇を潰すべきかと悩む。
一応、宿題は出されているのだが、今はやる気にはなれない。
と、すると……。
千尋はおもむろに立ち上がると、机を教室後方へと運んでいる緋空に目をつけた。
「赤城さん」
「あ、千羽さん!
どうかした?」
黒のショートヘアを揺らしながら、緋空が振り向く。
「一人じゃ大変でしょ?
手伝うよ」
「ありがとう、千羽さん!」
彼女はそう言ってはにかむように微笑んだ。
それから二人は、特に話という話をするでもなく、黙々と掃除を続けた。
しばらくすると、窓を拭いていた緋空が、千尋に話しかけてきた。
「ごめんね、なんか付き合わせるみたいな感じになって。
千羽さんも、早く家に帰りたいはずなのに」
「んーん。
好きでやってるんだし、気にしないでいいよ」
どこかぎこちない会話をする二人。
実を言うと千尋には、若干コミュニケーション能力が不足している点が見られる。よく親からは容量が悪いと散々言われていたのだ。
一方で緋空自身も、あまり他人とはかかわらないせいか、若干対話には能力には自信がない。
ふと、緋空が窓に水滴が落ちるのを目撃する。
「雨、降ってきたね。
私雨具持ってきてないや」
次第に勢いを増していく雨模様に、顔をしかめながら千尋が答える。
「そうなの?」
「うん……。
今朝、ちょっと色々あってね」
千尋は困った風な笑顔を浮かべながら、机の配置を元に戻した。
と、その時だった。
――カラン、コロン……。
ふと、何かが転がるような音が、耳に響いてきた。
緋空が何か落としたのだろうか?
そう思って尋ねてみると、彼女は首を横に振る。
――カラン、コロン……。
まただ。
今度はさっきよりハッキリ聞こえる。
これは流石に彼女にも聞こえたのだろう、緋空は首を傾げて、音の聞こえてきた方角へ、暫し視線を向けた。
そうやって、ジッと廊下の方に目を向けていると、何かが立っているのが視界に映った。
「「……壺?」」
そう。
それは、土色に薄く艶がかかった壺であった。
形状は水瓶に近い。
大きさはだいたい、150cmくらいだろうか?
縄文土器を彷彿とさせる縄目模様が、まるでとぐろを巻くようにして描かれた文様が刻み込まれたそれは、縦に転げるように転がりながら、千尋たちの方へと転がってくる。
――カラン、コロン……。
やけに、音が軽い。
従兄の兄の家にも、水瓶はあった。
あれ程の大きさはなかったが、それでも転がしたときはかなり重量があるように感じたのだ。
対して、アレにはそれが感じられない。
壺の表面に傷一つついていないことからも、それがかなり丈夫であることは伺えるのだが……。
そんなことを一瞬の内に分析した千尋だったが、隣からやがて、ドサッという物音を耳にして、緋空の方へと視線を移した。
そこには、尻餅をついて顔を両手で覆っている彼女の姿があった。
「お、お化け……!」
「お化け……?」
まあ、確かに言われてみればお化けだが……。
種類はポルターガイストかな?
……ていうか、これ怖いのかな?
恐怖よりも先に呆れが来ていた彼女は(なぜならサハギンの件でかなり慣れてしまったので)、恐怖におののく彼女に、少しコメディな感想を抱く。
おそらくアレも、アミューの住人なんだろうと考えた千尋は、さてどうしたものかとしばらく考える。
「(さて、どうしたものか。
流石にいきなり、アミューの住人ですか?って聞くのは、赤城さんもいるし、ちょっと恥ずかしいし……)」
千尋は眉をしかめると、とりあえず壺の方へと歩み寄ることにした。
「えっと……アミューの人?」
聞かれるのが不味いなら、小声で話しかければいいや。
そんな単純な思考結果から、千尋はコソコソと壺に話しかけた。
何も知らない第三者から見れば、頭のおかしい人だと思われて、きっと精神科を勧められるだろう構図に、千尋は内心赤面する。
しかし、壺にはどうやら発声器官が無いようで(考えてみれば当たり前だが)それはなんの返事もしなかった。
「……ダメだこりゃ。
何していいのかさっぱりわからん」
私は、もうお手上げだとばかりに、肩をすくめた。
さて、どうしたものか。
「(そういえば、御影さん何か言ってたな……)」
そんな事を考えていると、後ろから掛けてくる声があった。
赤城緋空である。
「せ、千羽さん……!
何してるの、早く逃げようよ?」
何もしてこない壺に、心が落ち着いてきたのか。
彼女は涙目ながらもジリジリと壺を大きく迂回するように回り込みながら、出口へと足を向けて提案する。
千尋としても、何も反応してくれない住人に、どうすればいいか戸惑っていたし、何より友達になれそうな緋空を不安にさせるのは嫌だったので、一つ頷いて、壺に背を向けた。
――ギチッ。
ふと、そんな異音が、二人の鼓膜を伝う。
その瞬間、千尋は思い出した。
「……っ!」
本能の赴くまま、千尋は身をかがめる。
するとほぼ同時に、彼女の頭上を横切る何かの気配がして、彼女の髪の毛先が宙を舞った。
回転し受け身を取りながら距離を取り、机の間を縫うように移動する千尋。
そう、あの時言っていたのは、敵意や害意に似た気配を内包している、という忠告だった。
「千羽さんっ!」
「私は大丈夫!それより、赤城さんだけでも早く逃げて!」
「千羽さんはどうするの!?」
「私はここで……っ!?」
言葉を続けようとして、本能が鳴らす警鐘を感知した私は、机を即席の塹壕に見立てて、その間に緋空の体ごと自分をねじ込んだ。
刹那、頭上を猛スピードで何かが、通り過ぎていく。
机の下から、壺のあった方角を目の橋に確認するが、そこに壺の姿は見当たらなかった。
「(このパターンって、安心しちゃだめな奴だよね!?)」
むしろ要警戒のパターンだ。
先程から繰り出してきている攻撃の感じから察するに、何かを投げていると言うよりは、無知のようなものを横薙に振るっているような気がする。
ならば、いつか縦方向からの攻撃も警戒しなければならないだろう。
千尋は、押し倒された緋空の目をしっかりと見つめながら、告げる。
「私がここであれを足止めする。
赤城さんは、その内に誰かをここに呼んできてほしいの」
「……わかった」
彼女は一瞬目を見開くと、コクリと首肯して状態を持ち上げる。
と、その時だった。
――むにゅん。
何か、とてつもなく大きくて柔らかい、そして握れば跳ね返る弾力性をもつものが、私の片手に押し付けられた。
「はぅ!?」
「……!?
ご、ごめん!」
彼女の小さなセリフで、一瞬停止した私の思考が蘇る。
どうやら、緋空を押し倒したとき、偶然にも彼女の胸に手を押しつけてしまっていたらしい。
こんな状況で、なんというラッキースケベ。
いや、私にこんな趣味はないのだけれど。
千尋は急いで彼女の体から離れると、机の上に顔を出した。
「……あれ?」
「どうかしたの?」
少しだけ怯えたような声音で、千尋の動揺に理由を尋ねる緋空。
千尋はその質問を少しの間保留して、周囲をぐるりと見渡してみる。
しかしやっぱり、彼女は首を傾げてみせた。
「……千羽さん?」
不安そうな声で、赤城緋空が再度尋ねてくる。
千尋は漸く彼女の方に視線を戻すと、その保留していた質問に対して、回答をした。
「居なくなってる」