序章、そして伏線。物語はこうして始まった。
白い、巨大な柱が乱立する、モノクロの空間にそれは起こっていた。
――ガゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
何かが、白い大魔石の地面をえぐりながら、もうもうと土煙を上げて引きずられていく。
「グルルラアアアアア!!」
獣のような叫び声を上げながら、それは抉りながら曳きずっていた何かを、首の膂力だけで空へと吹き飛ばす。
「ッ!」
立ち込める煙から姿を表したのは、白い体躯に黒い模様が浮き上がる、両目のない四足の鬼だった。
吹き飛ばされた青年は、空中でくるりと見を翻すと、背中から生えた真っ黒な烏のような翼で体制を整える。
その一瞬の隙きを狙って、四足の鬼はその四肢に力を込めて、再びその悪魔のような容姿の青年へと飛びかかった。
機を同じくして、青年も鬼へと翼をはためかせて突進する。
「【兵器創造】」
短い詠唱を終えると、その青年の手には、黒い一振りの刀が握られていた。
刀の頭から流れ出る、黒塗りの鎖が、音速を超える風に靡き、ガリガリと音を立てる。
――ガギィン!!
手首を返して、青年の刀が一秒も経たずに鬼の豪腕と交差し、衝撃波が空間を揺らがした。
「グルルラアアアアア!!」
鬼は唸り、近くの柱へと足場を変えると、三角飛びの要領で青年へと再び接近を試みる。
青年はそんな鬼の豪腕を刀で弾き流すが、衝撃が遅れて波を立てて、青年を地面へと引きずり戻す。
「チッ」
青年は短く舌打ちをすると、姿勢を低くして、縮地しながら三度突進を繰り返す鬼へと突進する。
鬼の角が、青年の刀と交差して、空間を揺らがすほどの衝撃波がまたもや床を砕き散らかす。
「グルルラアアアアア!!」
「【性能上昇】!!」
鬼の雄叫びが、その膂力を異常なまでに高まり、それに対抗するように、青年の全ステータス値が次乗されていく。
――グガァァン!!
重く強い衝撃が響き渡り、鬼の角が砕け散る。
同時に、鬼の豪腕が青年の烏羽を斬り裂き、黒い羽が中を舞う。
互いに交差して、再び突進を繰り返す。
柱を足場に空中で打ち合い、空と陸から互いに向かい合って突進し続ける。
やがて痺れを切らした鬼が、大きく一吠えし、空中に巨大な、赤い炎の球を生み出した。
それは一瞬にして一点に収縮されると、まるでミサイルのごとく青年へと光線を発射した。
数条にも及ぶ光線を、瞬時に復活させた両翼で空を駆けて回避する、悪魔の風貌を持つ青年。
そして青年もやはり、やられるだけの玉ではなかった。
「【現実拡張】【総合選択】【兵器創造】【性能上昇】【超越再生】【複製錬成】」
瞬間、大量の武器が、四足の鬼を囲むように、ドーム上に展開される。
「グルルラアアアアア!!!」
それに気づいた鬼は、更にいくつもの炎の球を生み出し、圧縮して大量の光線を周囲にばら撒いていく。
それは一つ一つが武器破壊を狙ったものだった。
だがしかし、その判断は間違いであることに、四足の鬼はすぐに理解する。
光線によって傷つけられ、破損したはずの凶器は、その光線による攻撃が終わると、すぐさま再生していき、尚且つ以前のものとは比べ物にならないほどの鋭さや耐久力を有していくようになることに気がついたのだ。
「グルルラアアアアア!!!」
焦った鬼は、既にどこにも突破口になりそうな隙間がないほどに、剣や槍などで、周囲を埋め尽くされている事に気がつき、僅かでも生き残る可能性を上げるために固有能力【無限膂力】を自分に掛けた。
咆哮とともに、エクトプラズムによる情報強化が肉体に施されるのと、周囲を埋め尽くさんばかりの狂気が咆哮を挙げるのは、ほぼ同時だった。
――ドガガガガガガガガガガガガガガァァァァァァァァ!!!!
死の蹂躙が、モノクロの世界をグラリと揺るがした。
もうもうと立ち込める土煙の中、青年はゆっくりと大魔石の床に着陸する。
「……殺ったか」
あの死の嵐とも言える蹂躙を耐えしのぐのは、如何に神に近い存在であっても、今はもう神ではないあの鬼のスペックでは不可能である。
そう、彼は高を括っていた。
それが、間違いだとも知らずに。
――ドパン!!
ふと、煙の奥から微弱な気配を感じた青年は、反射的に防御体勢を選んだ。
それとほぼ同時に、何か赤い稲妻を纏った物体が、青年を直撃した。
「チッ!」
青年は舌打ちをしながら、その衝撃のベクトルを腕の力でなんとか反らしながら、近くの柱に足を埋めるようにして着地する。
ちらりと飛来してきたもの確認すると、それは青年がスキルによって創り出した武器類であった。
鬼は、その刹那の隙きを見逃さなかった。
「ッ!?」
固有能力【無限膂力】によって、最大限にまで情報強化が施された鬼は、一瞬で数百メートル先まで吹き飛んだ青年に切迫すると、その豪腕で青年の細い肉体を弾き飛ばした。
ヒュー、という風切り音を遠くに残して、音の壁を超えて吹き飛ぶ青年は、間に柱を十数本砕きながら突き進んでいく。
ようやく衝撃が収まったかと思えば、それと同じくして彼を追いかけていた鬼が、さらにもう一発と彼の顔面に拳を打ち込む。
衝撃が音を超えて伝わる風を、空中で察知していた青年は、浮遊中に詠唱を行っていた。
「【金剛結界】!」
瞬間の間をおいて、鬼の拳が青年の顔面にインパクトする。
勝ち誇った笑みを、目の無い顔で表していた鬼だったが、その瞬間訪れる異常事態に、困惑することとなった。
確かに撃ち抜いたはずの自分の腕が、肩口から消し飛んだのである。
対象からの害意を持った効果を、10乗にして相手に返す、非情とも言えるスキル。
彼は奥の手として、それを発動したのである。
――ニィ。
無意識に、青年の広角が上に上がり、狂気の笑みを見せつける。
「【兵器創造】」
青年がそうつぶやくと、いつの間にか鬼の首には鎖が巻き付いており、青年は目の前から消えていた。
「グルルラアアアアア!!」
瞬間、首を急激に引っ張られる感覚が訪れる。
一瞬の浮遊感のうち、そして鬼はいくつもの柱をなぎ倒しながら床へと叩きつけられた。
その正体は言わずもがな、青年の力に寄るものであった。
僅かな抵抗も許さずに叩きつけられた鬼は、その白い大魔石の床に、青い体液を撒き散らしながら、己が作り出した血溜まりに浸っていた。
「【兵器創造】【効能付与】」
青年がそう口走ると、その傷一つない手には、黒い拳銃が握られていた。
カチャリ、とその銃身が立てる音に、鬼は顔を向ける。
……いや、鬼は鬼ではなくなっていた。
どちらかといえばミノタウロスに近い形態をしていた鬼は、今ではそんな欠片など微塵もない、一人の小さな、金髪碧眼の美少年に変わっていた。
拳銃を持つ青年の方も、いつの間にか先程までの仮面をつけた烏の羽を生やした悪魔ではなく、少し長めの黒い短髪に黒い瞳を揺らす、普通の青年の姿をしていた。
「千羽雪仁。
君には、迷惑を掛けたね」
「お前が迷惑なのは、重々承知しているさ」
「はは……。
君を選んで、本当に良かったと思うよ」
悲しそうな笑顔を湛えながら、自嘲するようにつぶやく少年。
「……言い残すことはあるか?」
雪仁と呼ばれた青年は、前髪で目元を隠しながら、淡々とそう告げる。
「では、お言葉に甘えて一つ、予言をしていこうかな」
「予言……?」
首を傾げる雪仁に、美少年は頷いた。
「もとの世界に戻ったら、君には従妹ができる。
彼女は、いずれ君の世界に現れる厄災を解決してくれるだろう。
だが、そのためには君の力が必要なんだ」
「……厄災?
まさか、またどこかの馬鹿な神様みたいに、魔王を差し向けるやつが現れるっていうのか?」
訝しげに問い返す雪仁に、美少年は苦笑して首を振る。
「残念、それは違うよ」
「じゃあ、一体――」
「――厄災を招くのは、君の従妹さ。
それも、ほぼ無意識のうちにね」
「……」
彼は思わず絶句する。
「そして侵略完了を回避するには、彼女に君の持てる技術のすべてを、教えてあげなければならない。
でなければ、彼女も、そのお仲間も死んでしまうだろうから。
……これで、予言は終わりだよ」
雪仁は、元神の言葉を頭の中で噛みしめるように反復すると、一言、そうかと返事をした。
「それじゃあ、そろそろやってくれ。
早くしないと、また種子が復活してしまう」
「それもそうだな」
美少年の言葉に頷くと、雪仁はその銃口を、端正な顔の眉間に向けた。
「ありがとう。
これでまた、世界が一つ救われる」
――ドパン。
こうして、勇者雪仁は、少年の言葉を頭に残して、その大いなる生命にピリオドを打った。