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妹のパンツが欲しい

作者:風見鳩
 妹のパンツが欲しい。

 本人に直接言ってみたら、代わりに右ストレートをくれた。





 僕には妹がいる。

 この春から中三となり、容姿端麗、成績優秀、清濁併呑の三拍子がかかった自慢の妹だ。

 もし「好みのタイプは?」と聞かれたら妹を思い浮かべ、「可愛い子の画像をくれ」と言われたら妹の画像を見せつけるだろう。

 そんな聖人君子を体現したかのような妹だが、兄である僕には冷たい。

 原因はわかっている。僕は中学の時、妹に冷たい態度を取っていたからだ。

 妹と遊んでいるのが友達に知られたら絶対からかわれると思い、中学生の時はほとんど口を利いてなかった。

 だが高校生になった時から「あれ? 妹ってこんなに可愛かったっけ?」と気がつき、今や自他共に認めるシスコンである。

 別に妹を恋愛対象として見ているのではない。

 ただ単に仲良くなりたいだけだ。

 その仲良し度を目に見える形で表現できるのは、モノの貸し借りや譲渡だと僕は考える。

 弟と仲が良い友達に「どのくらい仲が良いの?」と訊いてみたら、「大抵のモノを貸し借りできる程度かなあ」と答えてくれた。

 なるほど、それは確かに仲が良いのも頷ける。いくら家族とはいえ、私物を貸し借りしたり譲渡するのは抵抗がある。

 でも仲が良いのであれば、ある程度の貸し借りだって許容できるだろう。

 そしてその貸し借り若しくは譲渡できる許容範囲によって、仲良し度がわかるというわけだ。


 以上のことを要約すると、妹のパンツが欲しい。





 しかし、好感度が低いままでその要求は良くなかった。まずは好感度を上げるところから始めよう。

「あっ、宿題やってるの? よかったら手伝うよ」

 妹はリビングで勉強するのが昔からの習慣である。

 はたして今日も妹はリビングで宿題をしていた。

「……自分でやらないと意味ないじゃない。兄さんは手を出さないで」

 しかし妹は射抜くような視線を僕に向け、邪険に扱ってくる。

 なんと真面目な妹だろうか。僕だったら喜んで手伝ってもらうというのに。

 まあ拒否されたものの、やっぱりちょっと気になるので横から宿題らしきプリントを覗いてみる。

 えーっと、どれどれ……。

「えっ、何この問題。全然わかんないんだけど」
「…………」

 その後、妹から勉強を教えてもらった。





「ケーキを買ってきたけど、食べる?」

 ソファーでニュースを見ている妹に、帰り道にあるケーキ屋で買ってきたケーキの箱を見せる。

「……どういう風の吹き回し?」

 すぐに手を出さず、警戒するようにジロリと僕を睨んでくる妹。

「嫌だなあ、今日は誕生日だろ? なんか財布に余裕が出来てたし、祝いとして買ってきたんだよ」

 ちなみにこれは半分嘘だ。

 確かに今日は妹の誕生日だが、財布に余裕なんてものはサラサラない。

 毎月買っている漫画本などを買わず、昼食代をケチりまくってようやく二つ分買えるお金が出来たから、全財産を使って買うことを決行したのだ。

 そう、全ては妹からパンツを貰うために。

 ……明日から僕、大丈夫かな? 来月のお小遣いまで2週間はあるんだけど。

「まあ……買ってきてくれたなら、食べるけど」

 妹は甘いものに目がない。更に言うと、イチゴのショートケーキが大好物だ。

「じゃあフォーク持ってくるね」

 そう言って台所へ移動し、箱の中から二つのケーキを皿の上に乗せる。

 片方は妹の大好物であるイチゴショート、そしてもう片方は新作の抹茶ケーキだ。

 甘いもの好きの妹のことだ、おそらくこっちの新作も気になるはず。

 そこで僕が妹に一口あげて、好感度をあげようという作戦だ。我ながら完璧すぎて恐ろしい。

 フォークを二つ用意して、両手にケーキを持って運んでいく。

「はい、どう──」

 その時、足元が狂った。

 普段はぶつけないはずなのに、テーブルの脚に足を引っかけてしまったのだ。

 そしてバランスを崩したせいで……イチゴショートが落ちそうになる。

「──っ!」

 瞬間、イチゴショートに全神経を集中させた。

 つま先から右手首にかけてバランスを保たせる。

 ──ここで落とすわけにはいかない!

「……ふう」

 そして、無事に皿の上に乗っているイチゴショートを見て安堵する。

 な、なんとかなった……。

 大きな息をつき、再び妹に向かって歩き出すと……左足が何やら冷たくて柔らかいものを踏みつける。

「あっ」

 見てみると……僕の左足には抹茶ケーキが。

「…………」
「……半分、食べる?」
「……うん」

 結局、妹にケーキをわけてもらった。





 帰り途中に妹と会った。

 僕と妹は帰る時間や距離が異なるので、帰り途中に出会うというのは非常に珍しい。

 いつもならテンションが上がりまくりなのだが、今日は別である。

「……兄さん、何してんの?」

 頭の先からローファーのつま先にかけてぐっしょりと濡れ、建物の屋根の下で突っ立っている僕を見て妹が怪訝そうな目で見てきた。

 そう、つまり今は雨なのだ。

「……傘、忘れたの?」
「……うん」
「……一緒に入る?」
「…………うん」

 後になって考えてみれば、この状態は妹と相合傘だったのだが……その時は異様な寒気に襲われてて、それどころじゃなかった。





 風邪をひいた。

 原因は言わなくてもわかる、昨日の雨のせいだ。

 昔から『馬鹿は風邪をひかない』という言葉があるが、どうやら僕は馬鹿ではなかったらしい。よかった。

 そんなわけで、今日はずっと部屋にこもりっきりである。

 しかし病人というのは退屈だ。家から出ていくことができないからである。

 高校は病欠することになり、暇なので近くの本屋に行こうとしたところ、母親に怒鳴られた。「なんの為に休んでるの」と言われ、成る程それもそうかと大人しくすることとした。

 だがまあ、こんな退屈なベッド生活だが、悪いことばかりではない。

「……はい兄さん。おかゆ持ってきたわよ」

 そう、妹の手料理が食べられるのである。

 妹の手料理が食べられるのである。

 妹の手料理が食べられるのである!

 妹が帰宅してから一時間もしないうちに作られたので夕飯にはまだ早い時間だが、そんなことはどうでもいいことだ。

 才色兼備な妹は当然料理も上手い。ぶっちゃけ世界一の料理だと言い張りたいレベルである。

「他にも何かしてほしいことがあるなら、言って」

 それにしても、いつになく妹が優しい。

 僕が病人だからこんなにも優しいのだろうか、そう考えると風邪も案外悪くないものだ。

 他にも何かしてほしいものか……待てよ、今の妹の優しさなら。

「じゃあ、ついでにパンツもくれると嬉しいな!」


 おかゆは血の味が混じってて、口に染みた。





「一緒に映画を観よう」

 夏休みに突入した八月、近くのレンタルショップで借りた一本の映画を持って妹を誘った。

 学生時代しかないと言われる夏休みだが、今年の妹は家に篭りきりである。

 その理由は簡単、今年が高校受験の為に受験勉強をしてるからだ。

 前に塾へ行くとか言ってたが、「家で勉強してた方が捗る」とのことで塾に行ってない。流石僕の妹だ。

 本当は夏祭りとかプールに誘いたかったが、外だと勉強の邪魔になるのではないかと思い家の中で出来るものを誘ってみたわけである。

「私、勉強してるんだけど……」

 対して妹は乗り気ではない様子。もう半日以上は机に座りっぱなしというのに、なんという集中力だろうか。

 本人がまだ勉強したいというのであればその通りにしてあげるべきだが、勉強のしすぎも良くないと聞く。息抜きくらいはしても良いと思う。

 それに……妹が観たくなる魔法を、僕は知ってる。

「内容はホラー映画なんだが──」
「観るっ!」

 ガタリと立ちあがり、力強く即答する妹。

 妹は甘いものと同じくらいに、ホラー系が大好きだ。ホラーを観ながらバニラアイスを食べるのが夏での一番の楽しみであるくらいに大好きなのだ。

 無事誘い出すことに成功したものの……出来ることなら、この方法はあまりやりたくない方法だった。

 そう、完璧だと思われるこの作戦の唯一の欠点は、

「ひっ……!? ぎ、ぎゃぁぁぁあっ!!」
「…………兄さん、うるさい」

 僕はホラー系が大の苦手なのだ。





「そういえば兄さんは大学受験どうするの?」

 紅葉が見かけるようになったある日、珍しく妹から声をかけてきた。

 僕は高三で今年大学受験であるのだが、これと言って良いほど勉強をしてない。というか、そんなことをする暇があるのなら少しでも妹に奉仕したい。

 そんな遊んでばかりの僕が気になったのだろうか。

 だがご心配は無用。ちゃんと僕にだって考えはあるのだ。

「指定校推薦で、大学行くことにしたんだ」
「……兄さんって、そんなに頭良かったっけ?」
「はっはっは、偏差値低い高校だからね。大半は僕より馬鹿なのさ」

 公立は落ちたので滑り止めで受けた私立高校に行ったわけなのだが、もはやほとんどテスト勉強をしなくても学年上位に入れるような学校である。

 そんな中で推薦枠を取ることなど、そこまで難しいことではないのだ。

 しかしそんな僕を、妹は冷えた目で見てくるのは何故だろうか。

「……将来のこととか、考えてないの?」
「ない!」

 将来? なんだそれは。

 明日の妹と晩御飯以外のことなんぞ、微塵も考えてない。

「……兄さんのそういうところ、羨ましいわ」

 そう誉めてくれた妹だが、ちっとも尊敬の眼差しを向けてくれなかったのは何故だろうか。





 最近、妹が合唱曲を歌うようになった。

 どうやら中学最後の合唱祭らしい。

「あっ……ごめん、うるさかった?」

 と、じっと見ている僕の視線に気がついた妹が謝ってくる。

「ん、いやいや、全然迷惑じゃないから、歌い続けてていいよ」
「そ、そう……」

 妹の歌声は美しい。例えどんな時でも、その歌声を聴けば僕は魅了される自信があるくらいだ。

 そんな妹の素晴らしい歌声を不快だと誰が思うだろう。むしろ死ぬまで聞いていたい。

「ところで合唱祭はいつなの?」
「えっと、平日の午後からだから、兄さんは来れないと思うよ」
「よし、その日は休むか!」
「兄さん、お願いだから学校に行って」





 今日はハロウィンである。

 正直宗教的な行事も関係なく、なんでもかんでもお祭りとして参加したがる日本人はただ騒ぎたいだけなのではないかと呆れてさえいるのだが、その気持ちはわからなくもない。

 何故ならば、妹に話しかけられる話題となるからだ。

 それに、今回はハロウィンにちなんだ最強の技も用意してある。

「トリック・オア・トリート! のこのこと家に帰った来たのが最後! 今すぐお菓子をくれなかったら、パンツを貰う!」

 妹が帰宅すると同時に玄関の前に立ちはだかった。

 去年はハロウィンなんか興味もなかった僕だ、いきなりお菓子なんか用意できないだろう。

 つまり、妹は僕にパンツを渡す他ないのだ!

「はい」
「……へ?」

 パンツを渡す他ないはず、なのに。

 何故か妹の手には小包が握られていた。

「なにこれ?」
「いや、お菓子に決まってるでしょ……私だってハロウィンってことくらい、知ってるんだからね」

 いや、優秀な妹がハロウィンをど忘れするなんて考えてもないが……僕にお菓子を買ってきている、だと?

 これは何かの夢だろうか?

 目を白黒させる僕に、妹がニコリと笑って右手を差し出す。

 あっ、笑顔がめっちゃ可愛い……じゃなくて。

「この手は何? 何か欲しいの?」
「トリック・オア・トリート」
「…………」

 しまった。

 妹にパンツを貰う作戦ばかり練っていて、自分が用意するのをすっかり忘れていた。

「……今すぐお菓子をくれなかったら、ホラー映画の刑」
「ちょ、ちょっと待って! 今すぐ近くのコンビニで買ってくるから!」
「待たない」
「いや、ちょっ──うわぁぁあっ!」

 最近、妹が少し変わった気がする。





 今年のクリスマスも一人である。

 ……いや、妹も誘ったのだが「友達とクリスマスパーティーする約束がある」らしく、断られてしまったのだ。

 まあ先約があるのなら仕方ないし、一人なのは慣れてるから大丈夫だ……別に寂しくなんかないよ? 本当だよ?

「……ん?」

 何か食べ物はないかと冷蔵庫を開けたところ、小さなケーキが入っていた。

 そしてケーキの隣にはメッセージカードが──『メリークリスマス。ごめん、これで許して』。

「…………」

 許すもなにも。

 僕は別に謝られるようなことはされてないのに。

 僕の妹は優しすぎる。

 ちょっと泣きそうになるじゃないか。

 でも僕だって男だ、涙が溢れそうになるのをぐっと堪えて、冷蔵庫のケーキを取り出す。

 最高のクリスマスプレゼントにいただきます──深く、深く手を合わせ、メッセージカードの裏を捲ってみる。

『これ、友達の為に作ったケーキの端っこなんだけど、ちょっと失敗しちゃったから切り取ったやつで。兄さんには何も用意してなくて、本当にごめん』
「出来ればその情報はいらなかった!」

 律儀に説明してくれる妹の優しさに、思わず泣いてしまった。





 妹が公立高校の前期試験に落ちた。

 あんなに頑張って勉強していたのに。

 毎日欠かさず参考書を解き続けていたのに。

 現実は非情だった。

 結果発表の日から妹の姿を見ない。

 ご飯はきちんと摂っているものの、ほとんど部屋に篭りきっているからだ。

 妹は嫌なことがあると部屋に篭ることを、僕は知っている。

 そして、妹は自分の部屋に家族……主に僕を入れたくないということも──兄である僕は知っている。

 妹のパンツを手に入れるためには嫌われる行動をしてはいけないから、本来ならば放っておくべきなのだが。


 僕は妹に嫌われる覚悟で、禁断の扉を開けた。


 きちんと整頓された小綺麗な部屋。

 その端のベッドに、妹は横になって毛布に包まっていた。

 妹は起きてるのだろうか……いや、起きてるだろう。

 その証拠として、部屋を開けた際に少し頭が動いたからだ。

 妹は起きているのに、僕は入ってきたことに対して何も言わない。「絶対入ってくるな」と咎めていた、あの妹が。

 何も言わず、ベッドの端に座る。それに対しても妹は口を開かない。


 部屋に入ってから、どのくらい経っただろうか。

 永遠に続くかと思われた沈黙は、ついに打ち破られた。

「…………どうして、何も言わないの?」

 久しぶりに妹の声を聞いた気がする。

 その声はいつもより弱々しくて──儚い声だった。

「もし僕が何か言ったとしたら。なんて言ってたと思う?」
「……『頑張れ』とか、『気にするな』とか、『まだ次がある』とか」
「はっはっは、そんな逆効果なこと言わないよ」

 僕は知っている。

 落ち込んでいる時にそんな言葉を言われたら、どうなるかを。

「『頑張れ』と言われたら、頑張りたくなくなる。『気にするな』と言われたら、余計気にする。『まだ次がある』と言われたら……今までの自分を否定された気分になる」
「…………」
「可愛い妹にそんな酷いことは言わないよ。僕が伝える言葉は、これだけ」

 そう言って──妹の頭を撫でた。


 撫でて、撫でて、撫でる。

 力強くせず、かと言って恐る恐るという感じでもなく。

 優しく妹の頭を撫でる。

 これが僕の伝えたかった言葉。

 たった一人の妹に伝える、兄からの言葉。


 僕が撫でている間、妹は無言だった。

 でも小刻みに震えているようでもあった。

「どう? 伝わった?」
「…………って」
「ん?」
「もう大丈夫だから、出ていって! ここには入っちゃ駄目って、何回も言ったでしょ! だから出ていって!」

 妹はガバリと起き上がると、僕を無理矢理立たせて部屋まで押し退ける。

「えっと……」
「今から勉強するの! まだ後期の公立試験があるんだから、邪魔しないで!」

 そう僕に怒鳴ると……妹は勢いよくドアを閉めた。

「…………」

 その姿を見て、僕は安堵した。

 ああ、あれなら大丈夫だと。

 もう心配することはないと。

 えっ、どうしてそんなことがわかるのかって?


 それは簡単。


 ──だって、僕の妹だから。





 2月と言えばバレンタインデーであることくらい、恋人がいない僕でも知っている。

 日本人の僕としては、豆まきの方を大々的にするべきだと考えるのだが……お菓子業界も必死なのだろう、仕方ないことだと諦めている。

 そして僕に来るチョコは母親からの一つだけ。市販の商品だが、貰えるだけよしとしよう。

「……兄さん、はい」

 そのはずだったのに。

 目の前に二つ目のチョコレートが出現した。

「えっ……?」
「チョコよチョコ。今日がバレンタインデーだってこと、知らないの?」
「いや、知ってるけど……」

 妹が──僕にチョコ?

 僕にチョコをくれるの?

「わ、わかってると思うけど、家族チョコだからっ。兄さんだって家族だし、あげるのは当然でしょっ」
「えっ、でも去年はくれなかったような──」
「ああもう、ごちゃごちゃうるさい! さっさと受け取って!」

 まるで押し付けるようにして、妹は僕にチョコを渡す。

 今年は去年の二倍の数だとか、歳の離れた人以外から貰うのは初めてだとか、色々思うことはあるけど……何より妹から貰えたという事実が嬉しかった。

 妹のチョコを食べたら僕、幸せ過ぎて死ぬのではないだろうか。というか、今にも死んでしまいそうだ。

「そ、それでね、兄さん」
「うん?」

 まだ言いたいことがあるらしく、妹が声をかける。

 手を後ろに組み、いつもより顔を赤くして──上目遣いをしながら。

「この前は……あ、ありがとね」

 あ、僕死んだ。

 視界が揺れ、そのままぶっ倒れる。

 床にぶつかる衝撃が右肩に走るが、特に気にならない。

 それよりも大きな衝撃が僕の心臓に来ているのだから。

「ちょ、に、兄さん!? し、しっかり──」

 慌てた様子の妹が僕の肩を揺さぶっているようだが……そのまま意識は薄れていく。

 このまま死ねば最高に幸せだろうなと思いながら──僕は気絶した。


 ……本当に死んだわけじゃないよ?





 今日は妹の卒業式である。

 その日は土曜日であり、僕も暇だったので卒業式を見に行くことにした。

 母親の隣の保護者席に座って、何百人という中学生たちが壇上に上がっていくのを見ていく。

 元気の良い子、今にも泣きそうな子、緊張している子。


 色んな生徒が卒業証書を貰っていき……ついに妹の名前が呼ばれた。

「──はいっ」

 妹は凛とした声で返事をし、証書を持つ校長の元へ向かっていく。

 表情に迷いはなく、歩きに乱れはなく。


 卒業証書を受け取る妹の姿が──とても美しかった。





 そして、その数日後に僕の高校の卒業式。

 人数が多い私立高校なので、名前を呼ばれたら立つだけの卒業式。

 後は校長やらお偉いさんやらの長ったらしい話を、眠気と戦いながら聞いていく。

 でもそんなありがたい話の半分以上は覚えてなく……気がつけば、卒業式は終わりを迎えていた。

 仲の良かった男友達と写真を撮ったりして、「あぁ、この学ランを着るのも今日が最後か」と余韻に浸ったりして。

 母親と一緒に帰るのは照れくさいから一人で帰るって言って。


 少し期待して探してみたけど──妹の姿はなかった。

 いや、わかっていたことだ。別に参加しなくてはいけないことではないし、僕自身何も言ってないのだから。

 結局、高校を卒業するまで僕の願いは叶わなかった。

 え? 第2ボタンはせがまれたかって?

 はっはっは、そんなことあるわけないじゃないか。彼女いない歴が年齢の僕だぞ? ……自分で言ってて、なんだか悲しくなってきたな。

 少し遠くの大学に行くから、来年の春からは初めての一人暮らしとなる。

 不安じゃないし寂しくもないと言えば嘘になるけど……もうあの子から色んなものを貰ってきたのだから、大丈夫。


 何でも出来て、優しくて、甘いものとホラーが大好きで、いつも一生懸命で、落ち込む時はとことん落ち込んで、それでも可愛い。


 僕のたった一人の──妹。



「へっ……?」

 いきなり手を取られた。

 握られた手の先を見ると、妹がいた。

「……っ!」
「ちょ、わ、わっ!?」

 わけのわからぬまま、手を引かれていく。

 電車に乗っている時も手を繋いだままで、結局家まで手を引かれたままだった。

「……入って」
「えっ」
「入って!」

 そして、禁断の妹の部屋へと連れてこられていく。

 いや、僕は入っちゃ駄目なんじゃないのかとか思いながらも、そんな空気じゃないので黙って従うことにした。

「……兄さん」
「な、何かな?」

 いつもと雰囲気が違う妹が、弱々しげに質問してくる。

「その……兄さんは、私のこと、す、好き……?」

 なんという威力だろう。

 のどかな草原に、巨大な爆弾を前触れもなく投下されたような気分だ。

 心臓が口から飛び出そうな錯覚を覚えながらも、平常心を装いながら答える。

「も、もももちろん!? だ、だ、だ、大好きだよっ!」

 ごめん、全然装えてなかった。

 声を裏返しながら答える僕に、妹は近くの棚から何かを取り出す。


 そして。


「……んっ!」


 これ以上にないくらい顔を真っ赤にさせた妹が、僕に拳を押し付けた。

 その手には何かが握られてて。

 その何かを受け取る。


 鮮やかなピンク色をしていて。

 柔らかい素材で。

 広げてみると、逆三角形の形をしているもの。


 そう、これは……!

「あげるっ……!」
「こ、これって!」
「そ、それと、兄さんは貰ってばっかりで、ズルいからっ……私も、一つ貰うっ!」
「えっ、えっ?」

 狼狽える僕に妹が手を伸ばす。

 そのまま学ランに手をかけ……ブチリと何かが千切られた音がした。

「これ、貰うからっ……文句、ないよね?」

 妹が手に持っていたのは──学ランのボタン。

 思わず学ランに触れて、どの位置のボタンかを探ってしまう。


 まだ顔を赤くしたまま、僕の妹が笑みを浮かべた。


「私も大好きよ──兄さん」

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