Lack
「ねえ、人間と人工知能との違いはなにかしら?」
彼女から投げかけられた唐突な問いに僕は狼狽えた。
「なんだい、急に」
「いや、ふと気になって。ねえ、何だと思う?」
訳の分からない質問をして男を困らせるのは女の習性であるという認識はしているが、今日の質問はいつにも増して僕の頭を混乱させた。
僕はこれまでの経験から女の発言というものは地雷原のようなもので、こちらが不用意な答えを差し出そうものならたちまち感情に火を付けてしまうという事を知っていた。
質問の意図も、その裏に隠されているであろう彼女の思惑も分からない以上、迂闊に答えるのは危険であると判断し、当たり障りのない答えをひとまず提出してみる。
「そりゃ君、一番の違いは感情の有無だろうね。感情を持つのは地球上で人間だけだと僕は思うよ。」
「うーん・・・」
彼女が首をかしげる。
「でも私この間ニュースで見たわ。近い将来感情を持つロボットが誕生するっていうの。」
なかなか手強い。
「なら知性ってのはどうだい?ロボットは知識を持ってはいてもそれを発展させたり応用したりは出来ないんじゃないかな?」
「それも違う気がするわ。人工知能がチェスの名人を負かしたり、小説を書いて賞レースの選考を通過したというニュースも見たわ。もはや知性では人間は適わないわよ。」
「人間が作り出したものに人間が負けているっていうのかい?」
「ええ、そうよ。」
「なら、愛情はどうだい?ロボットには性欲も愛欲もない。繁殖もしないから愛情なんて必要ないし。」
彼女は下を向いて首を振った。
「それは明確な違いとは言えないわ。」
「なぜ?」
「最近あなたからも愛情を感じないもの。」
彼女の忌憚のない物言いに背筋を冷たい汗が流れた。
「なら君はロボットと付き合った方がいい。僕は君にとって不完全のようだし。」
半ばやけになって皮肉を言ってみる。
「それよ!人間とロボットの違い!完全かそうでないかが一番の違いなの!」
「ロボットが完全で人間は不完全だって言うのかい?」
「ええ、そうよ!」
「ならなおさらロボットの方がいいじゃないか。完璧な存在と一緒なら不満も出てこないんじゃないかな?」
苛々を隠しきれていない僕の言い方に彼女はきょとんとした顔で首をかしげた。
「なぜ?だからこそ私はあなたを選んだのに。完璧なものなんてつまらないし一緒にいても自分が惨めになるだけじゃない。あなたが不完全だからこそ私はあなたを愛しているのよ。」
彼女がニッコリと笑う。
やはり女というのは不可解な生き物だ。
この先どれほど長く一緒にいようと僕には彼女を完璧に理解することなんて不可能だろう。
それは僕が人間で不完全な存在であり、おそらく永遠にその不完全性を克服することが出来ないからだ。
それと同時に彼女もまた人間で完全とはかけ離れた存在であるからして、彼女が僕の全てを理解する事は出来ない。
人間は自らの不完全性を包み隠すかのように、完全なものを追いかけ続ける。
しかし完全なものに憧れている限り、人間は不完全な存在から脱却することは出来ないのだろう。
僕は彼女を抱きしめた。
不完全な僕を愛していると言った彼女の中に何か完全なものの存在を僕は確かに感じ取った。