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★プリンセス・セブン★ パイロット版――エヴァ編

作者: 真咲

『プリンセス・セブン』パイロット版、最初の主人公エヴァちゃんの物語です。国家防衛軍総帥の娘である彼女の、ほのかな憧れと微百合要素、嫉妬、三角関係、戦い、友情、そして成長を楽しんでいただけたら幸いです。

登場人物


・エヴァ:十五歳。国家防衛軍総帥の末娘。ピンクの髪に黒曜石の瞳。一人称は「エヴァ」。

    寂しがりでヤキモチやき。少し頑固だが一途で努力家。メイコに恋をするが片

    想いのまま。訓練生最終考査は次席。

・エヴァの父:初登場時四十五歳。国家防衛軍総帥。厳格だがエヴァには少々甘い。



・メイコ:二十歳。国家防衛軍第十六部隊隊長。訓練生時代を首席で卒業する。赤い髪に

    アメジストの瞳。一人称は「あたし」。ツンデレで姉御肌だが実は脆い一面も。

    ハルト前隊長のことが好きで、彼が自分をかばって戦死した今も忘れられない。

・ハルト:享年二十七歳。十六部隊の前隊長。メイコの告白に返事をしないまま、彼女を

    かばって戦死する。軍にとってもメイコにとっても、明るい太陽のような存在で

    あり、民衆からも信頼が厚かった。ハルバート使い。


・ルチル:十五歳。エヴァと何かと張り合うライバル。気が強い。一人称は「あたし」。

    エヴァとケンカになるが、やがて和解する。訓練生最終考査は2点差で首席。

・コハク:二十歳。国家防衛軍第十三部隊隊長。和を重んじる真面目な性格。訓練生時代

    のメイコのライバルで、卒業時の実力は次席。一人称は「コハク」。


・カイ:十六歳。エヴァの同期。一人称は「ぼく」。実力は中の下。エヴァに恋心を抱いて

   おり、エヴァと同じコハク隊に配属されるよう図る。頼りなく笑う少年だがエヴァ

   を守ろうとする気持ちは誰よりも強い。エヴァの初めての友人でもある。





・エンヴィー:通称〝アクマ〟。人間に近い外見をしているが、人間の七つの罪を表す最

      上級アクマの一人。『嫉妬』を表す。人間の嫉妬を糧とし、焔を操り高熱のヤ

      マタノオロチを召喚する。エヴァの姉の仇であり、カイに大火傷を負わせる。


・ナレーション:全シリーズを通した要所要所の説明役。



○無音。

ナレーション「小さな惑星国家イシス。豊穣の女神に守られたこの国は、しかし平和では

      なかった。人間に似た外見を持ち、人間を襲う存在――通称〝アクマ〟。こ

      のアクマに対抗するため、民は国家防衛軍を創設した。この物語は、国家防

      衛軍総帥の末娘、エヴァの淡い初恋と成長の物語である」





○嵐の音。雷、地響き。人々の逃げ惑う叫び声。

   エヴァ(4)、必死に逃げている。

エヴァ「はあ、はぁ……っ」


○岩が崩れて落ちてくる音。

   エヴァ、目を瞑る。

エヴァ「……っ!」

ハルト「大丈夫か!?」

   ハルト(21)、間一髪でエヴァを救う。

エヴァ「だ……れ……?」

ハルト「通りすがりの兵隊だ。それよりこっちへ早く!」


エヴァM(すごいなぁ……かっこいいなぁ……。エヴァもいつか、こんなふうにだれかを

    まもれたら……)




○芝生を歩く二つの足音。

   エヴァ父(45)とエヴァ(7)、軍を見学に来る。

父「ここが国家防衛軍本部、あっちにある建物が訓練生用の寮だ。広いだろう?」

エヴァ「すごーい……軍て、いくつ部隊があるの?」

父「全十六部隊で構成されている」


○剣がぶつかる音。稽古中。男女入り混じったガヤ。


エヴァM(すごい迫力……。ここにあの時のヒーローもいるのかな?)


○同BGM。

   エヴァ父、足を止める。

父「そういえば……最近軍では、訓練生ながらに腕の立つ少女剣士がいるというもっぱら

 の噂だが、会ってみるか?」

エヴァ「え! いいの!?」

父「(少し微笑んで)去年首席で訓練生を卒業して、たしか今はハルト隊長のところに……

 ……お、今日も精が出るな。ハルト隊長!」


○同BGM少し小さく。芝生を走ってくる二つの足音。

   ハルト(24)とメイコ(12)、走り寄ってくる。

ハルト「総帥!」

父「稽古を中断させてしまってすまない」

ハルト「いえ、構いませんが……。珍しいですね、訓練所に顔を出されるなんて。どうさ

   れたんですか?」

父「なに、娘が軍に興味を持っていてな。三年前にハルト隊長に助けられたのがよほどう

 れしかったようだ」


エヴァM(うわぁ……! あの時のヒーローだ! こっちの女の子が、そのすごい剣士な

    のかな?)


ハルト「総帥の娘さんとは存じ上げていませんでしたが、ご無事で何よりでした」

父「娘を助けてくれてありがとう。さすが、我が軍が誇る第十六部隊隊長だな」

ハルト「光栄に存じます」

父「それから……君が昨年度考査首席の子だね? 確か……メイコ訓練生、だったかな」

メイコ「はっ、総帥!」


エヴァM(かっこいいな……エヴァも剣とか握ってみたい……)


ハルト「……エヴァ様、剣に興味がおありですか?」

エヴァ「えっ?」

ハルト「(苦笑して)ずっとメイコの剣を見ていらっしゃいますからね。模擬刀でよろしけ

   れば、ちょっと剣を持ってみますか?」

エヴァ「いいんですか!?」

ハルト「もちろんです。メイコ、入隊の時もらった模擬刀、持ってきてくれるか?」

メイコ「はいっ、隊長!」


○芝生を走っていく音。だんだん消えて、すぐに近づいてくる。

   メイコ、エヴァに剣を渡す。


○剣を渡す音。

   エヴァ、剣を受け取る。

エヴァ「わぁ……! 剣って、重いものなんですね。メイコ……さまは、簡単そうに使っ

   てるけど……」

メイコ「慣れよ」


エヴァM(ど、どうやって握ればいいのかな? こう? それともこっちから?)


メイコ「(少し笑って)こうやるのよ」


○剣を構える音。

   メイコ、剣を構える。

エヴァ「エヴァもやってみる!」

メイコ「そう? じゃあ、右手を上に、左手を下にして……」


○剣を握る音。

エヴァ「よーし、じゃあ……いざ、出陣っ!」


○剣を振り抜く音。

メイコ「(驚いたように)あなた、筋がいいわね。本当に初めて剣を扱うの?」

エヴァ「――――……!」


エヴァのナレーション

 『生まれて初めてだった。こんな風に誰かに褒められるのは。

 お父様は優しいけれど、忙しいから滅多に家に帰らない。お母様は、エヴァがどれだけ

 頑張っても笑ってくれない。お兄様は有名な大学で勉強していて、ほとんど話したこと

 もない。お姉様は読書や生け花が好きだから、エヴァが体育で良い成績をとってもかけ

 っこで一位になっても、褒めてくれたことはなかった。いつも、家庭科や勉強の成績ば

 かり口にするから。

 ――だから、こんな風に自分の才能を褒めてもらったのは、初めてだった。

 お父様とハルト隊長が和やかに話している。でもエヴァの目には、もうメイコさましか

 映らなかった。

 この人にもっと褒められたい。認めてもらいたい。そしていつか、この人みたいに強く

 なりたい』


エヴァ「決めました! 今日からエヴァは、メイコお姉さまの弟子になりますっ!」

メイコ「で、弟子? あたしの?」

エヴァ「はいっ! 今日からメイコお姉さまが、エヴァの目標です!」





○剣がぶつかる音。稽古中。男女入り混じったガヤ。

   エヴァ、こっそり稽古を見ている。

メイコ「……毎日毎日、エヴァも飽きないわね。またそんなところで……」


○草むらからガサッという音。

   エヴァ、顔を出す。

エヴァ「ば、バレてたんですか……」

メイコ「ほら、今なら隊長もいないから、いらっしゃい。また剣の稽古をつけてもらいに

   来たんでしょう?」

エヴァ「はいっ!」


○剣を振るぶんっという音が数回。

   エヴァとメイコ、訓練中。

メイコ「握りが甘いわよ。もっと姿勢を意識して!」

エヴァ「はいっ」

メイコ「今度は肩に力が入りすぎてるわ。前に教えた呼吸法で、重心をしっかりとらえな

   さい」

エヴァ「はい!」


エヴァのナレーション

 『毎日の限られた時間の中で、エヴァは剣の使い方だけでなく、メイコお姉さまのこと

 もいろいろ教えてもらった。

 メイコお姉さまはあの日のアクマ侵攻で故郷の村を滅ぼされたこと。その際ご両親と弟

 さんが意識不明の重体に陥り、今もまだ目覚められていないこと。ご家族の入院する病

 院へ仕送りするため、そして大切な人を守る力を手に入れるために軍に入ったこと』


エヴァ「メイコお姉さま……辛くないんですか?」

メイコ「辛くないって言ったら嘘になるわ。でも、あたしには守りたい人たちがいるか  

   ら……立ち止まるわけにはいかないの」

エヴァ「メイコお姉さま……」

メイコ「(話題を変えるように)そういえば、エヴァは軍に入りたいの?」

エヴァ「はい。もうすぐ十歳なので、許可されるかはわからないですけど、入隊したい

   と思ってます」

メイコ「そう……。あんまり総帥を困らせないようにね」

エヴァ「? はい!」



○剣がぶつかる音。稽古中。男女入り混じったガヤ。

   エヴァ、こっそり稽古を見ている。


エヴァM(今日もメイコお姉さまに稽古をつけてもらうんだー!)


エヴァ「メイコお姉さま!」

メイコ「エヴァ。あなた、また……」


○遠くからハルトの声。

ハルト「メイコー! どこでサボってるのか知らないけど、そろそろ稽古始めるぞー!」

メイコ「(はっとして)はいっ、今行きます! (小声で)エヴァ、ごめんなさい。またね」


○芝生を走っていく音。

   エヴァ、寂しそうに見ている。

エヴァ「……はい、また……」


エヴァM(……しょうがないよね。メイコお姉さまはお忙しいんだもん)


○遠くでハルトとメイコの声。

   メイコ、赤くなる。

ハルト「おっ! 俺が教えたこと、きっちりできてるじゃんかー。えらいえらい」

メイコ「た……っ隊長! 子供扱いしないでくださいっ」

ハルト「悪い悪い」

メイコ「……もうっ」


エヴァM(なんでだろう。もやもやする。ハルト隊長はえらいし強いし、メイコお姉さま

    が好きになっても不思議じゃないのに……)


ハルト「一旦休憩な。メイコ、膝枕ー」

メイコ「た、たたたたいちょうっ! こんな場所で、た、隊士の目があるところで……!」

ハルト「いーだろ別に。……あー、やっぱり休憩はこうでないとなー」

メイコ「芝生に! 直接! 寝転がればいいじゃないですかっ」

ハルト「芝生だと耳とかに草がちくちく刺さってくすぐったいんだよ。上官命令だ、膝貸

   せー」

メイコ「……もうっ! 隊長の……ばか」


エヴァM(メイコお姉さまのあんな顔、エヴァは見たことない。ハルト隊長、メイコお姉

    さまに甘えすぎだよ。でもメイコお姉さま、……うれしそう)


エヴァのナレーション

『そこに、エヴァの入る隙間なんて微塵もなかった。だから、誰にも言わなかったけど…

 …エヴァはずっと、ハルト隊長のことがうらやましかった。

 メイコお姉さまはハルト隊長にのみ心を許しているようにも見えた。偶然エヴァが二人

 を見かけた時も』


○芝生を走ってくる音。

   メイコ、息を切らして走ってくる。

メイコ「隊長……っ!」

ハルト「……おう。どした?」

メイコ「さっき病院から連絡があって、まだ父も母も目覚めないって……。いつになるか

   わからない、もしかしたら、い、一生このままかもしれないって……!」

ハルト「……辛いよな。メイコはよく頑張ってるよ。俺も隊のみんなも、それはよくわか

   ってる。だけどこればっかりは、どうしようもない。俺たちがどれだけ武勲を立て

   ようと、どれだけアクマを倒そうと、状況は変わらない」

メイコ「わかって、ます……! でも、もし家族がいなくなったら……! あたしは    

   ……っあたしは、独りになるんです! こんな広い世界で、たった一人で生きてい

   くなんて……、あたしには、怖くて怖くて、想像もしたくないんです……っ」


○メイコ、声を押し殺して泣く。すぐ近くで芝生を踏む音。

   二人近づき、ハルト、メイコの髪をなでる。

ハルト「……メイコ。お前には俺がいる」

メイコ「……!」

ハルト「隊のみんなも俺も、メイコを独りにはしない。だから、大丈夫だ」

メイコ「(涙声で)隊長……」

ハルト「辛い時は、泣いちまえ。ここには幸い、俺しかいない。お前のことだから、他    

   の隊員の目があるところじゃ絶対に泣かないだろ? ……メイコ、泣きたい時は、    

   ここに来い。いつでも俺が胸貸してやるから。だから……今は思いっきり、泣いと

   け」


○抱きしめる音。

   メイコ、声をあげて泣く。


エヴァM(……胸が痛い。苦しい。どうして……? メイコお姉さまが弱さを見せるのは

    ハルト隊長だけで、エヴァはただの弟子でしかない。本当は、エヴァがメイコお

    姉さまの一番でいたいのに。エヴァがメイコお姉さまをなぐさめてあげたいのに。

    ハルト隊長にだって負けたくないのに……)


エヴァのナレーション

『そんなある日、再び平穏は崩れた。エヴァにとっては人生二度目の、アクマ侵攻が国を

 襲い……エヴァのお姉様は、命を落とした。この時すでに、エヴァの心は決まっていた』





○食器を置く音。家の中。

   エヴァ、父(、母、兄)がいる。

父「エヴァ、冗談はやめなさい」

エヴァ「冗談じゃない。エヴァは本気だよ。お姉様の仇は、エヴァが討つ。軍に入って立

   派な戦士になって、街のみんなを守る!」

父「そんなことは憲兵に任せればいいだろう。憤る気持ちはわかるが、落ち着きなさい」

エヴァ「エヴァは落ち着いてるよ。よく考えたよ。その上で決めたの」

父「エヴァ。娘を愛する父親ならば、誰でも我が子に危険な目にはあってほしくないもの

 だよ。しかもお前は女の子だ。危険な役目は男が担えばいいだろう」

エヴァ「じゃあ、その男の人は誰が守るの? ……ねぇお父様。男とか女とか、関係ない

   よ。エヴァは守りたい人を守れるだけの強さが欲しい。守られるんじゃなくて、守

   りたい。それっておかしいこと?」

父「……軍は、遊びじゃない。訓練は厳しい上、寮生活になる。それだけの環境に耐える

 ことができるか?」

エヴァ「覚悟ならできてるよ。ずっと前から……お父様に、軍を見せてもらった日から」


○椅子が動く音。

   エヴァ、立ち上がる。

エヴァ「覚悟が知りたいって言うなら……今ここでこの髪を切ります。〝総帥〟」



エヴァのナレーション

『軍に入って訓練生になったエヴァは、お父様の配慮からメイコお姉さまの班に配属された。メイコ班に配属されてからも、個人的にメイコお姉さまに稽古をつけてもらっていたエヴァだけれど、メイコお姉さまは十六部隊隊長になった経緯なんて口にしなかった。ハルト隊長のことなんて一言もおっしゃらなかった。涙も見せなかった。いつものように、剣を教えてくれていた。いつものように、凛としていた。

 だからエヴァが知ったのは、あのアクマ侵攻から数か月経った頃だった。あの日がメイコお姉さまの初任務だったこと。ハルト隊長がメイコお姉さまをかばって亡くなったこと。

ハルト隊長の次に、メイコお姉さまが第十六部隊隊長になったこと。ハルト隊長の形見のハルバートを、今後メイコお姉さまがお使いになること』


メイコ「あたしが首席で卒業した時にもらった剣……よかったら、エヴァにあげるわ。

   どのみちあたしには…………もう、使い道がないから」

エヴァ「メイコお姉さま……無理をなさらないでください。エヴァがずっと、お傍にいま

   すから……」

メイコ「大丈夫よ。ありがとう、エヴァ」


エヴァM(……ハルト隊長には涙を見せていたのに、何故? ハルト隊長には、些細な不

    安も大きな悲しみも相談していたのに、今はどうして誰にも何もおっしゃらない

    の? ――どうしてエヴァには、何も言ってくださらないの? エヴァが年下だ 

    から? エヴァが頼りないから? こんなに傍にいるのに、こんなにお支えした

    いのに、どうして――……)





○少年少女のガヤ。食器の音。雑音。食堂。

   カイ(12)、エヴァに声をかける。

カイ「え、ええっと……隣、いいかな?」

エヴァ「いいけど……エヴァの近くにいると、あなたまで七光りがどうとか言われるよ。

   それとも、あなたもエヴァのことが気にくわないの?」

カイ「ち、違うよ! ぼくは……その、きみと友達になりたくて」

エヴァ「(不審そうに)……友達?」

カイ「うん!」

エヴァ「エヴァが総帥の娘だから、仲良くしておきたいの?」

カイ「うぅん。きみがメイコ隊長に稽古をつけてもらってるのを見ていて……その、すご

  く……かっこいいな、って思って……」

エヴァ「(うってかわって)でしょ!? メイコお姉さまは、すっごくかっこいいの!!」

カイ「(苦笑して)そっちじゃないんだけど……」

エヴァ「え?」

カイ「な、なんでもない! ……えっと、ぼくはカイ。きみは覚えてないかもしれないけ

  ど、ぼくもメイコ隊長の班だよ。よかったら、仲良くしてほしいな」



○少年少女のガヤ。芝生に座る音。休憩中。

   エヴァ、楽しそうに話す。

エヴァ「それでね、メイコお姉さまはエヴァに剣の握り方から教えてくださって、何回も

   反復練習にお付き合いしてくださったの! 最初の打ち合い練習なんて、きっと相

   手にするのもばかばかしいような出来だったと思うけど、メイコお姉さまは笑った

   り手を抜いたりせずに、ずっとエヴァのことを見守ってくれてね」

カイ「エヴァは本当にメイコ隊長のことが好きなんだね」

エヴァ「大好き! 世界で一番大好きな人よ!」

カイ「……そっか。メイコ隊長も、エヴァには一目おいているみたいだし……二人は、仲

  良しなんだね」

エヴァ「えへへ。そういうカイは、どうなの? 相変わらず剣の成績はからっきしじゃな

   い。筋は悪くないんだから、もう少し頑張りなさいよ。メイコお姉さまの型、ちゃ

   んと見てる?」

カイ「うん……。やっぱりぼくには、剣の才能はないのかな、はは……」

エヴァ「才能なんて言葉で片付けないで。メイコお姉さまがどれだけ努力なされて、今の

   地位にいらっしゃるか知ってるでしょ? 自主練なら、エヴァもつきあってあげる

   から」

カイ「! い……いいの?」

エヴァ「もちろん。エヴァでよければ、だけど」

カイ「お願いするよ! エヴァがいいっ……じゃなくて、えっと、……え、エヴァの型が

  一番メイコ隊長に近いから、是非お願いしたいな」

エヴァ「いいよー。あ、エヴァとメイコお姉さまの個人指導が終わった後にね!」

カイ「……うん、もちろん。ありがとう、エヴァ」



○薬瓶を探す音。医務室。

   カイの傷の処理中。

カイ「いてて……」

エヴァ「もうっ。今回は回避訓練なのに、なんで剣に当たりに来ちゃったの?」

カイ「足元の石に躓いちゃって……。情けないよね、はは……」

エヴァ「まったくだよ。メイコお姉さまをちょっとは見習いなさいよね! こっちが心配

   になるでしょ」

カイ「はは……エヴァを守れるようになるには……まだまだ遠いなぁ」

エヴァ「エヴァのことより、まずは自分のことを心配してよ! はい、傷口はしばらく濡

   らしちゃダメだからね」

カイ「、うん……エヴァ、ありがとう」


○テーピングの音。

   カイ、ためらいがちに切り出す。

カイ「……あの、さ」

エヴァ「なぁに?」

カイ「エヴァって……その、……好きなひと、っているのかな……?」

エヴァ「? 好き? エヴァはメイコお姉さまもカイも、みんな好きだけど……」

カイ「そういう好きじゃなくて、その……特別な一人に対する〝好き〟だよ」

エヴァ「それって、〝恋〟ってモノのこと?」

カイ 「あ、う、うん。平たく言っちゃえばそうなんだけど……」


○無音。


エヴァ「ねぇ、カイ。好きって……恋って、どんな気持ち? エヴァ、知りたい。教えて?」

カイ「ええ!? え、ええっと……毎日その人のことばかり考えちゃって、いつも会いた

  いなって思う、かな……。その人の声を聞くだけで、幸せでドキドキして。今何して

  るのかな、笑顔が見たいな、って思うんだ」

エヴァ「……恋って、そんなキレイな気持ちだけなの?」

カイ「……違うよ。その人の一番でいたいから、……一番になりたいから。自分以外の人

  と楽しそうに話しているのを見ると、胸が締め付けられるみたいに苦しくなって……

  二人の間に、割り込んでしまいたい気持ちにもなるよ」

エヴァ「……どうして自分じゃダメなのか、どうして自分じゃダメなのにあの人ならいい

   のか、って考えたりも、する……?」

カイ「……うん。ぼくじゃあのひとの代わりにはなれない。でも、どうやったらあのひと

  を越えられるかもわからない。どこが違うのか、どこが足りないのか……考えても、

  答えは出ないままだから……。(苦笑して)〝恋〟って、キレイな気持ちだけじゃない

  んだね」

エヴァ「……そっか……これが、〝恋〟だったんだ……」


エヴァのナレーション

『この瞬間、エヴァにははっきりわかった。エヴァはずっと、ずっと長い間、メイコお姉

 さまのことが好きだったんだ。憧れの相手としてじゃなく、たった一人の特別な相手と

 して。

 そうじゃなきゃ、ハルト隊長との関係にヤキモチをやいたりしない。そうじゃなかった

 ら、ハルト隊長と自分を比べたりしない。そうじゃなきゃ、こんなにも大好きだって思

 わない。

 エヴァはメイコお姉さまの声が好きだ。ちょっと照れてるところも、面倒見がいいとこ

 ろも、まっすぐな眼差しも。全部が大好きだ。

 エヴァがメイコお姉さまに本物の笑顔を取り戻してあげたい。メイコお姉さまを幸せに

 してあげたい。他の誰でもない、エヴァの手で』

 




○少年少女のガヤ。芝生を踏む大勢の足音。剣の音が止む。

   訓練ひと段落。

メイコ「次、第二訓練開始まで五分休憩! みんな、しっかり水分をとりなさい!」


○ガヤのBGMが小さくなる。芝生を踏む音。

   メイコ、エヴァに歩み寄る。

メイコ「エヴァ? ぼーっとしてどうしたの?」

エヴァ「! な、何でもないですっ!」

メイコ「そう? ならいいけど……最近あなた、ちょっとおかしくない? もしかして熱

   でもあるんじゃないの?」


○額を合わせる音。エヴァの鼓動。


エヴァM(うれしい、うれしいんだけど……っ心臓がもたないです……っ!)


メイコ「熱はないみたいだけど、顔が赤いわよ? なぁに? あたし相手に照れてるの?」

エヴァ「あ、ああああの……っ」

メイコ「(少し笑って)変なエヴァ」


○髪をぽんっと撫でる音。それからすぐに、脇腹を小突かれる音。

   カイ、エヴァの注意を自分に向ける。

カイ「エヴァ、はいっ水分!」

エヴァ「か、カイ? 何怒ってるの?」

カイ「怒ってないよ! 早く飲まないと、休憩時間終わっちゃうよ」

エヴァ「そ、そうだね。ありがとう」

メイコ 「休憩終了! 各自剣を装備!」


エヴァM(よーし、強くなってメイコお姉さまを守れるようにならなきゃ!)



○少年少女のガヤ。食器の音。雑音。食堂。

   エヴァ、カイに力説中。

エヴァ「それでね、メイコお姉さまがその時エヴァのために、大切な剣をくれてね、」

カイ「はいはいよかったね。……まったくエヴァは、ほんとにメイコ隊長が大好きなんだ

  から……いい加減、凹むなぁ……」

エヴァ「悔しかったら、カイもメイコお姉さまくらい強くなりなさいよね!」


○同BGMが少し小さくなって、大きな声が入る。

   ルチル(11)と取り巻きの女子、大声で聞こえるように話す。

ルチル「本当はコハク隊長がハルバートをもらうべきだったのよ。メイコ隊長に渡るなん

   て、贔屓があったんじゃない?」

女子「確かにー。贔屓と言えば、親の七光りで贔屓されてる誰かさんも、メイコ隊長の   

  班よねー」

ルチル「メイコ隊長よりコハク隊長の方が絶対お強いのに、みんなおかしいのよね。もし

   かしてメイコ隊長って、何かズルしてるんじゃない? そうじゃなきゃ、〝十六〟

   の数字がもらえるはずないもの」

エヴァ「メイコお姉さ……隊長もエヴァも、ズルなんてしてないもん!」

カイ「ちょっ……エヴァ、」

エヴァ「カイは黙ってて!」


○椅子を乱暴に立つ音。靴音が一つ。

   エヴァ、ルチルに歩み寄る。

ルチル「あなたもメイコ隊長も、実力がないくせに誰かに取り入るのは上手よね」

エヴァ「メイコお姉さまがお強いのはみんな知ってるし、エヴァにだって実力はある!」

ルチル「はっ、どうだか」

女子「贔屓訓練生が贔屓隊長をかばってるー!」

エヴァ「……っ! エヴァのことは何て言ってもいい。バカにしたっていい。でも、メイ

   コお姉さまを悪く言うのは許さない!」

ルチル「ハナからあんたの許可なんて求めてないわよ、七光り!」

エヴァ「メイコお姉さまに対する侮辱、今すぐ取り消して!」

ルチル「本当のこと言っただけなのに、何を取り消す必要があるっての?」

エヴァ「取り消して!」

ルチル「うるっさいわねぇ……取り消してほしけりゃ、その証拠を見せなさいよ!」


○少年少女のガヤがヤジに変わる。食堂が騒がしくなる。

   エヴァ、ルチルをにらみ返す。

エヴァ「いいよ。どんな証拠を見せればいいの?」

ルチル「そうねぇ……。あたしに勝ったら、認めてあげてもいいわよ。あんたのことも、

   メイコ隊長のことも。ねぇ、万年二位の七光りちゃん」

○ヤジの中にハッキリ入れる台詞五つ。

男子「うっわ、マジ? 決闘!?」

女子「でも、訓練生同士で訓練以外の剣の使用は厳禁のはずじゃ……」

男子「んなかたいこと言ってられっかよ! こりゃあ見ものだぜ!」

女子「ルチルー、やっちゃえー!」

男子「七光りをやっつけろー!」


○ヤジのBGMを小さくして、二人の会話。

エヴァ「……わかった。じゃあ第一訓練室で」

ルチル「ふんっ。いいわよ。こてんぱんにしてやるから!」



○少年少女のガヤ。ギャラリーを連れてコンクリートの階段を歩く音。

 やがてドアを開ける音。剣を構える音。

   エヴァとルチル、臨戦態勢。

ルチル「あたしに挑んだこと、後悔しても遅いからね!」

エヴァ「エヴァは何も間違ったことしてない! だから、絶対に負けない……!」


○ギャラリーのテンカウント。

男子「十、九、八、七、六、五、四、三、二、い」


○乱暴にドアが開くバンッ、という音。

   メイコ、息を切らして訓練室に入る。

メイコ「あなたたち、何やってるの!?」


○ギャラリー、一斉に逃亡する音。ガヤと喧騒とコンクリートを駆け上る大勢の足音。

   メイコ、ゆっくり二人に近寄る。

メイコ「……これはどういうこと? 訓練時以外、剣の使用は禁止だとどの班も言われて

   いるはずだけど」

ルチル「(不愛想に)……別に。すみませんでした」


○足早に部屋を去る足音。

   ルチル、悪びれず去る。

メイコ「エヴァ、どういうこと? あなたが隊規違反をするなんて、よっぽどのことがあ

   ったんでしょう?」

エヴァ「……」

メイコ「エヴァ、ちゃんと話して。あたしはあなたを咎めたいんじゃない。理由を聞いて

   るだけなのよ?」

エヴァ「……」


エヴァM(言えるわけない。エヴァのせいで、メイコお姉さまにまで悪い評判が立ってし

    まったなんて……)


エヴァ「ご……っごめんなさい!」

メイコ「エヴァ!?」


○ドアを乱暴に開けて、コンクリートの階段を走り出す音。

 ややあって走る足音は二つになり、手をつかむ音。

   エヴァ、カイ、ともに息を切らしている。

カイ「エヴァ!」

エヴァ「! カイ……っ」

カイ「メイコ隊長には、ぼくが謝っておいたから。理由は伏せておいたよ。きっとエヴァ

  は知られたくないだろうから……」

エヴァ「うぅ……っあ、ありが、と……」

カイ「まったくもう……世話がやけるなぁ。ぼくの――――(無音)は」

エヴァ「……ふぇ? 何?」

カイ「何でもないよ。はい、ハンカチ」

エヴァ「ありがと……」





○男女大勢のガヤ。会議室。

父「以上をもって、訓練生の軍配属式を終わる。解散!」


○同BGM。

   カイとエヴァ、深刻に話す。

エヴァ「エヴァの最終考査の点数は、ルチルと2点差で次席だった。エヴァはもちろんメ

   イコお姉さまのいる十六部隊に配属希望を出したけど……ダメだった。でも、どう

   してエヴァの配属先が十三部隊なんだろう?」

カイ「十三部隊……ルチルが尊敬してる、コハク隊長のところだね」

エヴァ「最終考査首席のルチルは、当然コハク隊長のいる十三部隊を希望したはず。それ

   なのに、ルチルの配属先は十六部隊……メイコお姉さまのところ。どうしてあべこ

   べなんだろう……」

カイ「……お互い、望んでいた部隊と逆の隊に配属されたね」

エヴァ「おかしいよ! でも、首席と次席そろって配属ミスなんてことはないだろうし、

   お父様はエヴァを贔屓もしなければ無理矢理メイコお姉さまと引き離したりもしな

   いはず。……どういうこと……?」

カイ「…………何か、理由があったんじゃないかな」

エヴァ「そういうカイはなんでコハク隊になったの? もしかしてカイもエヴァみたいに、

   メイコお姉さまの隊に入れなかったの?」

カイ「う、うん」

エヴァ「まぁカイはあんまり考査の点数良くなかったみたいだから、仕方ないのかもしれ

   ないけど……」

カイ「あはは……」


○同BGM。

   ルチルと取り巻きの女子、騒ぐ。

ルチル「なんであたしが十六部隊なわけ!? 首席のあたしが!!」

女子「ちゃんと希望書に〝十三部隊〟って書いた?」

ルチル「書いたわよ! ちょーでっかく、回答欄めいっぱいにね!」

女子「隊長名を間違えたりは……してるわけないか」

ルチル「当ったり前でしょ!? 〝コ・ハ・ク〟って書いたわよ! メイコのメの字も書

   いた覚えはないわ!」

女子「わたしもコハク隊長で希望出して、ちゃんと通ったよ? 考査真ん中くらいだった

  けど……」

ルチル「わっけわかんない! ちょっと文句言ってくる!」


○同BGMの中、走っていく音。

   女子たちの中で噂。

女子「……ルチルには言わなかったけど、こんなの明らかにおかしいよね」

女子「うん。もしかしてコハク隊長、総帥の娘が欲しくてエヴァを採ったのかな……? だ

  としたらショックー」

女子「それ、私も思った! だってメイコ隊長のとこにルチル配属なんて、出来すぎだよ

  ね」

女子「え、でもさ、首席のルチルが欲しいのはどこの隊も同じじゃん? そのルチルを採

  れたのがメイコ隊長ってことはさ……」

女子「メイコ隊長ってエヴァの知り合いだから、……結託して取引があったとか!?」

女子「うわー。上層部が腐ってるのはどこの組織も同じ、って聞いたことあるけど……軍

  までそうだったなんて知りたくなかったー。お金とか絡んでたのかな」

男子「何の話?」

女子「コハク隊長、総帥に気に入られるためにエヴァを採ったんじゃないかって。で、代

  わりにメイコ隊長に首席のルチルを任せる、っていう裏取引があったんじゃないかっ

  て皆で話してたのよ」

男子「マジで!?」

男子「えげつねー! 結局清廉潔白ぶってたコハク隊長も、権力には勝てなかったってこ

  と?」

女子「しー! これはここだけの話だからね! ルチルには言わないでよ!」



○少年少女のガヤ。食器の音。雑音。食堂。

 ドアが乱暴に開く音。

   男子、勢いよく入ってくる。

男子「おい、今から上層部で軍法会議だってよ!! 内容、コハク隊長とメイコ隊長の裏

  取引についてだって!!」

エヴァ「どういうこと!?」

ルチル「何よそれ!」

男子「い、いやオレも詳しいことはわかんねーけど、なんかコハク隊長が七光りを採るた

  めに裏でメイコ隊長と取引したとかなんとかで……」

ルチル「そんなわけないでしょ!?」

エヴァ「メイコお姉さまはエヴァたちのことを考えてこうなさったのよ!」

ルチル「……どういうこと?」

エヴァ「メイコお姉さま、言ってたの。エヴァが直接聞きに行った時」


(過去)エヴァ『メイコお姉さま、どうしてエヴァは十六部隊に入れなかったんですか!? 

       しかもそれで……っどうしてルチルが十六部隊なんですか!?』

    メイコ『……あなたには足りないものがある。もちろんルチルにも。それを知っ

       てもらうためにこうしたのよ。……答えはあなたたちで探しなさい』


エヴァ「裏で取引とか、そういうことじゃない! ルチルだって、コハク隊長がそんなこ

   とするはずないって思ってるでしょ!?」

ルチル「当たり前じゃない! コハク隊長にだって考えがあったわ!」


(過去)ルチル『コハク隊長、あたしには何が足りないんですか? あたしは誰よりコハ

       ク隊長のことを尊敬しています。背中を預けていただきたいって……その

       ために、すべき努力はしてきたつもりです!』

    コハク『ルチル、あなたの努力は知っていますですよ。でもあなたの視野は……

       狭すぎる。昔、コハクも同じような理由で尊敬していた隊長の隊から外さ

       れたのですよ。あの頃は理由に納得できず、怒りばかり生まれてきました

       ですが……今なら、ハルト隊長のご判断は正しかったとわかります。ルチ

       ル、あなたはメイコを守りなさい。それがコハクからの司令なのですよ』


エヴァ「……ルチル、ちょっと話さない?」

ルチル「……ちょうどよかった。あたしもあんたに聞きたいことがあるの」


○コンクリートの階段を歩く足音二つ。第一訓練室。

   エヴァとルチル、静かに話す。

ルチル「どうしてあたしは、コハク隊長に選んでもらえなかったんだと思う?」

エヴァ「やっぱりルチル、入隊志望審査ではコハク隊長のところ選んだんだ」

ルチル「当ったり前でしょ? コハク隊長ほど一途に平和を願い、民のことを考えてらっ

   しゃる方はいないもの。でも……コハク隊長に言われた。『メイコ隊長を守れ』って」

エヴァ「エヴァも、メイコお姉さまに言われたの。エヴァたちには足りないものがあるか

   ら、二人で探せって」

ルチル「あたしたちに足りないものって何?」

エヴァ「実力……とか?」

ルチル「首席のあたしに実力がないってことはないわよ。あんたならともかく」

エヴァ「エヴァだって次席だもん。2点しか違わなかったし」

ルチル・エヴァ「「うーん……」」


○少年少女のガヤ。剣を交える音。芝生を踏む音。訓練中。

   エヴァとルチル、稽古中。


エヴァ「軍法会議、お二人にお咎めがなくてよかったぁ」

ルチル「悪いことしてないんだから当然でしょ」

エヴァ「うん。そういえば、ルチルはかわし方が上手いね。コハク隊長が薙刀使いだから

   かなぁ? コハク隊長、よく言ってるよ。『周りをよく見なさい』って」

ルチル「そういうエヴァは、最初の一撃が思ったよりガツンとくるわよね。メイコ隊長が

   ハルバート使いだから? メイコ隊長は……よく、『一人でも多くの誰かを守れるだ

   けの力をつけなさい』って言ってるかな」

エヴァ「わかる! メイコお姉さまならどっちかっていうと、攻撃重視だよね」

ルチル「そうそう。コハク隊長は、周りを生かしながらの戦略って感じじゃない?」

エヴァ「確かに!」

ルチル「やっぱり教わってた上官の癖ってうつるもんなのね」

エヴァ「うん。ルチルも頑張ってたんだなって、打ち合いで伝わってくる」

ルチル「まぁ……それはあんたもだけどね。実力がないって言ったことは取り消すわ」

エヴァ「えへへ、ありがとう」

ルチル「……それで、あたしたちに足りないものって?」

エヴァ・ルチル「「うーん……」」


○同BGM。遠ざかっていくルチルの足音と、近づいてくる一つの足音。

   カイ、エヴァに話しかける。


カイ「最近のエヴァとルチル、親友っぽくていいよね」

エヴァ「そんなに仲良く見える?」

カイ「うん。少なくとも、決闘しようとしてたあの頃から比べたら、二人ともずいぶん大

  人になったよ」

エヴァ「……カイに子供扱いされたくないっ」

カイ「メイコ隊長の隊に入れなくて、ショックで泣いてた誰かさんに言われたくないなぁ」

エヴァ「もうっ。それは言わないでよね!」

カイ「……ぼくらももうすぐ初陣だね」

エヴァ「やっとだね! 初陣の時は、足を引っ張らないでよ? カイ隊員っ」

カイ「はは……気を付けます、エヴァ隊員」





○鳴り響く鼓笛隊の演奏。民衆の歓声。

   コハク(20)、宣誓。エヴァ、緊張。

コハク「国家防衛軍第十三部隊、全員敬礼!」


エヴァM(き、緊張する……! で、でも、大丈夫。エヴァは頑張ってきたもん)


○BGM変化。エヴァ、昨夜の回想。


父『ここまでよく頑張ったな。エヴァ、私はお前を誇りに思う』


ルチル『あんたがいなくなったら、答えが出ないまんまになるんだから……絶対生き残る

   のよ。あたしもあんたも』


カイ『ぼくが絶対、エヴァのことを守るよ。頼りないかもしれないけど……全力で。だか

  らエヴァは、安心していつもみたいに戦って』


コハク『周りをよく見て、戦況を判断するんですよ! 人を守れるだけの力を自分たちが

   つけたと思っているなら、言語道断! あなたたちはまだまだ発展途上なのですよ。

   それをわきまえた上で、自分を守れるだけの力はつけたと言い切れる者のみ、明日

   の任務に参加しなさいですよ!』


メイコ『エヴァ、初任務こそ一番の狂気と戦うことになると、覚悟しておきなさい。あた

   しはあなたを……絶対に失いたくないわ。だから、自分で判断しなさい。仲間を助

   けることができると思ったのなら、迷わず助けなさい。無理だと思ったのなら、生

   き延びることを第一に考えなさい。……あたしの訓練を受けた以上、守ることは一

   つだけ。出撃しても、必ず帰ってきなさい! ……わかったわね』


○BGM、現実に戻る。回想終了。


エヴァM(……うん、大丈夫。エヴァはもう、大丈夫だ。だって、独りじゃない)


コハク「これよりコードヒトマルキュウイチにおいて……全員、出撃!!」


 

ナレーション「人間に似た外見を持ち、人間を襲う存在――通称〝アクマ〟。上級アクマ

      と下級アクマとに分類される彼らはどちらも土から作られており、心臓部を

      破壊すれば死滅する。上級アクマはいわゆる魔法と呼ばれる力を行使できる

      が、下級アクマは人型の土塊人形である。――ここまでが、訓練生が講義で

      習うアクマの特徴である。しかし、それ以上の存在がいることに気付いてい

      る者は、決して多くはない。エヴァもまた、例外でなくその事実を知らなか

      った。彼女がその存在を目の当たりにするのは、まさしくこの戦場において

      であった」


○戦場の喧騒。ガヤ。

   兵士「てーーーーーーーーーっ!」

○同BGM。銃の音。

   兵士「索敵班、合流を確認!」

   兵士「前方に約一万! 後方援護は十六部隊に任せる!」

○同BGM。ガヤ。


エヴァM(これが本物の戦場……! でも、決して劣勢じゃない! これなら……!)


○同BGM少し小さくなる。澄んだ声。

   エンヴィー(アクマ)、エヴァの耳元に話しかける。

エンヴィー「アナタ、面白いわね。フクザツな感情してるわ。そういうコは、ス・キ」

エヴァ「!?」


エヴァM(何の気配もなかった! 誰!? 人間? アクマ? だとしても、こんな陣形

    の中枢にまで来られるアクマがいるの……!?)


エヴァ「あなたは……誰!? アクマ、なの……!?」

エンヴィー「私が誰か……なんて、どうでもいいことでしょう? ニンゲン」


○ザシュッ、と兵士が切られる音。

   エヴァ、剣を構える。

エヴァ「エヴァの仲間を傷つけた……それだけで、おまえは敵だ!」

エンヴィー「じゃあどうするの? 私を倒せるかしら? アナタ程度で」


○剣が空を切る音数回。

   エヴァの剣がかわされる。

エンヴィー「ねぇ、嫉妬のないニンゲンなんていないのよ? ジブンを解放してみない? 

     ほら……思い浮かぶでしょう? あのひとのコト。どうしてジブンは愛されな

     いのか、どうしてジブンは選んでもらえないのか……」

エヴァ「……っ!」

エンヴィー「さぁ、私に教えて? アナタのコト……。それが私の力になる」


エヴァM(どうしてメイコお姉さまは、エヴァを選んでくれなかったの? どうしてメイ

    コお姉さまは、エヴァに何も言ってくれないの? こんなにも支えたいのに、痛

    みにすら触れさせてもらえない)


エンヴィー「そう……アナタ、気付かないフリをしてたのね。ジブンの嫉妬に。なら、私

     が教えてあげる。こういう感情のことを言うのよ?」


○エンヴィー、声のトーンを高くセクシーに変える。


エンヴィー「どうしてあのヒトなら良くて、ジブンではダメなの? どうしてあのヒトに

     ばかり笑うの? ジブンはこんなにも愛しているのに、どうして気付いてすら

     くれないの? みんな――みんなあのヒトのせいだ。あのヒトがいなくなって

     よかった。せいせいした。でもあのヒトがいなくなったのに、思い通りになら

     ない。どうして? 何がいけないの?」


エヴァM(ハルト隊長は、愛されていたのに。ルチルは、選ばれたのに。どうしてエヴァ

    だけ――――……)


エンヴィー「私にはアナタの嫉妬がわかるわ。私のことを、ニンゲンに倣って〝アクマ〟

     と定義するなら……私たちはいわば、最上級アクマ。私たち7人だけは、ニン

     ゲンの心を読み、その憎悪を糧にする……。アナタの嫉妬は、歪んでいてとっ

     ても……美味しいわ」

エヴァ「うるさいっ! 最上級アクマなんて知らない!」


○剣を何度も振るう音。すべてかわされる。

   エンヴィー、エヴァの頬に触れて言う。

エンヴィー「……かわいそうなコ」

エヴァ「っあぁあああああああああっ!!」


○剣の音が弱くなる。かわされる。

   エンヴィー、高笑い。

エンヴィー「あはははははははは! ジブンが嫉妬されてるコトも、ジブンが嫉妬の対象

     であるコトも、なんにも知らない! ジブンのコトだけ! みんながうらやま

     しくて、みんなが恵まれてて、ジブンだけがかわいそうなんでしょう!? な

     んてお笑い草!」

エヴァ「うるさい、うるさいっ! エヴァはかわいそうなんかじゃない!! アクマごと

   きに……っエヴァのすべてを否定される謂われはないわ!」

エンヴィー「生きとし生ける全ての愚かなるモノたちよ! ココロの奥に住まう醜き嫉妬

     の焔で、自らを滅せ! 出でよ、煉獄の番人!」


○嵐の音。雷、地響き。兵士の混乱と叫び声。

   ヤマタノオロチが姿を見せる。

○蛇が地を這う音。焔が燃え盛る音。兵士の逃げ惑う声。


エヴァのナレーション

『突然黒い焔が空を覆い尽くして、八つの頭を持つ蛇が戦場に現れた。蛇なのか龍なのかはわからない。ただおそらく、ここにいる全ての兵士がそれを〝危険〟だと認識できたことだけは確かだった。

このアクマが原因に違いない。エヴァは心を落ち着けて、メイコお姉さまにもらった剣で――高笑いするアクマめがけて突っ込んだ。

渾身の一太刀。

(○シュッ、というかわいた音。)

しかし、そこに手応えは皆無だった』


エヴァ「……どうして!? アクマは心臓を貫かれたら、土に還るんじゃないの……!?」

エンヴィー「私をあんな雑魚と一緒にしないでほしいわ。言ったでしょう? 私たちは〝

     最上級アクマ〟だって。……あーあ、残念。もう飽きちゃった。アナタのおか

     げでたくさん力ももらえたし……」


エヴァM(そうだ。この黒い蛇の名前は、確かヤマタノオロチだった)

 

エンヴィー「さよなら、ニンゲン」


○蛇が鎌首をもたげて、威嚇するシャーっという音。高熱の湯気の音。地を這う音がだん

 だん大きくなる。

 

 エヴァM(あぁ、ここで死んじゃうのかな。でも、わりと幸せな人生だったと思う。あ

     のアクマに言われたことは、図星だった。嫉妬は消せない。人間だもの。だけ

     どそれ以上に大切なものも、いっぱいもらったから、寂しくはない。一兵士と

     しての悔いは、最上級アクマは物理攻撃では倒せない――この事実を、誰かに

     伝える時間が残されていないであろうこと。でもそれよりもエヴァは、ただ…

     …ただ、メイコお姉さまの言いつけを守れなかったことが一番悔しい。出撃し

     ても、必ず帰ってきなさいって言われたのに。

     ねぇ、メイコお姉さま。

     エヴァが死んだら悲しいですか?

     エヴァが死んだら、ハルト隊長の時と同じように泣いてくださいますか?

     エヴァが死んだら――――……)


カイ 「エヴァ!!」


○突き飛ばす音。地面に倒れる音。

 肉の焦げる音。

   カイ、エヴァをかばって大火傷を負う。

カイ「ぅああああああああああああああっ!!」

エヴァ「カイ!!」


○地面に倒れる音。

   カイ、倒れる。

○地面を走る音。抱き起こす音。

   エヴァ、カイを抱き起こす。

カイ「エ、ヴァ…………よかった、無事、で……」

エヴァ「カイ……嘘、でしょ……? カイ……カイ!」

カイ「はは……言った、でしょ? 頼りないかも、しれないけど……ぼくが絶対、エヴァ

  のことを……守る、って。約束……した、から……」

エヴァ「それ以上、しゃべらないで! い、今、救護班のところに……!」

カイ「あと……ごめ、ん。ぼく……きみに、黙ってた……ことが、あるんだ」

エヴァ「そんなの後でいいよ! どうでもいいよ! お願い、しゃべらないで……!」

カイ「ぼく……聞いちゃったんだ、偶然……あの、夜……」


*


○BGM変わる。回想シーン。


(過去)メイコ『コハク。あなたのところにも、ルチルから入隊志望書が来たわよね』

    コハク『はい……。メイコのところにも、エヴァから?』

    メイコ『ええ。……あの子たちは、似たもの同士よ』

    コハク『コハクもそう思いますですよ。あの子たちは、コハクたちのことしか見

       えていない。……数年前、コハクがハルト隊長のことしか見えていなかっ

       たのと同じように』  

   メイコ『あたしたちのことを大切に思ってくれるのはうれしいわ。でも、怒りに身

      を任せて周りが見えなくなることもあるし、無茶ばかりする。人を……誰か

      を守るためには、まず自分の身を守らなければいけないってことを知ってほ

      しいの』

   コハク『コハクも同意見なのですよ。成績は文句なしですが、ここはお互い我慢し

      てもらいましょう。それがあの子たちのためであり……この国の平和のため、

      なのですから』


○BGM現実に戻る。回想終了。

カイ「だから、首席のルチルはメイコ隊長に……エヴァはコハク隊長に預けようって、お

  二人が話して……げほっ、」

エヴァ「カイっ!」

カイ「話を聞いちゃったから……エヴァと同じ隊にいたくて、ぼくもこの隊を志望したん

  だ……。きみを、守りたかったから……」

エヴァ「もういい……もういいから……!」

カイ「きみと……ルチルが悩んでること、知っていたのに…………。メイコ隊長と、コハ

  ク隊長にも、迷惑かけて…………話、せなくて、ご、……め………………」

エヴァ「カイ!!」

医療班「どうした!? これは……ひどい傷だ、一刻を争う! 皆、力を貸してくれ!」


○同BGM少しちいさくなる。担架に人を乗せる音。

   カイ、意識不明。

エヴァ「カイは……っ死にませんよね!?」

医療班「処置が早かったからな。おそらく命はとりとめられるだろう。傷跡は残るだろう

   が……」

エヴァ「よかっ、た……」

医療班「さ、どいて! 怪我人はこちらに!」


○ガヤ。撤退命令。

   エヴァ、一人思う。

エヴァのナレーション

『こんなになってようやく気付くなんて、エヴァはバカだ。誰かを守るにはまず、自分の   

 身を守れるだけの力が必要だと。そしてその力を持っていたのは、首席のルチルでも次

 席のエヴァでもなかった。成績は中の下でケンカなんてからっきしの、カイだったんだ。

 エヴァは何もわかっていなかった。昨夜のコハク隊長の言葉の意味も、メイコお姉さま

 がエヴァをあえて選ばなかった理由も』

 

エヴァ「カイ……エヴァ、決めたよ。もっと強くなる。技術だけじゃなくて……心も」


○無音。

エヴァのナレーション

『もう、誰も傷つけさせない。

 どんな特殊なアクマが来ようと、どんな絶望的な状況になろうと。決してあきらめない。

 必ずエヴァは生き延びて、大事な人たちを守るんだ。

 みんなを守りたい、なんて言って軍に入ったくせに、エヴァはメイコお姉さまのことし

 か見えていなかった。

 強くなりたい、なんて言っておいて、エヴァには自分の命のことが見えていなかった。

 もう、間違えない。カイがその背に消えない傷を負ってまで教えてくれた、大切なこと。

 エヴァは自分の命も、好きなひとの命も、大切なみんなの命も守れるように、強くなる

 んだ。他の誰でもない、エヴァの力で』



ナレーション「知っていると思い込んでいる人が利口なのではなく、自分の知らないこと

      を自覚した人が賢いのである。――――クラウディウス」




お疲れさまです。今回は企画なので通常の小説形式とは異なり、台本形式です。読みづらかったところも多々あると思いますが、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました!感想、ご意見、お待ちしております!

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