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邪神の進撃 2

 瘴気に満ちた突風が吹きつけた。

 オシリス神話を読み上げていた男達が、腰布を押さえて悲鳴を上げる。

 女性はすでに避難している。

 ツタンカーメンは風圧に逆らってセト神への接近を試みたが、ふよふよとした浮遊ではあっさりと吹き飛ばされて、はるか風下へ行ってしまった。


 カルブ達町の人間は肉体があるおかげでどうにか踏ん張れているという状態。

 そんなカルブの顔に、風で飛んできた何かが覆いかぶさった。

 日の出の書だ。

 冥界で破れた部分は現世では繋がったままだったが、破れ目に入った筋はそこだけ何千年も経ったかのように変色していた。


 カルブは風を避けて手近な建物の陰に隠れ、唱えるべき祝詞を探した。

 ツタンカーメンの方を見ると、高貴な衣装である豊かなドレープの腰布が、風でまくれて体に絡んでいた。


(まずあの格好を何とかしないと……)

 このままではセト神に例の白いパンツを見られる事態になりかねない。

 紙面を目でたどる。


「これだ! 『己を変ずる』の章! ワレはアアビトの導きによりて玉座の前に来たれり!」

 アアビトがナニモノかはわからないが、書かれているのでそのまま読む。

 日の出の書には他にも意味の不明な言葉が多い。


「今、なんじを敬い、奉る! なんじ、天に飛び、白き冠の子を照らし、白き冠を保護する者よ!」

 白い冠はホルス神の故郷であるナイル川上流地域のシンボルである。


「願わくばワレと……いや、ワレじゃねーよな、ここは……ツタンカーメン様とともにあると示したまえ!」

 祈りを受け、ツタンカーメンの頭巾が光に包まれた。

 布地の青い縞模様が消え、裾が伸びて肩を、背中を、上半身全体を覆うほどになる。

 顔まで隠れてジタバタしているが、かまわず続ける。


「ツタンカーメン王は大いなる力を集めれり! 王は力強く道を作り、その上を進む!」

 体に絡みついていた腰布が形を変えて広がって、頭巾とくっついてツタンカーメンの全身を包み込み、ちょうどカイコのマユのような格好になる。

 祝詞はここでいったん途切れ、次の祝詞へと続く。


「『黄金のハヤブサに変化へんげする』の章! 王は目覚めれり! 王は力強き黄金のハヤブサがその卵より現れ出るがごとく目覚めれり!」

 マユのような白い塊に、卵のようなひびが入った。


「王は飛ぶ! 大いなる翼を、青き水晶の空に広げる!」

 ひびが大きくなる。


「王は天翔ける船より飛び立ちて、東の山の糧を受け取る! 夜更けの船で待つ者達は、舞い降りし王に深くひれ伏し、安堵の歓声を放つ!」

 ひびが卵の殻全体に広がる。


「王は美しき黄金のハヤブサのごとく舞い戻れり!」

 その間にも周囲では風が暴れて悲鳴と祈りが交錯している。


「王はその席を天空の女神(ヌウト)の子供らの中に取り、太陽神ラーは王の言葉に耳を傾け、恵みの野(セケト‐ヘテプ)は王が望むままに糧をもたらす! そうして王は、その頭上の力を王のものとする!」

 卵が割れた。

 飛び出したツタンカーメンは、鳥と人を合わせた姿になっていた。


 首から上が人間で、体が鳥。

 そこまではエジプトの絵画に記される典型的なバーの姿である。

 ただ、ツタンカーメンの体はそんじょそこいらの鳥ではなく、金色に輝く勇壮な猛禽類のものであった。


 金の額飾り型の王冠はかぶったまま。

 頭髪は、遺体をミイラにするために剃ったのが霊体にも反映されている。


 カルブは思わず声を漏らした。


「なんか不気味……」

「うるせエ!」


 ツタンカーメンが翼を羽ばたかせて力強く飛び立つ。

 その先を目で追って、カルブは息を呑んだ。

 祝詞を通じてツタンカーメンと霊力カーを混ぜたことにより、カルブにもセト神の姿が見えるようになっていた。


 カルブはささげた祝詞を後悔した。

 カバはカルブの想像をはるかに超える大きさだった。


「無茶だ……! ツタンカーメン様!! 戻って!! 逃げてくださいッ!!」


 普通の家は邪神セトのツメの先にも及ばない。

 テーベでもっとも大きいのは――だいたいどこの国の首都でもそうだが――神殿と一体になった王宮で、丘の上に建っているのでさらに高さもある。


 邪神セトが変化したカバの背丈は、王宮と同じくらいだった。

 そんな怪物に向かって、ケシ粒のような少年王は無謀に突っ込んでいった。


参考資料

『世界聖典全集.  前輯 第10巻』

 大正九年、出版。


 研究番号 七六と七七




 今回も意訳&オリジナル・エフェクトでお送りいたしました。

 この二つの呪文は短かったので助かりました。


 あとで調べたらアアビトはカマキリのことでした。

 カマを振り上げるポーズが天に祈っているように見えたことから、聖なる虫とされていたそうです。


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