邪神の拘束 5
グッショリと濡れたツタンカーメンが川から這い上がる。
トート神の手で網から解放されたカルブは、ツタンカーメンに駆け寄って、ファラオを捕らえたままの網を引っ張った。
地下の川の水は冷たい。
ツタンカーメンがくしゃみをした。
カルブの指は、網は掴めたのに、ツタンカーメンの体はすり抜けた。
「そんな! 夢の中でも触れられないなんて……」
「おまえがちゃんと生きてるってことだよ」
それでも網がうらやましく思えた。
トート神の魔法を受けて、ツタンカーメンの服は乾き、泥も落ち、炎のコゲ跡も消えた。
独特の頭巾も豊かなドレープの腰布も、柔軟剤でも使ったかのようなふんわり仕上げである。
網は光に包まれて、縮んで縮んでパピルスに戻っていく。
「ごめん、トート神。おれ、みんなを裏切るようなことしちゃった……」
ツタンカーメンはうずくまったまま、しょんぼり顔でトート神を見上げた。
「わかっておる」
朱鷺の顔からは表情は読めない。
「ツタンカーメン様! いったいどういうことなんですか!?」
カルブがファラオの隣に膝をついて顔を覗き込む。
「この巻物は、エッチな本だって聞いていたんだ……まさかこんな危険なものだったなんて……」
「そんな! 言ってくれればオレのをいくらでも見せたのに!」
「へ?」
「待てっ。誤解してやるなっ」
慌てるトート神の手の中で、網は完全にもと通りの赤い巻物の形に戻る。
表紙の『縛り』の文字がカルブの目に入った。
「緊縛モノ!? ごめんなさいツタンカーメン様、オレ、そっち方面の本は持ってないです。ターイルに頼まないと」
「カルブよ、しばし黙っておれ。ツタンカーメンよ、お前に害意がなかったのはわかっている。悪しき心がわずかでもあれば、たとえ神の力をもってしても、私の結界を破るなどできぬ」
トート神がクチバシをもたげた。
「地上ではセト神の進撃がすでに始まっている! ツタンカーメンよ、それにカルブよ! セト神を止めるのだ!!」
まばゆい光が辺りを包む。
ツタンカーメンとカルブが目を開けると、周囲の景色はテーベの町に戻っていた。




