邪神の拘束 4
ツタンカーメンを捕らえた網は右に、カルブが掴まっている網は左に倒れる。
地面にたたきつけられて、カルブの体に激しい痛みが走った。
しかし怪我はしていない。
ここはカルブが暮らす空間ではないからだ。
カルブは自分の手もとを見た。
日の出の書をしっかりと握っている。
ならばまだ戦える。
怪物が一本足でピョンピョンとカルブに近づいてくる。
「フフフッ。どんなにいっぱい魔力を持ってても、使い方がわからないと何もできないからね。日の出の書を渡してもらおうかッ!!」
ニタニタしながら迫ってきていた怪物が、突然、ズテンと転んで顔面を地面に打ちつけた。
しっぽに引っ張られたのだ。
頭一つの動ける半身と、頭二つの倒れたままの半身は、しっぽの先がまだつながっていた。
隙ができた。
「われは漁師らを……」
カルブが、ツタンカーメンにも聞こえるように、大声で日の出の書を読み上げる。
怪物が慌ててカルブを押さえつけようとして、カルブは網の中で体をよじって逃れるが……
「……!」
祝詞はそれ以上は紡げなかった。
日の出の書は、途中でちぎれてしまっていた。
怪物がせせら笑う。
カルブが歯ぎしりをする。
その時……
「われは漁師らを獲る者の名を知ることをなんじらは知るや!」
朗々とした祝詞が響いた。
「“天のほとりに座せる大いなる者”はその名なり!」
ツタンカーメンは網に捕らわれたまま、うつぶせの姿勢で地面より少し高い位置に浮遊している。
その鼻先の地面には、日の出の書の続きが、紙を広げた状態で横たわっていた。
「われは太陽神の秩序のもとに冥界神の加護を受けし者なり! われは祈願す! われは神々の仲間として呼びかける!」
ツタンカーメンの全身が光り出す。
「われは日の出であり、始まりであり、くり返す! わがもとに聖なる輝きの神の力あり! 南北の聖なる王らはわれとともにあり!」
ツタンカーメンを中心に炎が広がる。
「天の光が善き人々を抱くがごとく、邪なるモノよ、地の炎に抱擁されよ!!」
炎が怪物『猿』を包み込んだ。
一発目の炎では、怪物は黒焦げになりながらも抵抗していた。
二発目の炎を受けて、勝ち目はないとようやく悟った。
三発目の炎を食らう前に怪物は、カルブを盾にしようと腕を伸ばしたが、しっぽに引きずられて転んで、三度、黒焦げになった。
そこに四発目の炎が迫る。
怪物は倒れていた半身と抱しめ合って、体をぴったりくっつけて、もと通りのような二本足の格好で逃げ出した。
しかし喜ぶ暇はなかった。
「やばいカルブ! 力を抑えられない!」
ターゲットが居なくなっても、炎は収まることなく広がり続ける。
ツタンカーメンはとっさに川に飛び込んだが、それでも炎は止まらず、燃え盛り、カルブにまでも襲いかかった。
「!?」
カルブの目の前に真っ白な鳥の羽が舞う。
無数の羽毛が重なり合ってバリアを作る。
羽が散ると、炎は消えていた。
カルブのかたわらに、白黒の羽毛と細長いクチバシの、朱鷺の頭の神が立っていた。
「こうして顔を合わすのは初めてだな。カルブよ、私は知恵の神トート。お前のおそなえのパンケーキは実にうまかったぞ」