邪神の拘束 3
怪物が網を振り上げて、網は宙に吊るされた状態に戻る。
カルブは網の中腹より下。
ツタンカーメンは頂上の少し下。
ツタンカーメンが上へ逃げることは網を掴む怪物が許さず、高度を下げることは網の上についたウキがさせない。
カルブは日の出の書を口にくわえ、網をよじ登り始めた。
「セト神様の邪魔はさせない!」
怪物が網を振り回し、網がカルブの体に絡みついて身動きが取れなくなる。
「いいカッコウだぜ! ぎゃは! ぎゃは!」
「うわーん! あれじゃあもうツタンカーメンに近づけないよォ!」
頭どもがそれぞれにわめく。
(でも、これで振り落とされる心配はなくなった!)
カルブは日の出の書を広げ直し、声を張り上げた。
「ツタンカーメン様! オレの祝詞をくり返してください! ワレは漁師らの名を知ることをなんじらは知るや!」
「わ……われは漁師らの名を知ることをなんじらは知るやっ!」
新たな緑光が地面に伸びた。
宙に浮くファラオの足もとで、光の筋が怪物のつま先に重なる。
光の先を目で追って、怪物の三つの頭が青ざめた。
開けた川原。
遠い山。
緑色の光の筋は、見渡す限りの果ての果てまで続いていた。
「こ、これがファラオの力!?」
「おれのじゃねーよ! ホルス神のを引っ張ってきてるだけだ!」
それができるのはファラオだけである。
「カルブ! 祝詞を続けろ!」
「はい! ええと……“猿”は彼らの名前なり!」
「“猿”は彼らの名前なり!」
「って、胴体のこと!? そのまんま!?」
「って、胴体のこと!? そのまんま!?」
カルブのただの感想まで復唱してしまったが、術に影響はないらしい。
赤い焦点光が十字の形を取って現れて、怪物の心臓の位置に迷いなくピタリと静止する。
カルブの時のようなブレは全くない。
再び現れた刀と鉤棒は、先ほどとは見違えるほどに力強く輝く、太陽のような金色の光を放っていた。
二つの武器がその先端を、十字の光の中央に向ける。
左の首はセト神への忠誠を叫び続ける。
中央の首はツタンカーメンをののしる。
右の首が命乞いをする。
「ちっ」
ツタンカーメンの舌打ちとともに、焦点光がわずかに位置を移動させた。
鉤棒が、怪物の左の首と中央の首を同時に押さえる。
右の首との境目に刀が振り下ろされて、股までまっすぐにまるで薪のように真っ二つに割られる。
カルブから見て右の首、つまり怪物にとっては体の左側の、心臓がある側は一本足で立ったまま、残りの半分が倒れた。
「やりましたね! ツタンカーメン様!」
「ああ! おまえのおかげだ!」
怪物の、倒れて動けなくなった半身の二つの頭が、立ったままの半身の頭を口汚くののしる。
立ったままの半身は、しばらくキョロキョロしていたが……
「やったー! うるさいやつらから解放されたー! これで……セトさまのご褒美はボクだけのものだーッ!!」
怪物が、片方だけの手で器用に網を押さえつつ、口を使って網を縦に真っ二つに引き裂く。
その裂け目により、網の中の二人の間が引き離された。