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邪神の誘惑 1

 工房を出て、宿舎には寄らず、自宅への帰り道。

 カルブはツタンカーメンに、王宮の様子について尋ねた。


「そうだな……まず、人が多い」

 王族だけでなく、政に関わる者や、それぞれに仕える使用人も暮らしている。

「それから、風通しがいい」

 暑い土地なので建物自体がそういう構造になっている。

「だから怪しいヤツを何人か尾行しても、なかなか油断しなくて、ちっともシッポを出さない。次のファラオを誰にするかの密談に聞き耳を立ててるヤツがいっぱい居るから、王妃暗殺の密談なんてそうそうできないわけだけど、だからってアンケセナーメンの命を狙ってるヤツが居ないって保障にはならない」


「もっと華やかな話が聞きたいんですけど。立派な装飾とか豪勢な食事とか」

「おれが死んだばかりだからな。みんなで一所懸命に暗い雰囲気を作っているよ」

 そういうツタンカーメン自身もいつになく暗い。


「どうすりゃアンケセナーメンを守れるんだ……」

「ツタンカーメン様……王妃様に、そばに来てほしいというお気持ちは……」

「……訊くな……」

「……はい……」


 カルブの家に着き、昼は日除け、夜は風除けとなる戸口の布をくぐる。

 家の中央に飾られた、自宅用の小さめのアヌビス神の像を、ツタンカーメンは悲しげに見つめた。



 その夜もツタンカーメンは王宮へ向かってふよふよと飛んでいった。

 カルブは明日作る護符の材料を確認してから寝床についた。

 その時々の自分にできることをする。

 それがカルブの祖父の教えなのだ。


 自分にはどうにもできないこともある。

 それをカルブは祖父の依頼人を……今までに工房で預かってきた、たくさんのミイラ達の遺族の姿から学んできた。

 だから何もできない無力な幽霊の気持ちを思うと、やるせなくて自分まで眠れなくなりそうだった。




 その夜もカルブは夢を見た。

 アテン神とアメン神は相変わらず戦い続け、野次馬も相変わらずやんややんやしているが、その顔ぶれには変化があった。


「フン! 甘っちょろい!」

 いら立った声がカルブの耳に届いた。


(どなたでしたっけ……?)

 カルブはその神を観察した。

 エジプト王国には死者を守ってくれる神は大勢おられる。

 そういう神々についての勉強ならばカルブは職業柄一通りしているが、この神様は思い当たらない。


(遠目に見てもマッチョな神様だな……)

 同じようにたくましくても、アメン神の体にほとんど脂肪がついていないのに対し、こちらの神は分厚い筋肉の上にほどよい脂肪の鎧をまとっている。

 顔はイノブタに似ているが、イノブタそのものではなくて、未知の幻獣のようであった。




「カルブ……カルブぅ……!」

 触れて揺り起こすことができずに、王の幽霊が生者の耳もとでくり返している。

「ん……ツタンカーメン様……? どうされたんですか……?」

 何やら困惑顔ではあるが、特に深刻な風ではない。


 今朝もまた日は高く、じゅうぶん眠ったはずなのに、カルブの疲れは取れていない。

 冥界の夢を見ると、眠ったという感じがしない。


「セト神が来てる。遊びに行こうって……」

 ツタンカーメンは、カルブの目では誰の姿も見えない空間にちらちらと横目を向けた。

「……行ってらっしゃい……」

 危ないことしちゃダメですよ、と、子供に諭すような発言をしかけて、やめて、あくびを噛みころす。

 ツタンカーメンの日頃の様子を見ていると、川に落ちたりワニをつついたりしてしまいそうな不安はあるが、とっくに死んでいるのだし今さらそんなのを恐れる意味もないだろう。

 それよりもカルブとしては、アヌビス神やトート神の他にもツタンカーメンを気にかけている神が居るとわかったのが嬉しかった。


(セト神ってどんな神様だったっけ……?)

 思い出せぬまま二度寝に入った。


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