第三話
母が入院している病院は、家からバスで20分程の場所にある総合病院だ。僕は毎日母の御見舞いに来ている。いや、正確には母の顔を見てはいない。どんな顔をして会えば良いのか分からない。
今日も僕は母の病室の前でドアを開けようとして、結局出来ずに帰るのだ。
両手を見る。外した仮面は何処かへ消えて無くなる。どうして無くなってしまうのだろう。どうして僕にはこんな力があるのだろう。どうして僕は仮面が見えるのだろう。どうして。
「あら?ーーさんじゃないですか」
聞こえた声に顔を上げると、笑った仮面を付けた看護士がいた。確か、母の担当看護士だった気がする。
「今日も会わずに帰るんですね」
看護士の言葉にどう返して良いのか分からず、僕は無言だった。
「いつか、気持ちの整理がついたら顔を見せてあげて下さいね。きっとお母さん喜びますよ」
この看護士は僕の能力のことは勿論知らない。母がいきなり廃人になってショックを受けているのだと思っている。……間違ってはいないが。
僕は頷いて、その場を後にした。
「葉蔵」
受付まで戻ると、何故かコノミがいた。病気にでもなったのか。と問うと違う違うと右手を振る。
「依頼じゃ依頼。ほれ」
差し出された書類を見る。そこに書かれた名前と顔……いや、仮面に、心臓が止まりそうになった。
時刻は深夜2時をさしている。僕とコノミは母の病室に隠れていた。やがて、懐中電灯の光が室内に入ってくる。その人物は母に繋がれた点滴に何か細工をしているようだ。
「そこまでじゃ!」
コノミが電気を付ける。
そこにいたのはーー、あの、看護士だった。
伊東美幸27歳。彼女の担当している重症患者が亡くなることが多いので調べて欲しい。という内容だった。
「細工をしてわざと死なせておったのじゃな。何故そんなことをする」
コノミが言うと、伊東はふっと笑って。
「私はただ、苦しむ人達を助けてあげただけよ」
と言い放った。
「苦しむくらいなら、楽に死なせてあげた方が良いじゃない」
「貴様……!葉蔵、やるのじゃ!」
僕は一瞬躊躇った。
彼女と僕に、何の違いがあるというのか。殺しはしていないとはいえ、僕は人間を廃人にしているのだ。それは人殺しと変わらないのではないか。
「葉蔵!」
コノミの言葉に現実に戻る。伊東は僕に襲いかかり、首を絞めにかかった。女性の力とは思えないその力。
僕は、震える手で、無意識のうちに、仮面をーー。
倒れている伊東。コノミは僕を見て。
「何故躊躇った?コイツはお前の母を殺そうとしたんじゃぞ?」
と言った。その口調には怒りが含まれているように感じた。
君には分からない。とだけ言うと、僕は母の顔を見た。
仮面ではない母の顔は、とても穏やかだった。