全てを奪うもの
「――それじゃあ、残りの報酬は成功後に」
「はい、かしこまりました。必ず、成し遂げて見せましょう」
ジェロシア・ファートスはそう言って、まるで空気に溶けるがごとく消え去った男がいた場所を、暫しぼんやりと眺めていた。
太陽のように輝く金色の髪。白磁のごとき滑らかな肌。澄んだエメラルドの瞳。血の様に赤い唇。折れんばかりに、細い体。まるで絵画の中の芸術作品のように美しいと、皆が皆声高に讃える美しさをジェロシアはもっていた。だが今。その美しいエメラルド色の瞳は、隠しきれない怒りと狂気で淀み、濁っており、美麗な顔は憎悪で醜く歪んでいた。
(あああああ、死んでしまえ消えてしまえ、惨めに、滑稽に、哀れに、滅べばいい!!薄汚い、賤しい血交じりの盗人がっ…!!)
ジェロシアが先程まで会話をしていた男は、金さえ積めばどんな汚い仕事でも請け負う、裏側の住人。
ジェロシアは今日初めて、そんなアンダーグラウンドの男とコンタクトをとった。
全ては、世界で一番憎らしい義弟を殺す為に。
「貴女は女王になるのよ」
ジェロシアは物心ついた時から、母親にそう言われて育った。
ジェロシアが生まれる少し前に、ジェロシアが姫として生を受けた、祖国ルクス王国では大規模な戦争があった。その結果、王家のほとんどの血筋が耐え、直系の姫として残ったのは戦後すぐに生を受けたジェロシアだけだった。母親はジェロシアを生んだ際に、不運に見舞われてそれ以上に子を産めぬ体になっていた。母を心から愛していた国王である父は、母の他に妻を持とうとはしなかった。
結果、王家の後継は、幼いジェロシアに託された。傍系の候補者はいたものの、この国では血筋を何より重んじる為、ジェロシアのライバルになることはなかった。
(私は、いずれ女王になるんだ)
その事実は、幼いジェロシアにとって、誇りであった。ジェロシアは戦後の不安定な情勢を整え、賢王として国を統治している父親を心の底から尊敬していた。そして、自分もいずれ、父の様になりたいと、物心ついた時には既に切望していた。
民を守る、勇敢で誇り高き、王。心優しく、公正で、聡明な君主。
父がそう讃えられる度、ジェロシアの心は震えた。自分は女の身だが、女王になることが定められている。いつか私も、父のように民に讃えられるような、そんな君主になって見せる。
父が王の衣を纏って民の前に出る度、歓声をあびせられる度、ジェロシアは成長した自分が同じように王の衣を纏って、民の前に立つことを夢想した。父の娘として、その脇にただ行儀よく佇むのではなく、いつかジェロシア自身がメインの存在として堂々と中央に立ちそびえるのだ。それはどんなに、心地いいことだろうか。
王となる為の教育は厳しく、幼いジェロシアは殆ど満足な遊びも出来ない環境だったが、ジェロシアは不満に思うことは無かった。国の頂点に立つ存在になるのだ。これしきのこと、苦に思ってはいけない。王としての立場は、今の状況とは比べ物にならない程苛酷なのだから。これしきのことで根をあげてはいけない。
ジェロシアは一心不乱に勉学に打ち込んだ。剣の訓練こそ、不適切だとされて受けさせて貰えなかったが、それを補うように、学問や礼儀作法、ダンスでは非常に優秀な成績を収めた。成果を褒め称える度、自分が理想の女王の姿に、一歩ずつ近づいているかと思うと、どうしようもないほど誇らしかった。
そんなジェロシアの日常が、10歳になったある日、突然変わった。
「今日からお前の義弟になる子だ…色々あって、周囲に心を閉ざしているが、どうか優しくやってくれ」
父親から告げられた言葉に、ジェロシアは内心眉を顰めた。
王家が養子をとる?そんなことってあるのか?
連れて来られた僅かにジェロシアより幼い風体の少年の姿も、ジェロシアを一層不愉快にさせた。
粗末な庶民の衣装を纏った少年は、ジェロシアに頭を下げることは愚か、一瞥すら寄越そうとしない。次期女王を前にして、なんとまぁ無礼な少年だろう。
だが、ジェロシアはそんな内心を押し隠して、優しく少年に笑いかけた。
「もちろんです。お父様。――私の名前はジェロシアよ。実の姉だと思って接してくれて構わないわ。仲良くしてね」
王たる者、哀れな人物には慈悲の心を掛けてやらねばならない。きっとこの少年は、身分の差の分別もつかないほど、惨めで哀れな存在なのだ。ならば、極力優しくしてやらねばなるまい。そしてそのことを父親もまた、それを望んでいるのだから。ならば、その期待に応えよう。
「あなたの名前を、教えてくれる?」
「……」
黙り込む少年の手を握り込み、下から覗き込むようにして目を合せた。薄汚い手の汚れが移る様で嫌だったが、そんな気持ちは僅かにでも表に出さない。
覗き込んだ少年の目は、薄汚い少年には似合わない、美しいエメラルド色の瞳をしていた。ジェロシアと同じ、否、僅かにジェロシア以上に澄んだ色だ。そのことが少しだけ腹立たしかった。
「――ねぇ、名前を教えて、ちょうだい?」
「……フロル」
「そう、フロル。仲良くしましょう」
フロルはそれ以上口を聞こうとしなかったが、ジェロシアはひとまず名前を知れただけで満足した。
(そう、きっとこれは父が用意した、人心掌握の為の訓練なんだわ)
王といえ、全ての人民に愛されるわけではない。反発する存在は、どんな賢王にだっている。
そんな人間を人心掌握させるための訓練をジェロシアにさせようと思って、父は少年を養子に取ったのだろう。どれくらい少年の心を開けるかで、王としての器量が測られるのだろう。心してかからなければなるまい。
必ず少年を懐柔して見せる。ジェロシアは内心で固く、固く誓った。
その日から、ジェロシアは、フロルに対して親切な姉のように振る舞った。内心の不愉快さを押し殺し、ことあるごとに優しい言葉を掛け、家族としての愛を囁いた。
最初は無反応だったフロルも、月日を重ねるうちに、ジェロシアに対して心を開いていくようになっていった。ジェロシアはフロルの心を掌握していく達成感で、心が高揚するのを感じた。
フロルがジェロシアに心を開いていく姿を見ていた父は、やがてフロルにも、ジェロシアと同じ教育を受けさせるように命じた。
ジェロシアは右も左も分からず、右往左往するフロルに、わからない場所を優しく指導してやった。
「すごいですね、義姉様は。私の知らないことを、色々知っていらっしゃるのですね」
無表情から一転して、すっかり多様な表情を見せるようになったフロルは、頬を紅潮させて、ジェロシアを褒め称えた。
「いいえ、私はあなたより先に勉強していたからよ。あなたはとても優秀な子だから、きっとすぐに私なんか抜いてしまうわ」
ジェロシアは得意になる気持ちを静めて、いつも穏やかな表情で、そう謙遜の言葉を述べた。
そう、それはあくまで謙遜のつもりだった。ジェロシアは本音では、フロルが自分より優秀になるなどと考えてはいなかった。
誰よりも必死で勉強してきたのだ。今だって、勉強し続けているのだ。9歳までろくな教育も受けて来なかったフロルになぞ、負けるはずがない。
自分は女王になる存在なのだ。賤しい家柄の、フロルなんぞとは違う。
そう思っていた。
そう思っていたのに。
――3年後、フロルは全ての学問で、ジェロシアより優秀な成績をおさめるようになっていた。
「義姉様、義姉様。今日は剣術の稽古で先生に褒めて頂きました。剣士でも、これほど優秀な生徒はいないと」
「…そう。流石フロルね。貴方のように優秀な義弟を持って、私は誇らしいわ」
(なぜなぜなぜなぜ、賤しい庶民出のフロルなんぞが、私の上を行くというの…!?)
子犬のように纏わりついて、誉めてもらいたそうに擦り寄るフロルに賞賛の言葉を掛けながら、ジェロシアの心は灼熱のごとく荒れ狂っていた。
ジェロシアなぞ、一度剣を握っただけで、適正なしだと言われ、二度と稽古なぞ受けさせてもらえなかったのに。
その分、フロル以上の時間を勉強に費やしているというのに、何故…っ!!
「…そうだわ。フロル。私が女王になったら、貴方は宰相になればいいわ。優秀なあなたなら、きっとなれる。姉弟二人で、ルクス王国を繁栄させるの。素晴らしいと思わない?」
ジェロシアは荒れる心を必死で抑えて微笑みながら、フロルに微笑んだ。
例えどんなに優秀でも、フロルは賤しい血筋の身。王になぞ、なれない。
ジェロシアが女王として、完全にフロルを掌握してやればいいのだ。臣下が優秀なのは好ましいことだ。何も焦る必要なぞ、ない。
劣等感なぞ、感じる必要はないのだ。
「私が宰相に、ですか?」
「そう。フロルは、どう思う?」
「…そうすれば、ずっと一緒にいられますか?」
「え?」
フロルはその美しいエメラルド色の瞳をジェロシアに向けた。
端正だが、少年から脱却し男らしくなりつつある顔は、ひどく真剣な表情だった。
「私が宰相になれば、ずっと義姉様の隣に、いられますか…?」
ぞくりと、肌が粟立つのが分かった。
恐怖ではない。歓びで。
(ほら、何にも心配することは無い)
「――もちろんよ。フロル」
この優秀過ぎる義弟は、すっかりジェロシアに忠実な犬と化しているのだから。
「ずっと一緒よ。…隣で私を、支えてね」
ジェロシアは優秀な犬を従えた、女王になるのだ。すっかり人心掌握した優秀な犬を、自らの為に操って、国を繁栄させるのだ。
何も、心配することなぞ、ない。
だけど現実は、ジェロシアにとって非情だった。
「――フロルを後継者にしようと思う」
父から告げられた言葉が、にわかに信じられなかった。
「なんてことを…っ!!貴方は自分の娘が可愛くないの…っ!?」
母が金きり声をあげて父を咎めるが、ジェロシアの耳に母の言葉は入ってこなかった。
ただただ呆然と、父王の顔を眺めていた。
「…私は父親という前に、王だ。ならば、ルクス王国にとって最善の王を選ばないといけない。娘可愛さに決断を先延ばしにしていたが、本当はもっと早く決断すべきだった。どう考えてもフロルの方が、ジェロシアよりも王に相応しいのだから」
(なにを、言っているの、お父様)
(いつも、私を、誉めていてくれていたじゃない)
(優秀だと、女王に相応しいと、そう言ってくれたじゃない)
「だからって、どこの馬の骨とも知らぬ子を…っ!!」
「――あれは、フロルは、先の戦争で英雄と謳われた、兄エローエの落胤だ」
母とジェロシアは揃って息を飲んだ。
英雄エローエ。その名を知らぬものはいない。優れた政治的頭脳と、鬼神のごとき強さで、長く続いた戦争を終わらせた救国の英雄。
順当にいけば、父ではなく、エローエこそが王となるはずだった。だがジェロシアが生まれる直前に、流行病にかかり命を落とし、父が王になった。
「兄が、町娘に生ませた子こそ、フロルだ。叶わなかったが、結婚の約束もしていたらしい。色々あって町娘も亡くなり、孤児院で酷い扱いを受けていたところを、私が保護した。兄の息子の証である、特別な紋章を、母親の形見として持っていたから、まず間違いないだろう。…何より、兄譲りの鮮やかなエメラルドの瞳が、年をとるうちに酷似していく顔が、高い能力が、兄の息子である証だろう」
(フロルが、王家の血を引く存在?私と同じ、直系の血筋の?)
「あれほど、王としての適性の高い存在は、まずいないだろう。フロルならば、今以上にルクス王国を繁栄させられる…ジェロシア。お前では、力不足だ。…分かって、くれるな?」
(分かるって、何を分かれというの。私は女王になる存在なのに。女王になる為だけに生きて来たのに)
「幸い、お前はまだ18だ。女としての結婚適齢期は過ぎていない。お前なら、いくらでも妻にと望む男はいる…いい嫁ぎ先を選んでやろう」
その日、ジェロシアの世界は、崩壊した。
呆然自失の状態で自室にかえったジェロシアは、一人幽鬼のごとく部屋で佇む。
完璧に、それこそ爪の先まで完璧に、マナーを叩きこんだ体は、感情のままに暴れて室内を滅茶苦茶にすることすら、ジェロシアに許さない。
「――…殺してやる」
言葉が勝手に、口から零れた。
一度零れたら、止まらなかった。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
血走った目から滝のように涙が零れ落ちた。
ジェロシアの存在理由を、生きる意味を奪った義弟。
優しくしてやったのに。傷を癒やしてやったのに。
永年の恩を、あいつは仇で返した。
「――絶対に許さない」
絶対に、殺してやる。惨めに、滑稽に、哀れに!!死体まで蹂躙して、貶めてやる!!
そして、取り戻して見せる。
女王としての、立場を。
私の存在意義を、必ず…!!
ジェロシアはそうして、義弟を殺すべく、暗殺者を雇った。
(あぁ、早く。早く報告に来い。暗殺者でも、メイドでもいい。あいつが死んだと。突然の賊に襲われたのだと、そう告げに来い)
その報告を聞けば、心から笑える気がするのだ。
フロルが義弟になって以来、意識して浮かべていた、貼り付けたような作り笑いではない、本物の笑みが、久方ぶりに浮かべられる気がするのだ。
フロルが、フロルさえ、いなければ。
(――来たっ)
扉から聞こえてきた激しいノック音に、ジェロシアはほくそ笑んだ。自分にかつてない最大の歓びを与えてくれる報告者が、やって来た。
ジェロシアは高揚する心を落ち着かせながら、普段通りの平常な声で、入室の許可を出した。
しかし、扉を開けて入ってきたのは、ジェロシアの予想外の人物だった。
「ひっ」
「…こんな姿で突然部屋に押しかけて申し訳ありません。義姉様。実は先程、私の部屋に賊が押し入りましてね。よもや義姉様も被害にあってはいないかと、心配で心配で、そのまま部屋に来てしまいました。義姉様が無事なようで、なによりです」
部屋に入ってきたのは、血まみれの、フロルその人だった。
「…そ、その血は、貴方の血なの!?大変、急いで止血しなければ」
「いいえ、義姉様。この血は全て賊の血。私は一切怪我を負っていませんよ」
(使えない奴だ)
ジェロシアは内心舌打ちをする。安くない金額を払ったのに、フロルに傷一つ負わせられないまま殺されるとは。本当に使えない暗殺者だ。
「……そう。貴方に怪我がなくて良かったわ」
ジェロシアはいつもの笑みを張り付けながら、心底安心したように微笑む。
そんなジェロシアに、フロルもまた、微笑みかける。
「――嘘つき」
「…え?」
「死ねば良かったのにと、そう思っているくせに。義姉様は、本当に嘘つきだなぁ」
内容とは裏腹に、穏やかに告げられた言葉に、ジェロシアの笑みが引きつった。
まさか、まさか、ばれているはずがない。
自分は完璧に、慈愛に満ちた義姉を演じられていた筈なのに。
「…可愛いね。義姉様。動揺しているの?自分の演技が完璧だと、そう思っていたの?義姉様の演技なんて、私は最初からお見通しだったよ」
「…何を、言っているの…わからな…」
「『こんな汚い子供が義弟なんて冗談じゃない』『でも慈悲深い存在じゃないといけないから、人心掌握を極めないといけないから、しょうがないから仲良くしてやろう』…そう、思っていたでしょう?初めて会った、あの時」
ジェロシアは目を開いた。
それはまさに、あの時のジェロシアの本音。
そんな、まさか。まさか最初から、フロルは知っていたのか。
まだ互いに幼かった、初めて会ったあの時から、分かっていたというのか。
フロルは固まるジェロシアの様子に満足げに目を細めた。
「徐々に私が心開いていく様に、優越感でいっぱいになっている義姉様は本当、馬鹿で可愛かったなぁ。自分が知っていること、お姉さんぶって、一生懸命教えようとしてさ。その癖、私に抜かされそうになると、必死に焦って。あんまり可愛いから、本当はもっと早く、義姉様より優秀な成績とれたんだけど、焦らしちゃった。全ての成績が私に抜かれた日の、絶望に染まった義姉様の顔。本当に愛らしかった。そのまま切り取って額縁に飾りたいくらいに」
「………」
「でも、あの時の義姉様より、今の義姉様の方が可愛いな。あの時よりも、ずっとずっと絶望が深いからかな」
立ち尽くすジェロシアを、フロルは宝物のように抱きしめた。
そして耳元で睦言のように甘く囁く。
「――ねぇ、義姉様。ずっと夢見ていた立場を、見下していた義弟に奪われるのって、どんな気分?」
「…っ!!」
カッと頭に血が上るのが分かった。
フロルは全てを知っていたんだ。全てを知ったうえで、ジェロシアを馬鹿にし、最終的にその存在意義まで奪ったのだ。
「…っ死ね!!下賤な盗人が!!」
憎悪を露わに、貼りつけた仮面を金繰り捨てて、その頬を叩こうと繰り出した手のひらは、あっさりとフロルによって封じられた。
「…あぁ、義姉様。ようやく、本当の姿を見せてくれたね。いつも可愛いけど、本当の姉さまは、もっともっと可愛い」
「私に触るなっ!!賤しい庶民の血を引く、盗人が!!殺してやる殺してやる殺してやるっ!!」
「あぁ、嬉しいな。今、義姉様の頭の中は、私に対する憎悪で一杯なんだよね。他の事なんか全部考えられないくらい、私のことを考えてくれているんだよね。ああ、幸せだ」
暴れるジェロシアの体を、あっさりと抑え込みながら、フロルはジェロシアの頬に手を当てて、うっとりと陶酔したような表情を浮かべる。
「義姉様。私を嫌いなら、下賤だと見下すなら、私に構ってはいけなかったんだよ。私を視界に入れず、無視しないといけなかったんだ。義姉様がどんな思惑であれ、ずっと私に構いかけるから、私のことを気にしてばかりいるから、私はすっかり義姉様を愛してしまった」
「お前に愛されているなんて思うと、虫唾が走る…っ!!」
大嫌いな義弟。
こんな男の愛などいらない。
愛しているとほざくのなら、王になることを辞退して、女王の立場を寄越せ。
それが、ジェロシアの一番の望むことだ。
しかし、ジェロシアの拒絶に、フロルは全く動じない。
「うん。いいよ。義姉様は私を愛さなくて、構わないよ。…愛じゃなくても、私のことで頭の中がいっぱいになっていればいい。私のことを考えてくれていれば、それでいい」
鮮やかなエメラルド色の瞳の奥に、狂気が揺れる。
「…女王になんかさせないよ。そうしたら、義姉様は、私のことより、民や国のことを考えるようになるだろう。そんなことは許さない」
「……」
「あぁ、義姉様。代わりに別の立場をあげるよ。別の権力者としての立場を。国で二番目に偉い立場だ。それで、妥協してくれないかな?」
ジェロシアは、フロルの言いたいことが分からず、思わず眉を寄せた。
宰相の立場でも与えるというのか。ジェロシアが抱いていた、将来の構想を逆転させて。
そんなジェロシアの様に、フロルは口端を吊り上げた。
「王家直系の血筋が途絶えそうな現状では、より王家の血が濃い次代を成すことの方が、他国との絆を深めるよりも、大事だと思わないかい?…そう、例えば従兄弟同士の婚姻とか、最高だよね」
「…っ!?」
「義姉様は、次代の国母になるんだよ。…嬉しい?」
思わずあげそうになった悲鳴は、重ねられたフロルの唇で封じられた。
その日以降、ジェロシア・ファートスは、次代の王という立場を奪った大嫌いな義弟に、人生全てを奪われることになる。