エルフ
翌日になっても刑の執行はされなかった。
食事は出されたがうまいものではない。むしろまずい。里芋をつぶしたようなもちと、スープのなりをした青汁であった。どちらも塩気がないうえに妙に青臭い。半分も食べないうちに食べることが苦痛になってしまった。かと言って腹は減っている。背に腹は変えられない。死んだ目をしながら口にいれる。
(ああ、まずい……)
どうにもこちらに来てからまともなものを食べていない。せめて肉が食いたい。見回りに来た例の美少女エルフに伝えた。
「馬鹿か。死ね」
死にたい……。
異世界に来て四日目の朝が来た。
どうにも朝から騒がしい。そう思っているとまた美少女エルフがやってきた。なにやらひどく機嫌が悪い。
「出ろ。早くしろ、クズ」
いつにも増してひどい。
そう思いながらも穴から這い上がる。さすがに筋肉痛は癒えていた。
村の中が全体的に慌ただしい。そこかしこで走り回るエルフの姿が見られる。
連れてこられたのは、女王と会ったドームであった。いや、正確に言えばその前の広場である。そこには白い石作りの祭壇のようなものが据えられている。まさかここで刑が執行されるのか。そう思いながら祭壇の前まで連れて行かれる。周囲には何人かのエルフがいた。そのだれもがこちらをにらんでいる。
しばらく待たされた。エルフの女王がドームから現れる。その顔には険しいものがあった。しかし、まだこちらを見ようとはしない。初めて見る長い杖を持っている。長さは1メートル半くらいだろうか、木とも金属ともつかない不思議な材質でできており、その先端には月を模したような飾りがついている。
「皆のもの、ご苦労でした」
女王が周りのエルフたちに語りかける。どういうことかわからないが、しばらく様子を見る他ない。
「諸君らの報告はすでに聞いています。まことに遺憾でありますが、この地を放棄します」
どういうことだ。全く話が理解できない。
「そしてこの囚人ですが、カリエの言う通りオークの間諜である可能性も考えられます」
おい、何だか怪しい雲行きになってきたぞ。というかオークってなんだ?間諜ってスパイのことか?ますますわからなくなってきてるぞ。嫌な汗が額を伝う。まずい流れっぽい。
混乱していると隣の美少女エルフが話し出した。
「我が女王に進言いたします。この者とオークの出現があまりに近すぎます。これは間諜であると考えるのが自然なことではないかと」
「カリエ、貴女の言い分ももっともです。しかしそれは証明されていません。我らの法は冤罪を認めてはおりません。この者に釈明の機会を与えましょう」
どうやら一方的な弾劾裁判にはならなそうだ。少し胸をなでおろす。女王がようやくこちらに目を向ける。その目は相変わらず険しい。
「あなたにはオークの間諜であるとの疑惑がかけられています。異議があるのなら申しなさい」
ぞわり、と背筋が寒くなった。これは正念場だ。正しい選択肢を選べ。間違えるな。脳内に血が巡る。
「じゃあまず基本的なことから話したい。俺はこの世界の人間じゃない。もともとこっちの言葉を話せないし、服だって明らかにちがうのは見ればわかるだろう。俺がこの世界に来たのはあんたたちに捕まった日だ。そして俺はこの世界のオークを知らないし、なによりオークの間諜じゃない。疑うんなら身体検査でもなんでもしてくれていい」
両手を広げて害意のないことを周囲のエルフにアピールする。だがそれに噛みついてきたのは例の美少女エルフだった。どうも名前はカリエと言うらしい。
「証拠がないわ。言葉や服なんていくらでも誤魔化せる。おおかた私たちに捕まったふりをしてこの村の場所を伝えていたんでしょ」
ああ、だがそれはこっちの予想の内だ。
「それを言うなら俺がオークの間諜という証拠もない。服だってここの技術力じゃ作れるとは思えないな。ジッパーって知ってるか?この噛み合わせの精密さを再現できるか?」
自分が着ているパーカーを指し示す。反論の種ならいくらでもある。それよりも重要なのはここからだ 。
「お互いに証明できないなら時間の無駄だ。だが、今ので状況はだいたいわかった。もうすぐこの村にオークが攻めてくるんだろう。それで村を捨てて逃げようとしている。いいのか、それで」
最後はカリエと女王だけでなく、周りのエルフにも聞かせるように言う。女王以外のエルフたちは、俺が何を言っているのかと不思議そうな顔をしている。だがそれでいい。こちらを責める空気は消えた。ここから巻き返しだ。
「俺はこの世界以外のエルフを知っている。そいつらはオークごときに逃げ出すようなやつじゃなかった。オークの軍勢に立ち向かい、必死に、気高く戦い、そして最後には打ち破った。俺はそれがエルフだと信じていた。だがお前たちはなんだ。オークと聞いてすぐに逃げ出すようなふぬけばかりで気高さの欠片もない」
いいか、熱くなるな。俺が熱くなるんじゃない。周りを熱くするんだ。冷静に観察しろ。慎重に、だが大胆に言葉を選べ。
「俺はお前たちのことを知らない。でもほかの世界のエルフは、みな気高く勇敢な、美しい種族だった。それがお前たちの生きざまだと言うならかまわない。だが、悔しくないのか!オークごときに逃げまどう生き方が!恥ずかしくないのか!高貴な種族として下劣なオークに戦わずして負けるのが!」
「うるさいっ!お前みたいなヒト風情に私たちの何がわかる!」
「わからないさ!だがな、お前たちがやろうとしていることは、ヒト風情にすら見下される行為だ。なんで戦わないんだ!戦って、オークを打ち倒し、高貴な種族であることを証明したくないのか!」
ざわ、ざわと周囲のエルフがざわめく。互いに顔を見合わす。カリエは相変わらず俺に敵意を向けているが、そんなの知ったことか。
「俺の世界には窮鼠猫を噛むという言葉がある。追いつめられた鼠は猫にも立ち向かうという意味だ。お前らは鼠以下なんだよ!悔しくないのか!俺みたいなヒト風情にここまで言われて!」
「俺は……戦うぞ」
一人のエルフがつぶやいた。続けて他のエルフもつぶやく。やがてそれらは感染する。つぶやきが大きくなりそして叫びへと変わる。
「やってやるぞ!オークごときに逃げるのはもうまっぴらだ!」
「ああ、俺たちはもう逃げない!絶対に負けるものか!」
そうだ、それでいい。
女王を正面から見据える。険しい顔は変わらない。
「これが、みんなの選択だ。お前はどうする。女王としてみんなを率いるのか、それとも逃げるのか」
「……逃げることは無理でしょう。民あっての女王です。しかし、戦いなどしてこなかった我々が本当に勝てるとでも?」
「俺が勝たせる。策ならいくらでもある。俺は、きっとこのために呼ばれたんだ」
そうだ、ここが俺の出発点だ。