一日目、夜
そのエルフは短いが、鋭く尖った木の槍を持っていた。そしてそれをこちらにつきつけてくる。だが、それより重大なことがあった。
美少女だったのだ。
十代半ばのような顔立ちだが、スレンダーでスタイルが良い。緑色の膝まである貫頭衣を腰縄で縛り、よくしなる、つるりとした木の槍を構えている。脇から薄い胸がちらちらと覗いているのがチャームポイントだ。淡い金色の髪は背の中ほどまで伸びて、白磁のような肌と宝石のような薄青の大きな瞳が印象的である。
「これは……勝つる!」
思わずこぼしていた。
だが槍をつきつけられている状態は変わらない。なんとかしなければ。そう思っているうちに向こうから話しかけてきた。いや、雰囲気的には詰問に近い。しかし
(何言ってるのかさっぱりだ……)
少なくとも自分の知っている言語ではない。日本語はもちろん英語でも中国語でもない。スペイン語系とも違う気がする。似ているのはフランス語だろうか。最もあくまでなんとなくといった感じだが。どちらにしろ通じないことにはかわりない。とりあえず軽く両手を上げて無抵抗のジェスチャーをしておいた。通じるかどうかはわからないが。
しばらくこちらにまくしたてていたが、言葉が通じないとわかったようだ。少し不機嫌そうな顔になり、軽く槍を振るう。あまりにも早すぎて反応できなかった。だが、それでこちらに抵抗の意思がないことをわかってくれたらしい。構えをといてそのまま元いた方へと帰っていく。
「……ってちょっと待った!」
置いていかれるのは予想外だ。慌てて追いかける。
だが彼女は振り向きもせずに茂みを進む。その脚はただ歩いているだけのようだが意外と速い。必死になってなんとかついていく。
どれだけ走ったかもわからない。何度も転びそうになりながらも必死に彼女について行った。へとへとになって、あきらめかけたその時、ようやく目の前の景色が開けた。エルフの村があったのだ。
よろよろと茂みからはい出す。そこには待ち構えていたかのように先程の少女が腕を組んでいた。にっこりと笑いかけてやる。途端、真後ろから音もなく出てきたエルフたちに拘束された。少女の上からゴミを見るような目線がむしろ心地かった。
そのまま後ろ手に縛られ、村の中に連れられて行く。不思議なことに、日は沈みかつ森の中だというのにあまり暗くない。見れば青白く光る石がところどころに置かれている。一瞬不謹慎なことに思い至ったが、あえて考えない振りをした。
蔦のからまってできたドームがいくつかある。大きいものから小さいものまでさまざまだが、どれも人の背丈は軽く越えている。それらしいものが他にないことから家だと考えてよさそうだ。そのなかでも一際大きなものが村の中央に見える。そこに向かっているかと思ったが、どうやら違うらしい。 横目にして進んで行く。
着いた先には穴があった。木の格子でふさぎ、更に石で封をしている。それがどかされ、ぽっかりと穴が開いた。2、3メートルはあろうかという深さの穴が黒々と口を覗かせている。嫌な汗が流れる。先程までの汗はすっかり冷えきっていた。
入れ、とジェスチャーで示された。思わず顔を見る。冗談ではなさそうだ。たしかに穴は下り坂にはなっているが、緩やかな、人に優しいつくりにはなっていない。後ろから小突かれる。嫌そうな顔をして見せる。仏頂面で返された。
不承不承といったていでそろそろと坂を下りはじめる。こんなところでケガはしたくない。
どすん、と後ろから蹴られた。そのまま転げ落ちる。痛みをこらえて見上げれば、美少女エルフが不機嫌そうな顔をしていた。
(くそっ……絶対に許さねえ……)
腰を強かにうちつけてしまったが、床には草が敷き詰めてあったため大事はないようだ。そのまま格子が閉じられ、その上に石が置かれる。今晩の宿決定の瞬間であった。
「はぁ……やれやれ、これからどうなることやら……」
ふと、つぶやく。これだけ動いたのは久々だ。身体がずっしりと重い。大声でわめく気力もない。どうせ明日には身の潔白が証明されるのだ。そんな気楽なことを考えていると睡魔が襲ってきた。幸い雨風は防げるし、床も堅いが眠れないほどではない。そのまま横になる。この日の夢は、美少女エルフと共に冒険をする夢だった。