一日目、昼
「ダメだ……俺はここで死ぬんだ……」
一時間も歩かないうちに足腰が痛くなりへたりこんでしまった。
しばらく森を目指して進むことにした。何かしらの目印は欲しいし、あわよくば何か食える木の実でも見つからないかと思ってのことだ。
初めは気を奮い立たせていた。それもものの20分ほどで足の痛みにとって変わられた。よく考えたら運動などここ数年まともにやっていなかった。
それでも歩いていたら、今度は腰にきた。どうした俺、まだ20台だろ。
日暮れまでには森にたどり着こうと思っていたが、そのだいぶ手前でへたりこんでしまったのだ。
空を見上げればずいぶん大きな太陽が俺をねめつけている。角度といってもよくわからないが、さっきより地平線に傾いていることはわかる。
あお向けに転がりしばらく休むことにした。柔らかな日差しが疲れた体を優しく包む。そういえば腹がからっぽなのを忘れていた。懐をまさぐってもそこにあるのは薄い財布と家の鍵だけだ。食えるものどころか異世界で役に立ちそうなものなどひとつもない。昔は十徳ナイフも持ち歩いていたが、警察に職質されて軽犯罪法違反と指摘されてからは持ち歩かなくなった。ついでに引きこもりにもなった。
(腹へったなあ……)
そう思いながら森の方を見る。あそこ行けば何かあるかもしれない。視界の端に小高い丘も見えたが坂道を登る気力もないので見なかったふりをする。
たっぷり30分は休んだだろうか。むくりと起き上がり腰と足をさする。早めに休んだのがいいのか、だいぶ調子は良い。
足どりは決して軽くはないが、それでも目標が見えていればやる気は出る。やる気が出れば多少の痛みは我慢できる。結局休み休みではあるが森まで到着した。
そこは予想していたより清浄な、それこそエルフでも住んでいそうな森であった。柔らかな光が草葉に反射し森の中とは思えないほど明るく優美な空間である。
ふと周りの木に実が成っているのを見つけた。見た目としては洋梨に近いだろうか。薄い緑色の艶々した洋梨形の果実である。熟していそうといってもよくわからないが、なるべく艶のあるものをひとつもいでかじってみる。
「味がない……」
いや、ないことはないのだ。リンゴとじゃがいもを足して3で割って蝋でかためたような微妙な味が。それでもないよりはましだ。2、3個もぎとってさらに食う。どうも皮から蝋の味がするようである。だが剥く道具もないので適当にかじって口の中でより分ける。そうこうしているうちに腹もふくれてきた。水分もある程度含まれていたのが幸いだ。
そうすると今度は余裕が出てきた。適当な石に腰掛け、今日あったことを振り返る。
どうにも、例のダウンロードしたネトゲが原因のような気がしてならない。サンタさんに異世界に連れて来てくれるように頼んだ覚えはない。子どもの頃に頼んだかもしれないが時効だろう。もしくは階段で転んで死の淵で見ている夢か。いや、それは恐いし非現実的だ。だから例のネトゲのせいということにしておこう。
物思いに耽っていると時間の過ぎるのが早いのだろうか、いつの間にか空が赤くなっていた。見れば大きな太陽が地平線に沈みかけている。ここでまずいことに気づいた。寝床がない。
昔見たサバイバル系番組を思い出す。
「ここをキャンプ地とする」
違う、そうじゃない。現実逃避しようとする脳ミソを必死で引き戻す。
たしかサバイバル番組では雨風を防げるところを探していた。例えば洞窟だ。そうして目を凝らしても洞窟のありそうな崖地などない。ならどうする。必死に頭を回転させる。ならば、大きな木のうろだ。しかし周りには大きな木などない。せいぜいが自分の太ももと同程度の太さの木ばかりだ。森の奥ならあるかもしれないが夕暮れ時に森に入る勇気などない。他の方法を必死に考える。
じわじわと時間だけが過ぎていく。いつどこから獣が出てくるかもわからない。成人男性ですら野犬には勝てないと聞く。ならニートな俺はなおさらだ。大声で助けを呼ぶか。いや、それこそ獣が出てくるかも知れない。そんな愚は犯せない。そういえば火もおこしていない。後から後からまずいことばかり気づく。
一晩中起きているか。そうすれば急に襲われることもない。しかし天候が変わるかもしれない。雨ばかりはしのぎようがない。ともあれ、ここにとどまってもメリットはない。どこか雨風の防げる場所を探そう。そう思い歩きだそうとした瞬間、目の前の茂みから人の形をした影が飛び出してきた。
俺とエルフの出会いであった。