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海山に手を引かれ俺は駅に向かいそのまま電車に乗り込む。
電車に中では特に何かを話すでもなく海山はずっと窓の外の景色を見ていた。
俺も同じように窓の外を眺める。
電車は次第に大きなビルが林立する街を離れ、住宅街を抜けて景色が段々と寂しくなってくる。
するとやがて車窓からは一面の海が広がる。
どれくらいの時間電車に乗っていたのか、秋の光は次第に弱くなりだす。
ようやく目的の駅に辿り着いた頃には黄昏色に染まった海からの反射で俺と海山は包まれた。
海山は海に着くなり靴を脱ぎ海の中に駆け出していく。
無邪気にはしゃぐ海山の姿を見て俺は海に来てよかったと思い、その光景をしばらく眺め続けた。
しばらくは一人ではしゃいでいた海山だが、俺が何もせずにいるとこちらの方に歩み寄り、さっきと同じように俺の手を取り波打ち際まで連れて行く。
するとまた公園で見せたような悪戯っぽい笑顔を見せたかと思うと、少し屈みこみ両手いっぱいに掬った海水を俺の方にめがけて浴びせかける。
突然の事に何が起こったか解らないでいる俺に海山はまた同じことを繰り返す。
まるでドラマのような光景が、まさか自分の身に起こるなどとは思ってもいなかった俺はまたしばらく呆然としていたが、三度海山が同じ事を繰り返そうとした時ようやく俺も海山のそれに習い海水を両手いっぱいに掬い海山に浴びせかける。
それからしばらくは海山と海水を掛け合っていたが、二人ともずぶ濡れになった頃ようやく海から上り砂浜に腰を掛ける。
秋の風は冷たく、二人の身体を包み込む。
「寒くなってきたね」
海山はそう言うと、俺の身体に自分の身体を人懐っこい猫のように擦り付けて来た。
女の子に身体を寄せられるのが初めての俺は、あんなにも濡れて冷たくなっているはずの身体が熱くなる感覚を覚え、気が動転してしまう。
「そろそろ帰ろう、着替えも持ってきてないし、このままここに居たら風邪ひいちまう」
俺は照れ隠しにそう言って立ち上がり、海山の手を取って引き上げようとする。
しかし、海山は思いのほか強情に立とうとしない。
海山の姿はまるで駄々をこねる子供の様で少し可愛くもあったが、日が沈みかける浜辺でこのまま濡れた服のままでいると本当に風邪をひいてしまう。
ただでさえ海山は身体が弱いはずなのに、なぜここを動こうとしないのだろう。
俺は不思議に思い、また海山の横に屈み少し優しく話しかける。
「そろそろ帰らないと本当に風邪ひいちゃうよ」
俺はそう言うと、海山は俯いたまま黙って首を横に振る。
その仕草は本当に子供の様で、俺はただ宥めすかすしかなかった。
「そんなこと言わずに帰ろ、もう日も暮れて来たし」
俺は子供を諭すように話しかけると、ようやくただ一言、海山は口を開く。
「……帰りたくない」
彼女のその言葉に俺は少し困ったが、思い直し海山の横に腰を掛けて話しかける。
「解った、じゃあもう少しここにいよう。でも日が沈むまでの間だけそれ以上は本当に帰ろう」
俺がそう言うと海山は満面の笑みで俺の方を見て、それからまた俺の身体に冷えた自分の身体を摺り寄せる。
海山の身体の熱が俺に少し伝わり、また身体が強張ったように緊張する。
緊張をほぐそうと、俺はポケットの中からタバコを取り出し、濡れずに残っていたタバコに火をつける。
タバコの煙をゆっくりと吸い、肺の奥底までその紫煙を入り込ませ、そしてまたゆっくりと煙を吐き出す。
タバコを吸う俺の姿を不思議そうに海山が見ている。
「タバコなんか吸うんだ、なんか意外。安山君真面目なのかと思ってた」
海山のその言葉に俺は反応する。
「真面目だよ。真面目だけが取り柄だからね」
「真面目な人は未成年なのにタバコなんか吸わないよ」
海山はそう言って微笑み海の方に視線を向ける。
またしばらく辺りには波が打ち寄せる音だけが響く。
風は少し強く、太陽はその色をオレンジから赤に、そして朱色にその色を変えその姿を海の向こうに隠してしまう。
そして太陽の残照も消え、空は濃紺から黒へと色を変え、空本来の色を取り戻す頃ようやく海山は口を開いた。
「ねぇ安山君……ホテル……いこっか」
全く言葉の意味が理解できずに聞き返す。
「え?」
俺の返事が聞こえたのか聞こえないのか海山は立ち上がり、また俺の手を引き浜辺から連れ出す。
海沿いの国道に出るとそこには何軒かのホテルがあり、その一つに海山は俺を連れて入る。




