最終話
あれから数日たっても海山の死体は発見されず、そのまま行方不明で処理されたようだ。
もちろんその間、俺の所にも何度も警察が来て事情を聴かれたが、あくまで俺は彼女をなくしてしまった可愛そうな恋人の役を演じ続けた。
もちろん、海山の親代わりであった男の事も聞かれたが、それについても俺は知らないの一言で片づけた。
テレビでも一時取り上げられ、マスコミの取材も何度か俺の家に来たようだが、全て受け付けなかった。
そして何日かが経ち、海山が失踪した事件よりも大きな事件が起こるとマスコミはこぞってそちらの取材に駆け回るようになったようで、俺の所には一切取材には訪れなくなった。
その間にも警察は俺の所にも来ていたが、失踪と言う事で片づけられたことでそれすらも殆ど来なくなった。
俺はその後無事に学校を卒業し、希望には届かなかったが進学をし、無事大学も卒業して働きだした。
毎日の仕事に追われ、海山の事など思い出す事も無く忙しい日々を送っていた。
いや、海山の事を思い出す事もなく、というよりむしろ俺の中の記憶が海山の部分を抑え込み想い出さえも消してしまっていたのかもしれない。
そんなある日、俺は外回りの営業中昼飯を食べる為に公園に立ち寄り、ベンチに腰掛けコンビニで買った菓子パンを食べていた。
昼食を食べ終わり、内ポケットからタバコを取り出しそれに火をつける。
ゆっくりとタバコの煙を灰の中に満たし、そして煙を吐き出す。
吐き出された煙はゆっくりと漂うように消えていく。
それを何度か繰り返し、一本吸い切り短くなった吸殻を投げ捨てる。
すると公園にいた鳩が餌と間違え寄ってくる、それがなんとなく面白く、さっきのコンビニで買った菓子パンの残りを鳩に投げると、瞬く間に俺の周りには鳩でいっぱいになった。
鳩の中には身体の殆どが白い羽毛で覆われた物も何羽かいて、その白い羽を見て俺は何か大事な事を思い出しそうになったが、それが何かを思い出せずにもどかしく思っていた。
そんな事を考えながら鳩に菓子パンをちぎって投げ与えていると、公園に子供がやってきて、俺が餌をやっている鳩に向かって走り出してくる。
子供が走って向かってくる足音に驚いた鳩は一斉に飛び立ち、鳩が飛び立った後何羽か混じっていた白い鳩の羽根がゆらゆらと舞い降りてくる。
その羽根に両手を差し伸べ、その一枚を受けとめる。
白い大きな羽を受け取った時、俺は更に先ほど感じていたもどかしさが深まったが、それ以上考える事もせずに、その公園を後にした。
白い羽を掌で受け取った日の夜、俺は疲れ果ててアパートに帰り着き、そのままベッドに倒れ込み眠りについた。
夢の中で誰か知らない、長い黒髪を後ろで縛り、透き通るような肌の少女が夢の中に出てきて俺に語りかける。
『ねぇ安山君、私あかちゃ……』
少女がそう言いながらだんだんと体中のあちこちから血がだらだらと流れ出していく。
「うわぁぁぁぁぁ!」
そこで俺はひどく寝汗を書きながら眼が覚める。
「何だ……夢か……」
ぜぇぜぇと肩で呼吸をし、近くに置いてあったタオルで汗を拭う。
最初の内は一週間に一度くらいだったが、それが五日に一回、そして三日に一回、やがて俺は毎日同じ夢を見るようになった。
そしてその時になってようやく俺は海山の事を思い出した。
「海山……そうか、俺は……」
俺はそれからしばらくして仕事を辞め、毎日をアパートの部屋で過ごした。
寝ても覚めても海山の事を思い出す毎日、だんだんと俺の精神は病んでいった。
いつも気が付くと俺は海山のよく歌っていた鼻歌を歌っている事が多くなった。
海山のよく口ずさんでいたあの歌、『翼をください』を。
自分がそれを歌っているのか、海山が歌っているのか解らなくなってくるくらい頭の中でその歌が壊れたレコードのように何度も何度も繰り返し流され、いつしか俺の頭の中は海山の口ずさんでいたメロディーでいっぱいになり、そしていよいよ俺はどうしようもできないほどに身も心もボロボロになり、自分が死ぬことを望むようになっていった。
そして俺は自分でも気が付かないうちに、海山をこの手で突き落としたあの場所に来ていた。
その場所はまるで時が止まっていたかのようにあの時と姿を変えていなかった。
白い大きな鳥は青空を自由に飛び回る、その一羽から大きな白い羽根が一枚風に乗り、俺の方に向かって舞い降りてくる。
舞い降りてくる一枚の羽根を俺はいつかしたように両手で受けとめ、それをしばらく眺めた後、海に向かって投げ入れる。
「海山、今行くよ……」
俺は最後にそう言って、海山を突き落とした場所から今度は自分自身を海にめがけて突き落とした。
海に向かって落ちる瞬間、俺は確かに俺の背中に海山がいる気配を感じ少し振りかえった。
そして、振り返った一瞬俺はその姿は小さな子供を抱いて、いつものようにあの歌を歌っている海山の姿を確かに見た。
海山は嬉しそうに、久しぶりの再会を喜ぶような笑顔で歌っていた。
彼女の歌うその歌は俺が岩に叩き付けられ、意識が途切れるまで耳の中で反響していた。
海山を突き落とした時のように白い鳥は一斉に飛び立ち、その白い羽を舞い散らせその何枚もの白い羽根が俺の動かなくなった身体の上に降り注ぎ、俺の姿は白い羽で覆われまるで天に昇る天使のようになっていた……
『今私の願い事がかなうならば翼が欲しい、この大空に翼を広げ飛んでいきたいよ。悲しみの無い自由な空へ翼はためかせ行きたい……』




