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その裏で悪魔は嗤う

言の葉

作者: 海上 結城

 誰かに許しを求めるのは自分が弱いからであり、

 誰かに言葉を望むのは、自分の罪だ。

 君の言葉はひどく重くて、消えてしまいそうなくらい空っぽだった。


 美しく無邪気に笑う笑顔が怖いと思うことは初めてだった。その笑顔が見た目だけで、そう思うように見えるだけで、からっぽで空虚な笑みだというのは直ぐにわかった。彼にも人の事はあまり言えないのだが。

「あれ?怖くないんですか?」

「怖いに決まってるじゃないか。何のためにこんなことをしてるんだい?」

「そんなこと、あなたが一番よくわかっているんでしょう?」

 この国に合わせてなのか、それともこの国に住んでいるからなのか、ロシア語で尋ねてきた少年になんでもないことのように男はロシア語で返した。

 ナイフを突きつけられ、男が少しでも動くか少しでもこの少年の機嫌を損ねてしまえばすぐに死んでしまうだろうこの状況で男は無理矢理でも笑顔を作って見せた。背筋が凍り、心臓がうるさいくらいに脈打っていることを悟られないように。

 勿論もちろん彼には問われなくても自分の立場を考えれば何故こんな目に遭っているかというのは簡単に理解することが出来る。

 何でも屋、または人材派遣会社、その裏で人殺しの依頼を請け負う表でも裏でも十分有名な会社であり組織のボスである男は、感謝もされていれば殺されても仕方がないくらいに憎まれている。いつもはそんなことは分かっているから会社から外には滅多に出ることも無いし、家はその敷地内にあるから出歩くこともない。それに、用事があっても護衛が必ず付く。

 だが、今日は別で、会社の仕事を休んでいつもいる国とは違う国までやってきた。それも一人でだ。

「貴方、面白いね」

 くすくすと笑う姿はやはり幼い。どう贔屓目ひいきめに見ても十五、十六にしか見えないし、こんな真似をされていなければ十代前半としか思えない。

 組織内にも色々な人間がいるが、十代前半の者はいない。それと同時にここまで腕が立つものも。

 それにしても、この少年の目的は誘拐なのか?

 もし殺人を頼まれているのならばとっとと殺しているはずだ。喋っていたら情も少しはわいてくるはず。なのに、少年の場合、少しも脅しているような雰囲気ではないはずにも関わらずいつだって何の躊躇いもなく彼を殺せるだろうと確信できるような人間。

「さっきあんなこと言ってなんですけど、僕の目的はお金でもあなたの命でもありませんよ。つまり誘拐でも殺人でもない。背後に何らかの組織なんてありません」

「じゃあ、目的は一体何なのかな?」

「特には。頼まれごとをされて、偶々それが気に入ったのでそれをしようと思っているだけです」

「頼まれ、事?」

 それを聞いて思いつく人物がいたが、直ぐにその考えを打ち消した。

 人に頼みごとをするようなロマンチストじゃないし、そんなことをするならば自分で、自分の口で伝える様な人だ。尤も、今それを行うことは不可能だろうが。

「そう、頼まれ事。今ここにとどまっているのはそれだけが理由です。と言っても実は頼み事といっても半分は僕への願いみたいなものなんですが。いつも貴方のことを話す時言っていた言葉があるんです。あの人は言う気が無いらしいし、いい機会だから僕が言っちゃおうかなって」

「え?」

「もうわかっているんでしょう?」

 純粋な笑みとも少し種類が違う可愛らしい笑みを口元に乗せて、少年はナイフを後ろに引いた。

 それに少しだけ驚き、男の声に少しだけ動揺が出た。

「ユーリ・クライン。本名かはわからないけど、知ってるでしょ?」

 謳うように、からかうような調子で言われた彼の名前に、男はその名前に軽く目を見開いた。




 引き摺られるように路地裏からレストランへ連れて行かれ、半分強制的に注文をさせられた後に、やっと少年はユーリとの関係を明かした。

「改めまして、ユーリ・クラインは師匠であり、僕はその弟子です。如月カイさん」

「私の名前を知っていたのか?」

「知ってますよ。偽名かと思ってましたがその反応を見る限りは本名みたいですね。ユーリのも」

 カイはその言葉に頷いた。ただ、カイが知っていたのはユーリという名だけでその名字は知らなかったのだが。基本的に彼は名は名乗っても、名字は名乗らなかった。

「それにしても、あいつの旅に同行者がいたというのは初耳だよ。追跡させようとしても一年前から全く掴めなかったから」

「その追跡してた人間を屠ったのは僕ですよ。邪魔だったのでつい」

「成程。向こうから手紙をもらって何とか依頼を何個か送るくらいだったから」

「へぇ。あの人そんなことしてたんですか」

 カイの名前を知っていたがそのことは知らなかったらしい。よく知っているのか、それともあまり知らないのかが全く読めない。

 そんな考えを読んだかのように少年は言葉を声に出した。

「知っていることは割と少ないですよ。組織に関しては仕事内容とかをかいつまんで聞いただけで詳しくは全く知りません。あの人が教えてくれたのは基本的に技術が殆んどでしたからね」

 コーヒーを口に入れ、口に入れた一連の動作をカイは静かに見ていた。その様子に対し少年は軽く笑うと、その中に一つ砂糖の塊を入れた。

「信用してませんね?」

「すぐに信用しろ言うのは少し無理じゃないかな」

「それもそうですね。じゃあこれに見覚えはありませんか?」

 首に着けていたらしいネックレスを外し、それをカイの前に差し出した。少年が首に着けていたネックレスには何かの青い色の宝石だけがついている隣に指輪がさげられていた。

 カイが見知っているのは指輪の方だ。ユーリが人差し指に着けていた純銀製で作られていて、装飾などダイヤモンドが一つだけ内側に少し見える程度にしかないシンプルなものだが、自分で作ったから多分世界に一つしか無いと言っていた指輪だ。何処か強烈に印象を持つような指輪だったせいか頭に焼き付いている。目の前にあるのは紛れもないそれだった。

「こっちのネックレスはユーリからのプレゼントですが、こっちの指輪は形見にもらったんです。僕が気に入っていたから何時かあげると言ってくれたので」

「……信じるしかないね。これの事は鮮明に覚えてるよ」

「あれ、信じてくれるんですか?僕が殺して奪ったかもしれないんですよ?」

「あいつを殺した人間は全員死んだらしい。それに、もし君が殺したとして君が殺した人間の持ち物を持ち歩く様な人間性があるようにはとても思えない。殺した人間の名前も同様にすぐ忘れるだろう?」

「酷いですよ、それ」

 そう言っているが、少年の態度も声も表情も傷ついているとはとても思えない。

「あの人の最後がどんなだったか知りたいですか?」

「別に、どんなだったかに興味はあまりないかな。必要なのは結果だけだよ」

「なるほど、確かにあの人の言った通りの人だね」

 また首にネックレスをかけなおし、見えないように隠す都会に少しだけ微笑んだ。

 ユーリが言った通りという言葉に引っ掛かるものを感じないわけではなかったが、特に気にすることも無く飲み物を口に運んだ。

「それじゃあそろそろ本題に入りましょうか。料理も来たみたいですし」

 イギリス語に切り替わったそれに、一体どれくらいの言語を知っているのだろうかと不思議に思った。この年でロシア語とイギリス度の両方をこうも簡単に使いこなせるような人間、そうはいないはずだ。

「そうだね。ところで君は一体何歳なのかな」

「こう見えても十九ですよ。あの人と会ったのが多分十八で一年ほどたちましたから」

 その言葉にカイはついその顔を凝視してしまった。童顔という訳でも身長が低いわけでもないが、とても十九には見えない。東洋の血でも入っているのだろうか?

「見えないね」

「よく言われます。自分でもちゃんと覚えてないですがそれくらいは生きてますよ」

「じゃあ悪いけど、本題に入ってくれるかな」

「そうですね。僕を組織に入れてくれませんか?」

 その言葉には正直耳を疑った。それと同時に問いかけるように、カイの瞳に疑心の色が浮かんだ。出会ってまだ間もないが、この少年が組織に属するようなタイプではないことはよくわかる。

「どういうことかな」

「これがユーリの最初で最後のお願いなんです。一先ずは組織に居ろっていうのが。一先ずってどれくらいなんでしょう。わかりますか?」

「それは……君の身が危ないからかい?でも私の所に預ける理由がわからないね」

「あの人が何をしていたか詳しくは知りません。でも、詳しくはです。何処に行ったのか、何をしていたのかで予想は一応ついてますよ。それを僕は言うつもりはありません。たとえ死んでもね」

 淡々と事務的なことを言うように言葉を紡ぐその姿はやはり見た目にあわない。教えてくれた十九という年齢にもそぐわないだろう。

「それで、あなたはどうしますか?僕の希望ではなくユーリの希望なので断られたら僕は食べてすぐに帰りますけど」

「そうだな、君に来る気があるなら来てほしいな」

「そうですか。じゃあ交渉成立ですね」

 あっさりとそういい、少年は目の前に出された肉を口の中に入れた。カイもそれと同じものを頼んでいるので、肉にフォークを突き刺した。

「それで、僕に伝言とは?」

「ああ、『いい加減、いもしない神に助けを請うのは止めた方がいい。罪なんかを背負ったって意味を無いことくらいあいつもわかっているはずだろ』。これがあなたへの言の葉です」

「……そう、ユーリらしいね」

「バカだ。とも言ってました」

 にっこりと笑ってとどめともつかないような言葉を吐くそれは悪魔のようだ。

 カイは英語で少年に問うた。

「それじゃあ最後に、君の名前はなんだい?」

「真崎音和。日本の言葉だから名前が音和ですよ」



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