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TS転生して勇者の母親になるそうです☆  作者: uyr yama
TS転生して勇者の母親になるそうです☆
8/12

どこか、とおく







光の中、愛らしい赤ちゃんがきゃらきゃら笑いながら手を伸ばす。


(この子はいったい、だれ?)


少女はそう思いながらも、赤ちゃんの手をとった。


「きゃうー、きゃうーっ」


嬉しそうに歓声をあげる赤ちゃんに、少女は頬笑みながら


「ねぇ、あなたはだぁれ?」


と問いかける。

もちろん、答えなんて期待していない。

ただ、少女は赤ちゃんとの触れ合いが楽しく、嬉しく、心地よく。

椛みたいな小さな手をキュッと優しく包み、少女はその柔らかさにうっとりしながら頬に可憐な唇を押し付けた。


でも、答えは────アレイド────返って来る。


少女は、「えっ!?」と驚きの声を漏らした。

だって、赤ちゃんが喋るわけない。

でも、確かに声は聞こえた。

そう、この子の、奥から……



(おかーさん、ぼくは、アレイドだよ)


そして、もう一度。


「おかあさん? 私のこと?」


(おかーさん、おかーさん、おかーさん)


「そう、あなた、私の、赤ちゃんなのね……?」


少女は愛おしげに赤ちゃんを抱きしめ……


「……ぇさまー」


頬ずりしようと先程キスした頬に、自分の頬を押し付け……


「お姉さまー!」


そこで、ハッと目を開けた。

目に映るのは、唇を尖らせた義妹の顔。


「もうっ! お姉さま、やっと起きたっ!」


不平満々に捲し立てる。

でも、少女はそんな義妹の様子に気づかない。


「夢……だったのですか?」


どこか夢心地にそう呟く。

だって、アレはあまりにもリアルで……













「……お姉さま? どうなさったのですか?」


せっかく遊びにきたのに、当の本人はお腹を撫でながら夢心地。少女は不満で仕方ない。

でも、でも……お姉さまはとても幸せそうで、そんなお姉さまを見ているのは、嫌いじゃない。


そう、嫌いじゃない。

嫌いじゃないけど、お腹の子供ばかりなのは、腹が立つ。

もっと私も見て欲しい。

だから少女は可愛く小首を傾げ────こうすると、お姉さまは優しく微笑みかけてくれるから────お姉さまの意識が集中している大きく膨らんでいるお腹に覆いかぶさった。

もちろん、優しく、そっとだ。


むかつくし、気に食わないけど、あれでもお姉さまの大切な赤ちゃん。

危険な目に合わせるのは本位じゃない。

いずれ決着つけるにしても、それはもっと未来の話。




「あのね? この子の名前、決めたわ」


唐突に、思いもしない言葉。

少女は驚きに目をパチクリ瞬いた。

だって、産まれてきて、お顔を見てから決めるって言ってたのだ。

なのに、どうして?


「アレイド。この子の名前は、アレイドよ」


明らかに男の子の名前だ。

もしも女の子だったらどうするんだろう?

少女はそう思うも、義姉の妙に確信めいた自信に何も言わず。


「夢でね、この子に会ったのよ」


ただ、この義姉の言う事だ。きっとそうなのだろう。


「好い名前ですね。きっと立派になるに違いありません!」


心にもないことを嘯きながら、少女は大好きな義姉を見上げた。

義姉は、そんな少女の髪を愛おしげに数回撫で。


「立派になんてならなくてもいいわ。ただ、幸福になってくれればいいのよ……」


もちろん、アナタもよ?

最後にそう付け足し、まるで聖母のような頬笑みを向けられた少女は、嬉しそうに義姉の胸に顔を埋め、喜びと羞恥に染まった頬を隠した。





大河ドラマ『リィア~聖母と呼ばれた少女~』公式ノベライズより
































朝、横向きになって寝ていた私は、日が射したのを切欠に、ゆっくりと目を開ける。


もう朝か……


目をこしこしと数回擦り、スプリングなんてない少し硬めのベッドに手を置き、


「よっこらせっ!」


と腹筋に力を入れて、そっと身体を起こす。

寝方、起き方、ありとあらゆる日常の動作が、大きくなったお腹の赤ちゃんの健やかな生育のためだけに行われている今日この頃。


思い切り布団の上でゴロゴロしたいのー!


などと心の中で絶叫しつつ、ベッドから抜けて床に足をつける。

踝の辺りがジクジク痛み、辛い。

なんていうか、産み月が近づいてきた今日この頃、お腹がやたらと大きくなってきたのと比例してるのか、身体のあちこちがボロボロだ。

今の自分の状態に、時々頭を思い切り掻き毟りながら、大声で泣き叫びたくなる。

起き抜けだからなのか、それとも別の何かのせいなんだろうか?

訳も分からず、ツツゥっと頬に涙が伝った。

私はそれを乱暴にゴシゴシすると、何事もなかったように立ち上がった。


少し……本当に少しだけストレスを感じてます。


例えば……水。

毎日毎日、水を汲みに行くのがしんどいです。

下水が完備されてるだけマシだけど、これでトイレまで中世ヨーロッパ式だったら暴れてた。


次に食事。

冷蔵庫が無いのは、なんていうか……

慣れたらそうでもないんだけども、ふと思うんです。

冷蔵庫があれば、もう少し楽に生活できるのにと。


後は、照明とか、コンビニとか、娯楽とか、薬とか、病院とか、交番とか……上げだしたらキリがない。


「はぁ……」


重く、ため息を吐く。

これが前世男だからくるのか、それとも女の人なら大抵こうなるのか。

情緒不安定な私、リィアは、ぶっちゃけた話、出産間近になって怖気づいてきたのだ。まったく情けない。

私は「うんしょっ」と立ち上がり、とんとん、と腰を叩くと、


「なんか最近、妙におトイレ近いんですよねー」


と独り言しながら、朝のおトイレに行ったのでした。

























寝る前にあらかじめ桶に張っておいた水で手を洗い、次に顔をぱしゃぱしゃする私。

いつも思うのだけれど、やっぱり水道を考えた人は天才である。

一度失ってみて初めて分かる文明の利器。現代日本が恋しくて仕方ない。


「あ~あ、アイス食べたいなぁ」


ハー○ン●ッツやガ○ガリくん、雪見だい○くにピ○。

もうぼんやりとしか思い出せない。前世の私の好物だ。

……あれ? 好物っていうほどではなかったっけ。

でも、今思えば、すんごくおいしい食べ物であったような気がする。

そう、例えば単なるカップラーメンだとしても、この世界の、この時代の、どんな食べ物よりも……




  おいしかった




「はぁ……」


今日起きてから数度目のため息。

だけども私はすぐに首を振り、パンパンと頬を叩いて気合を入れた。

そして、


「んっ!」


小さくガッツポーズ!

失われた世界。手の届かない幻。

そんな物を恋しがってもしょーがない。

今の私にはしなきゃならないことが山ほどある。

というか、やらないとただ不快になるだけなことが。


一度サボって、それらを放置しとことがあるんだけど……まあ酷かった。


古い水が腐ってヌメリ、部屋は埃だらけで虫がわく。

およそ妊婦さんが住まう家ではなくなって、その内食料までもが「はうあ~」って感じの「うにょら~」である。

なにを言いたいのか分からないかもしれないけれど、分からない方が幸せです。そんな状況。

それ以来、私は家事をサボるのをやめた。

っていうか、よくよく考えてみれば、どうせ大してすることなんてないのだ。

家事やってる方が暇を潰せていいってものです。


「ね~♪」


と可愛く小首を傾げた私。

中の人が30近い男の経験ありだとは到底思えない仕草である。

まあ、今の私は可愛い可愛いリィアちゃん。あーんど、お腹のあーちゃんです。

ちなみに『あーちゃん』っていうのは、あかちゃんの略。

ミモザちゃんに名前を聞かれた時に、とっさに出た名前ではあるのだけれど、産まれてきてくれたなら、このあーちゃんから名前をとって、『アリア』にしようと思う今日この頃。

多分だけど、あーちゃんは女の子だと思うから。

だってね? あれだけ元気だったあーちゃんが、最近はあまりお腹の中でゴロゴロしないのだ。

なんていうか、おっとりしてきたって感じ?

だから女の子かな~って思うの。


でも、この子の将来を思えば、女の子として産まれて来るより、男の子として産まれてくる方が実はいい。

地球はヨーロッパの中世を思わせるこの世界。

女が生きるには色々と大変です。

なんせ、もっともいいのが結婚することで、経済に恵まれてる男に嫁ぐか、その妾になるのが一番幸せと考えられていて、自分の思い通りに生きることが、とてもとても難しい。

元の世界の物語に、愛する恋人が、貴族の横暴により連れ去られ、その貴族を倒して恋人を取り戻す。なんていうのがよくあった。

この手の物語を読んだ人は、権力を笠にきて女の子を好き勝手しようとする貴族の卑劣さに腹を立て、それを助けようとするヒーローがその貴族をボコボコにするのにカタルシスを感じるものだ。

でも、現実は違う。連れ去られた女の子の多くは、元の恋人なんかより、例え愛人や妾にしかなれなくっても、権力や金銭を持っている貴族や大商人を選ぶのが普通である。

恋愛なんて言葉は、よほど生活に余裕のある世界にしか通用しない言葉で、実際にはまず、生きるために結婚相手を選ぶのだ。

私の元いた世界の国、日本でも、恋愛結婚が主流になったのは昭和の後期である。

それ以前は、周囲の者達に勧められての見合い等で結婚するのが主流だったのだ。


そう考えれば、王様に監禁されてた私の、なんて恵まれていたことか。

無論、それはこの【時代】での常識である。

まあ、あの日本の平成に生きた経験のある私にとっては、恵まれているどころか屈辱でしたが……

それでも、あの人には感謝もしていた。だって、私に、この子をくれたから。


私はあーちゃんのいるお腹を数回なでなですると、


「だーっ!」


右手を高々と上げて気分を入れ替える。

気合充填、やる気MAX!

今日は天気も良好だし、ささっと水汲みすませてしまおう。

雨の日の水汲みの大変さを考えれば、本当に晴れの日はいいものです。

これが日照りクラスになったら問題だけど、現状、そんな心配はあまりなく。

それどころか、最近噂されてる面倒事の多くは、魔物の多出と、魔王復活の予兆観測程度である。

魔物はでっかいトカゲさんとかいるんだから、まあ野生生物的な意味でいるんでしょうけど、魔王だってー。ぷぷっ。ウソくさっ。


そんなウソ臭いことよりも、ご飯をぱぱっと食べ終え、内職の繕い物を終わらせて、港でチョッパってきた固めの糸を使った網戸を完成させるのだ!

これさえ出来れば、虫さんに悩まされるのも減るだろう。

それは、妊婦さんである私の精神的な平和にとって、とてもとても大切なことだった。




























太陽が頂点に達そうかという頃、私は硬い黒パンに豆と小魚の塩スープで昼食を終わらせ、朝から続けている繕い物を終わらせよう針と糸を手に取る。が、そこでふと思った。

今日はせっかくの晴天である。内職はこの程度にしといて、お外に散歩に行こう!

妊婦さんに必要な適度な運動は、水汲みを始めとした家事全般で、十分していると考えて問題無い。

だけども、散歩の運動と家事の運動は別だと思う。主に心の問題ですが。


私は針と糸を裁縫箱にしまうと、カタリと小さく音を立てて椅子を後ろに引いて立ち上がり、腰を数回、とんとん、とババ臭く叩いて軽く伸びをしてから玄関へと足を向けた。

途中、身体が冷えないようにケープを羽織り、いざ、外へ! と扉に手をかけた瞬間でした。私がドアの取っ手を掴むよりも速く、その扉が外側に向かって引かれたのは。

私は少し前のめりに体勢を崩しながらも何とか踏ん張り、でも今度は逆に、


「ねーさまーっ!」


玄関の扉を勢いよく開けるなり、私を発見、即突撃!したミモザちゃんのアタックに、ごふっ、と軽く咳き込みながら後ろに数歩たたら踏む。


ミモザちゃんの突撃……転ばずよく耐えたわたし偉い。褒めろ。


だって考えてみて欲しい。

私11才。でも身体年齢はミモザちゃんと同程度である。

しかもお腹には赤ちゃん。だから褒めろ。


と誰ともなく心の中で訴えながら、


「あ、危ないから、もうやめてね……?」


と、いちおー注意する涙目の私。

悪い事は悪いとはっきり言い、危ないことはやめなさい! と怒ってあげる。

そう、しっかり注意するのは大人の……ってか親の義務だ。

これから母親になるというリィアちゃん。この辺りはしっかりしないといけないと思います。

でもなんていうか……前世の日本人的なサラリーマン体質というか、はっきり注意できずに日和ってしまう。

私って情けないなぁって思っていると、ミモザちゃんがシュンとして、


「ねーさま、ごめんなさい……」


キチンと謝罪の言葉を発した。


ほんとう、なんてイイ子なんだろう。

私は思わずミモザちゃんをギュッと抱きしめた。


「ミモザはちゃーんと謝れるイイ子だねっ」


どこぞの世界のどこぞの国の悪ガキ共に、この子の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい物です。


「うんっ、ミモザ、イイ子だもん!」


はにかみながらそういうミモザちゃん。まるで天使のよう。

チラリと『チョロイですわ~』なニヤリ笑いが見えた気がするけど……うん、きっと気のせいだ。

私の子供も、ミモザちゃんみたいな可愛い子がいいなぁ。



「ねーさま、これ、おみやげだよ!」


そう言って差し出した麻袋の中から、あま~い果物の香りがしてくる。

ついでにいえば、お付きのメイドさんの手には、ミモザちゃんのお兄さんが開発して売り出しているとかいうボードゲームがいくつか。


今日はこれで遊ぼうということか。

お外に散歩しに行って、ついでに今日の晩ご飯のおかずをゲットしたかったんだけども……うーん……ま、いっか。今日は芋の塩ゆでバターのせに、あとは黒パンで我慢しよう。足りない栄養はミモザちゃんのおみやげでなんとかなりそうだしね。


「ありがとう、ミモザ。アナタも、どうぞ中に入って」


私は、「よいしょ」とミモザちゃんを持ち上げクルリと身体を半回転。

リビングの方へと向き直し、お付きのメイドさんに中に入る様にと促した。

何をするにしても、玄関よりは中の方がいいというものだから。


なんて思いながら歩いていると、軽くジクリとお腹が痛みだす。

汚い話だけども、お腹を壊した下痢痛みたいな鈍痛である。


あれ? 昼食、なんか古いの使っちゃったんだろうか?


……ない。ありえない。

今の私は、食事とかむっちゃ気をつけてるし。



「ねーさま、どしたの?」


突如調子を崩した私に気づいたミモザちゃん。

お付きのメイドさんと一緒になって心配そうにしてくれるも、私は首を振って、


「んーん、なんでもないよ」


と答えて、妹みたいな優しい少女の手を、ギュッと握った。



















調子の悪そうな私を気遣ってか、いつもはただ黙ってミモザちゃんの後ろにいるお付きの人が、私に代わって台所でおみやげの果物を切ってくれている。

私はそれを横目に見ながら、ミモザちゃんの対面に座っている。

2人の間にあるテーブルの上には、そのミモザちゃんが持ってきたチエスと呼ばれるゲームの盤。

ぶっちゃけ、前世の世界にあったチェスみたいなもんである。

みたいな、っていうのは、私がチェスを知らないからだ。

ついでにいえばミモザちゃんのお兄さん、他にも囲碁みたいなのを開発して売り出してるらしいんだけど、これもまた私は前世ではやったことなく、これが囲碁なのかどうかは不明なのだ。

なもんですから、9才の幼女にチェスや囲碁っぽい卓上ゲームを教わるのは、30近いおっさんの経験がある私にとって、何気に軽く屈辱だったりする。

でも、そこは(元)おっさんの意地ってもんがあります! 実際の勝負では、ずぇーったいに! 負けてやんないのだ!

なにそれ大人げないと言うなかれ。人にはけして退けぬ物があるのです。

簡単に言うならば、『姉より強い妹などあるものかー!』です。

でも、今の私は正直言ってそんな意地なんて張ってる余裕はない。

ジクジク痛むお腹が、どうにも集中力を削っているのだ。

いつもなら、負けそうになっても、あの手この手と精神的に揺さぶりをかけて貪欲に勝利しにいくのですけど……


「ねーさまぁ、だいじょーぶぅ?」


「え、ええ……大丈夫よ、ミモザ……だいじょぶ……」


表情筋を笑みの形で固定するのが精一杯で、とても心理戦なんて仕掛ける余裕はない。

……ううん、その作り笑いすら、10才にもならないミモザちゃんに見抜かれるくらいだ。今の私の不調は相当なものだろう。

だけど額に滲む汗を何食わぬ顔で拭き、駒を動かす。

メイドさんが、おみやげのデザートが盛られたお皿を並べながら心配そうに私を見ている。

それでも私は平気な顔を崩さない。

そんな私を見かねたのか、


「あ、そーだ。あのね、あーちゃんの名前、決まった?」


と、終盤に達し、しかも初勝利間近のチエス盤を、ミモザちゃんは横にやった。

後に……そう、5~6年経ってからこの時の話を蒸し返されたのだけど、この時ミモザちゃんが勝利を捨てたのは、こんな状態の私に勝っても、それは勝った内に入らないからだそうだ。

可愛い顔して、本当に負けず嫌いな子である。つか、心理戦に持ちこまないと勝てない私、かっこ悪い……


「アリアよ」


「女の子の名前だね。男の子だったらどーするの?」


「さあ……どうしようか……」


女の勘(笑)で女の子と確信している私です。

当然ですけど男の子だった時の名前は考えてない。

というか、ジクジクした痛みの感覚が狭くなり、段々と余裕がなくなってきた。

それでも必死に笑顔を保ったまま、メイドさんが切り分けてくれた果物に手を伸ばし、口へ運ぶ。

口の中に広がる甘酸っぱい柑橘系の味が、私のささくれ立ちそうな心を爽やかに晴らしてくれたけど、それもほんの一時だけ。

ついには、あまりの辛さからガタンとやや大きめな音を出してテーブルに手をついた。


「ね、ねーさまっ!」

「リィアちゃんっ!?」


ミモザちゃんとメイドさんの悲鳴じみた絶叫が鼓膜を震わせる。

私はそれを右から左へと聞き流しながら、ようやく……本当にようやく気付いた。


これ、陣痛だ……!


「う……産まれ……る……っ、あかちゃん、産まれちゃう……っ!」


ああ、くそ、なんてこったい。

なんで気づかなかった? どうして分からなかった?

私が男の精神を持っていたから? それとも皆最初は分からないものなのか?

ああ、違う。こんなどうでもいいことは後でいくらでも考えられる。

それよりも速く、教会に……安心して出産できる場所に行かないと……

教会は、産めや増やせやと奨励してるから、こういう時、とても頼りになるのだ。

だから、早く行かなきゃ……じゃないと……





  公開出産ショーになっちゃいます☆





そんな一生モンの恥辱、いーやーだー!


私は顔を蒼ざめさせながら、焦燥めいた気持ちをグッと堪え、椅子を乱暴に引いて立ち上がった。

だけどその瞬間……バシャッ! と大量の水が私の中から吐き出され、辺りに生臭い臭いが充満する。


「ねーさま死んじゃうー」と大声で叫んだあと「ぎゃああああんっ!」って怪獣みたいに泣き出したミモザちゃん。

「qあwせdrftgyふじこlp」となに言ってんのかわけわかめで頼りにならんメイドさん。日本語喋れ。日本じゃないけど。


あれだ。自分よりもパニくってる人間見ると、なんか冷静になれる。

ようするに、他人を頼るな自分で何とかしようぜ。例え破水しようとも。ってことさー。


と、どこか遠く2人を見ながら、心底そう思った。






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