epilogue bridge 【10/10 改訂版】
2012/1010
加筆修正しました。
どれくらい寝ていたのだろう?
私はダルイ身体を少し起こし、周囲を見る。
寝惚け眼を擦りながら、首をカクンと傾け、
「……あれ? ここどこだろ?」
と疑問の声を上げた。
視界の端に引っ掛かる、『ガラス製』の窓。
元の世界では普通にあったこれ。
でも、この世界では結構珍しい高級品である。
こんなの、私の家には当たり前の様にありません。
(貧乏ってやだな~)
って思いながら、耳に指を入れてほじほじ。
お嬢様らしくないその行為。
だって、耳鳴りがキーンって酷いんだもん。
つか、もうお嬢様じゃないんだから別にいいと思うの。
などとやっていると、私が起きたのに気づいたのか、ミモザちゃんがトコトコ歩いてやって来た。
「────ま、だい────か?」
なんか言ってるんだけど、耳鳴りのせいでなに言ってんのかさっぱりです。
とりあえずコクンと頷き、適当に誤魔化す私。
正直な話、ミモザちゃんがどうこうよりも、しなきゃいけないことがある。
すなわち、ここどこだろう? という疑問を解消するのが先なのだ。
私はミモザちゃんが大事に抱っこしている『何か』に気づかず、窓ガラスの向こう側を見た。
「────なの子────リアじゃ────するの?」
ミモザちゃん、ちょっと静かにしてください。
口に出さずに心の中でそう言いながら、意識は視線の先に、釘付けだ。
んと? 何か……ある。
私は近眼みたいに目を細め、それが何か確かめる。
「あれ、井戸……?」
だよね?
そう、いつも水汲みに来る、井戸。
ってことは、ここは教会で……
と、ここでようやく寝惚けた頭が起動した。
そうだそうだ。私ってば、ここに出産しに来てたんだっけ……って、赤ちゃん!
私はバッと窓から視線を外し、ミモザちゃんの方を見た。
そこでようやく気づいた。
ミモザちゃんの腕の中の何か。あれって、もしかして、もしかするんだろうか?
私は慌てて身を乗り出し、ミモザちゃんの腕の中を覗き込む。
すると白く柔らかい布に包まれた赤ん坊ががそこにいた。
ふわふわな金色の髪。寝ているのか、ぴったりと閉じたまぶたが、時折ひくひく動いてる。鼻をぴすぴすさせて、呼吸もしっかりしてるみたい。
ああ、生きてる、動いてる! 私の……あーちゃんがっ!! いや、違う。もうこの子は、アリア……
「アレイドかぁ……男の子らしいかっこいい名前だね!」
「……アレイド?」
「うん、アレイドっ」
「……へ?」
女の子でアリアちゃんじゃなくって、男の子でアレイドくんっていうらしいよ! この子!
なんで?
と思った瞬間、耳鳴りが酷くて適当に返事を返したのを思い出した。
お腹の子が女の子だと思い込んでいた私が、名前をアリアと付けていたのを知っていたミモザちゃんは、男の子だったと知ってこの子の名前をどうするのかを聞いていたのだろう。
で、その時の私は、なんと答えた……?
そう、井戸を見ながら『あれ、井戸……?』である。
……これは酷い。
将来、この子に名前の由来を聞かれたら困ること請け合いである。
うん、まずい。このままじゃ、この子がグレてしまう!
私はタラリと汗をかきかき、名前の変更をしようとミモザちゃんに視線を向けた。
するとミモザちゃんは、
「おねーさま、だっこする?」
と可愛く言った。
私は思わず、
「うん! ちょーだい!」
そう元気良く答える。
ミモザちゃんが可愛いというのもあるけれど、それ以上に抱っこしたいって思ったのだ。
だって、この子は私の赤ちゃん。
なのに、まだ抱っこしていないのだ。私はお母さんだというのに!
これは問題である。ちょー問題である。ゆゆしき問題である。
だからお母さんとして即刻抱っこしないといけないだろう。
私はバッと布団を跳ねのけると、ミモザちゃんの腕の中の赤ん坊を受け取る為に腕を広げた。
「そっとだよ? そ~っと」
慎重に、慎重に。
ミモザちゃんの言う通りに、そ~っと受け取る。
ずしりとした重さ。こんな重いのが私のお腹の中にいたのか。
そう感動する。なにより、
「ふわ~、や~らかい……」
そう、とっても柔らかい!
ぷにぷにする頬をもっと堪能しようと、自分の頬を押し付けて、すりすりすりすり。
なんだろう? すごく気持ちが良い。幸せって、こういうのをいうのかもしれない。
あまりの心地好さに夢中になってしまう私に、
「首が座ってないから、気をつけてね?」
ミモザちゃんが心配そうに注意する。
私は素直に一旦止めると(当然あとでこっそり慎重にすりすりするのだ!)、
「ごめんね~」
そう言って、おでことおでこをコツンとする。
ああダメだ。ウチの子、最強に可愛い!
ちょっとおさるさんみたいだけど。
「さるじゃないよ! アレイドくんだよ! おねーさまが付けたんでしょ!」
心の中で言ったつもりが、口に出ていたのだろう。
ミモザちゃんの注意が再び飛んだ。
私はえへへと笑って誤魔化すと、
「アレイド……」
ポソリと仮の名前を何度か呟いた。
アレイド、アレイド、アレイド……
落ち着いて考えてみると、結構いい名前である。
なんていうか、物語の主人公みたいで。
そういや、この子のお父さんの名前は、アストランデイルだったっけ。
久しぶりに思い出した。っていうか、すっかり忘れてた。
にしても、このタイミングに思い出すとは、少し運命を感じてしまうロマンチックな私。
なんとなくだけど、響きも近い気がするし。
一生涯会わせるつもりはなく、またどちらにせよ一生涯関わることのない雲上人の父親の名前と。
だとしたら、この名前は運命なのかもしれない。
例え『あれ、井戸……?』からきていたとしても。
アレイド、アレイド、アレイド……
もう一度、ポソリと何度か呟いてみる。
この子の名前として、とてもとてもしっくりくる。
うん、アレイドにしよう。
ミモザちゃんの中でもすっかりアレイドみたいだし。
将来、名前の由来を聞かれたら、死んだお父さんの名前からとったのよ? とでも言えばいいだろうし。
「アレイド……」
大好きよ。
愛しているわ。
私の、たったひとつの、大切な宝物。
そう思った瞬間、私の中にしつこくこびり付いてた【男】の部分が、この時、きれいになくなった。そんな気がした。
私はもう、前世が男の幼女なんかじゃなく、腹を痛めて産んだアレイドの母なのだ。
アレイドを抱っこして、母だという自覚がしっかり出来た証拠なのかもしれない。
そう、私は、アレイドくんのママになったのだからッ!!
「あっ! そうだおっぱい! おっぱい、いつやればいいんだろう……?」
「最初の母乳は、別の子のお母さんがあげてたよ?」
「んな!? だっこするのも、おっぱいあげるのも最初じゃないとか、ちょーがっくりきました」
「じゃ、じゃあ……ミモザがのむっ!」
「……え? だめよ? おっぱいちっちゃいんだから、あまり出ないかもしれないもの」
「え~っ やーだーっ!」
「やだって言われても……ねぇ?」
「おーっぱいっ、おーっぱい飲むのぉっ!」
なんか赤ちゃん返りしたミモザちゃんと、そんな騒ぎにも起きる気配ないアレイドくん。
アレイドくんはともかく、ミモザちゃんはあれかな?
2番目の子が出来たら甘えん坊になるっていうあれ。
すんごく泣きそうな目で私を見上げている。
……うん、私の負けです。
「んもう! 仕方ないないなぁ。ちょっとだけよ?」
アレイドくんを抱っこしたまま、絶妙なバランスで、上着をはだけさす。
淡く膨らんだ、いかにもロリんなおっぱいに、えへ~ッと満面の笑みを浮かべるミモザちゃん。
ああもう! ミモザちゃん可愛い!
「いっぱい飲んだらダメよ? ちょっとだけだからね?」
でも、しっかり釘を刺すのも忘れない。
放っておけば、全部飲まれてあぼ~んしちゃいます。
ミモザちゃんも、その辺はよ~く分かっているのか、
「うんっ!」
と元気よく返事を返した。
そして、私が抱っこするアレイド君を押し退けるように抱きついて、私のおっぱいにしゃぶりつく。
やさしく、どこまでも優しくちゅーちゅーするミモザちゃんに、私の心はどこかふんわり。
友達がいて、可愛い息子も出来た。
ああ、なんて幸せの階。
チラリとベッドの頭の方を見れば、そこには『お守り』が置いてある。
(ん、かーさん。私、大丈夫。幸福になれそうだよ)
窓から差す光がとてもまぶしく、私とアレイドの明日を祝福してくれているみたいで、私は……すごく、すごく、幸せだ……
きっと、貴族の令嬢でいるよりも。
きっと、王様の妾妃でいるよりも。
きっと、きっと、きっと……
遠く彼方の前世の母に、こっそりと報告する私。
そういや、今生の両親にも報告した方がいいのかな~?
答えは、いつか出さねばならねど、今はまだいい。そう結論付ける。
下手に連絡とったら酷い目に遭いそうなんて計算がばっちり働いてます☆
それよりも、大量に使われたらしい『回復魔法』の代金払えとかいう胡散臭い要求をこの後され、あまりに高い代金にぽか~んってなる私なんだけど……それはまた、次のお話。
「う゛んにゃーっ!!」
「あっ、やっぱりねーさま、ねこさんみたい……」
聖母リィアの遺した聖遺物に、摩訶不思議な文様が描かれた小袋がある。
彼女が48才の若さでこの世を去るまで、片時もその身から離さなかったと伝わるそれは、ただ一度だけその手を離れたことがあった。
それは、息子である皇王アレイドの妻セルディアーネが、第一子出産の時である。
皇妃セルディアーネは、聖母直々にその小袋を手渡され、感激に涙を流したと記録には残っていた。
出産後返却されるや、再び大切に手元に保管したと伝わる聖母リィアの話に、後の世の私達はこう考える。
この不可思議な文様の入った小袋は、彼女の愛する人であった、最後のマクガイア王、アストランデイル2世からの贈り物だったのだと。
そして、これこそが、現在行方不明といわれる、初代勇者が神から賜ったアーティファクト、その物なのではないだろうか?
いまだ何なのか解読不能なこの文様こそが、失われた神代の文字だと考えれば説明がつく。
きっと、持ち主を何がしかの不幸から守る意味が込められているのだ。
現在、その聖母リィアの聖遺物は、彼女の死後に、皇王アレイド直々に使われた永久凍結魔法により封印され、玉座の後ろに聖剣と共に安置されている。
年に一度公開されるそれは、恋人への変わらぬ愛と、皇妃セルディアーネの逸話からくる安産祈願の象徴として、当時のままの姿を、今なお私達に見せていた。
『TS転生して勇者の母親になるそうです☆』
これにて終了です。
ただ、『epilogue bridge』の通り、次に繋がります。
リィアがアレイドを出産するまでの時間軸にあったいくつかの話を、番外編として投下予定。
『リフィルディードアと魔法の世界』
厨二病患者であったリィアが、せっかく来た異世界で、どうして魔法を信じていないのか?
その辺の事情が、ついに明かされる!
他2~3本予定されてます。
そして……
『TS転生して勇者のママ、やってます☆』(全六話予定)
に続きます☆
18歳以上の方のみ宣伝
ノクターンノベルスにて、
『TS転生して勇者の母親シリーズ☆番外編☆』
が投下されてます。
本編『TS転生して勇者の母親になるそうです☆』の番外編にて活躍(?)した禿げたデブ親父……
ルブレッド・ルド・グランサームが死の間際に見た幸福な夢の話です。
よろしければご覧ください。
これにて、一旦、完結です。
みなさま、ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。