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小説 「 p 」 - 死刑囚、2080年から1582年へ  作者: /WoKoERu ( wokoeru )
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17/34

第22話 灰

/WoKoERu From Japan


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@wokoeru




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第22話 灰


梯子の上の通路から、看守たちの声が再び聞こえてきた。


夜が深まるにつれ、彼らの話し声は牢の石壁に反響し、Pの耳にくっきりと届いた。


「……あのバケモノ、(ノコギリ)にするって上方から決まったらしいぞ。村の連中が大勢見に来るそうだ」


一人が低い声で言った。もう一人が、鼻を鳴らして笑う。


「打ち首じゃ済まさねえな。獄門に晒して、首を木に吊るすんだろうよ。あの弱々しい姿で震えてる化け物が、公開で引き裂かれるところさ。楽しみだな」



笑っている。



Pは壁際に体を寄せ、膝を抱えたまま目を閉じた。


声は直接俺に向けられたものではない。


ただの看守同士の、少なくとも彼らにとって何気ない会話だ。

だが、それが胸の奥に小さな棘を残す。


些細な言葉の断片が、積もり積もって内側を静かに抉っていく。

頭の疼きが、ゆっくりと強くなってきた。NCC-7の首輪が熱を帯び、微かな振動が首筋から頭蓋骨へと広がる。


故障した装置が、脳内チップと連動して、俺の意識を少しずつ歪め始めている。


言葉と意図のずれ。

行動と意思の遅れ。


そして今、過去の記憶が、灰のように鮮明に蘇り始めていた。



視界が一瞬、白く染まった。





——2080年、東京湾地下刑務所 第13ブロック。


灰色の空が、常に粒子と排気を帯びて垂れ込めていた。

焼却炉の煙が立ち上り、V-17の患者たちが、脳内チップを通じて互いの苦痛を共有しながら、ゆっくりと腐っていく。



病院の前には死体が山積みになり、街は静まった。

言葉を発さず、ただ虚空を見つめ、崩れ落ちていく人々。


俺は独房のベンチに座り、それを監視カメラ越しに眺めていた。


生暖かい充足感が、下半身に広がる。


不思議な、疼くような満足。世界が静かに腐っていく様子が、俺の胸の奥を熱く満たした。

他の人間が絶望に沈む中、俺だけが違う反応を示していた。

「生きている価値…?」


研究者たちの冷めた声が、頭の中に響く。

「新種のサイコパス」

「実験体」

「データとして価値がある」

「JunkDNAの覚醒と故障したチップが、どのように精神を崩壊させるか……興味深い」



Pは牢の中で、ゆっくりと息を吐いた。

2080年の灰が、1582年の冷たい石壁に重なる。

どちらも同じだった。


脆く、虚無に満ち、言葉の棘に晒される世界。

看守たちの会話は続いていた。


「村の者たちも、安堵しているらしい。あのバケモノが村を襲った夜、女や子供まで容赦なく……。生きている価値など、ねえよ」


「ははっ、刑の日に、どれだけ泣き叫ぶか見ものだな。弱虫が、化け物面しやがって」



声が遠ざかっていく。Pの指が、膝の上でわずかに震えた。表面上は無表情を保っていた。


気の弱さを、誰にも見せないように生きてきた。


2080年でも、この時代でも、いつも平静を装い、

内側の衝動を押し殺してきた。



だが、今は違う。

NCC-7の故障が、それを許さない。頭の疼きが強くなり、首輪の熱が骨にまで染み込む。

記憶が、さらに鮮明に蘇ってきた。



2050年、幼い頃の動物園。檻の中での、人とライオンとの殺し合い。

幼い俺はガラス越しにそれを見ていた。ライオンが男の肉を引き裂く。血が噴き出し、絶叫が響く。

その時、下半身に熱い疼きを感じた。勃起し、奇妙な充足感に包まれた。



あの頃から、俺は「血と死」に充足を覚えていた。



2080年の人工ウイルスが世界を腐らせる中も、同じだった。

V-17の患者たちが、血と膿を流しながら痙攣する姿を見て、俺は興奮した。

他の人間が絶望する中で、俺だけが生きている実感を得ていた。


Pは壁に額を押しつけた。冷たい石の感触が、わずかに現実を引き戻す。

だが、疼きは止まない。首輪が熱を持ち、視界の端がまた白く揺らぐ。



梯子の音がした。


黒崎草玄が一人で降りてきた。彼は松明を立て、俺の前にしゃがみ込んだ。

目にはいつもの冷えた、しかし探るような光がある。


「また、記憶が蘇っているな」



Pは答えなかった。だが、口が勝手に動いた。

「……お前も、家族を失ったんだろう」



黒崎の表情が、一瞬だけ固まった。

すぐに元に戻ったが、そのわずかな隙は見逃さなかった。


Pの胸に、また小さな棘が刺さる。意図せず出た言葉が、黒崎の過去を突いた。



黒崎は静かに息を吐いた。


「そうだ。お前と同じように、失った。2080年で。妻と、子供を。」

「V-17の末期症状で、苦しみながら……お前が興奮したように見ていたあの光景の中で」



彼の声は淡々としていたが、底に抑えた感情が滲んでいた。


「だから俺はここにいる。お前を観察し、記録し、必要なら連れ戻すために。だが……お前が壊れていく過程を見るのは、復讐に似ている」


一瞬、牢の空気が歪んだ。黒崎の姿が、2080年の白い研究室の光に重なるような、短い幻覚。


タイムスリップの残滓か、故障の進行か。


Pは唇を強く噛んだ。頭の疼きが、首輪の熱と同期して激しくなる。


この時代も、あの時代も。結局、俺たちは同じ虚無の中にいる。家族を失った痛みさえ、俺にとってはただの「刺激」だったのかもしれない。



黒崎は立ち上がり、梯子に向かいながら小さく呟いた。



「処刑の日が近づいている。ノコギリか、獄門か……お前がまだ『P』でいられるうちに、決着をつけよう」


音が遠ざかっていく。


Pは暗闇の中で、ゆっくりと掌を見つめた。

2080年の灰と、戦国時代の血が、重なり合っていた。


看守たちの会話が、まだ耳に残っている。



「生きている価値?あいつに?」


「鋸」「獄門」。



頭の疼きが、静かに、しかし確実に深くなっていく。


Pは目を閉じた。インスピレーションのように蘇る記憶と、目の前の現実が、混じり合いながら、俺をゆっくりと侵食していく。


この先、どうなるのか。



処刑の日まで、俺はまだ「自分」でいられるのか。



それとも、故障した装置の中で、完全にずれていくのか。



暗闇の中で、Pはただ、静かに息をしていた。



───

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