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小説 「 p 」 - 死刑囚、2080年から1582年へ  作者: /WoKoERu ( wokoeru )
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15/34

第18〜20話 -首- "草玄"

/WoKoERu From Japan


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@wokoeru




*

© /WoKoERu All rights reserved.


第18〜20話 -首- "草玄"


虚無と侵食



牢の中で、俺は松明の炎を見つめていた。


炎は時折、大きく揺れた。


そのたびに、牢の壁に映った俺の影も、歪んで伸び縮みする。


頭の疼きは、まだ消えない。


痛みというより、もっと奥にある何かが、ゆっくりと脈打っているような感覚だった。


向かいには、黒崎草玄がいる。


2080年から来た男。


家族を失ったと、そう語る男。


そして――俺と同じように、何者かに利用されている男。


「なぜ、笑う」


草玄が言った。


低い声だった。


俺は薄く笑う。


「……面白いからだ。お前も、結局は同じ穴のムジナか」


黒崎の目が細くなる。


「同じ? ふざけるな。お前はただの化け物だ。血と肉と絶叫を求め、この時代を汚した。俺は……家族を守るためにここへ来た」


「家族を守る?」


俺は壁に背を預けた。


「お前が2080年から来た時点で、もう歴史は狂っている。お前がここにいることで、別の歴史が生まれる可能性もある。それでも、お前は来た」


黒崎は黙った。


松明の炎が、彼の横顔を照らす。


その表情には怒りだけではない。


何かを諦めた人間のような、冷たい疲労があった。


やがて、


「……お前は、俺が任務だけでここへ来たと思っているな」


と言った。


「表向きはそうだ。歴史修正。お前を捕らえ、2080年へ連れ戻す」


そこで黒崎は、一度言葉を切った。


「だが、実際の目的は違う」


松明が揺れた。


「2080年の組織は、お前がこの時代でどれだけ歴史を歪めるかを観察している」


「……観察?」


「そうだ。お前が暴れれば暴れるほど、歴史への影響が大きくなる。その変化を記録し、2080年へ持ち帰る」


俺は黙っていた。


頭の疼きが、また一段強くなった。


「つまり俺は、ここで暴れさせるために?」


「そうだ」


黒崎の声は冷たかった。


「俺はお前を連れ戻すためだけに来たんじゃない。お前をここに留め、壊させろと命じられている」


その言葉を聞いても、俺はすぐには反応できなかった。


壊させろ。


その言葉だけが、妙に耳の奥に残った。


「家族を失った恨みは本物だ」


草玄は続けた。


「だが、それすら利用されている。俺がお前を憎むほど、お前はこの時代に縛られる」


俺は彼を見る。


「……お前も、操られている」


「そうだ」


黒崎は答えた。


「お前も、俺もだ」


牢の中に沈黙が落ちた。


遠くで、誰かが咳き込む音がした。


それすらも、ひどく遠い世界の出来事に聞こえた。


「だが、俺はお前を殺したい」


黒崎の目に、初めて激しい感情が浮かんだ。


「心の底から殺したい。だが、殺せば実験は終わる。歴史は固定される」


だから、と草玄は言った。


「俺はお前を生かしておく。苦しませ、壊して、虚無に沈める」


その声には、憎悪があった。


同時に、自分自身への嫌悪も混じっていた。


「そしてお前が完全に壊れた時――俺はお前を連れ戻す」


それが、


「復讐だ」


草玄はそう言った。


「そして、2080年の連中にとっての『完璧な結果』になる」


俺は彼を見た。


「……お前も、結局は道具だな」


黒崎は薄く笑った。


「そうだ」


その笑みには、勝ち誇った様子などなかった。


ただ、自分自身にも向けられたような、乾いた諦めだけがあった。


その夜。


草玄が去った後も、俺の頭の疼きは続いていた。


牢の天井を見上げる。


何もない。


暗闇だけだ。


なのに、頭の中だけは妙に騒がしかった。


そして。


再び、梯子の音がした。


黒崎が降りてくる。


俺は彼を見た。


すると、


「……お前を、殺したい」


言葉が勝手に出た。


俺自身が驚いた。


そんなことを考えていたわけではない。


だが、


確かに俺の口から出た。


俺は自分の口元に触れた。


何故、そんな言葉が出たのか。


分からない。


黒崎は驚かなかった。


「……もう、始まっているんだな」


「何がだ」


「お前自身が、自分の言葉を制御できなくなり始めている」


彼の視線が、俺の首へ向く。


故障したNCC-7。


俺の首に食い込んだままの拘束装置。


そして、


2080年から持ち込まれた脳内チップ。


「故障したNCC-7と、制限された脳内チップ」


草玄は言った。


「タイムスリップの際に、両方とも正常な状態ではなくなった」


首輪が熱い。


微かな振動が、骨にまで伝わっている。


「お前は、自分の意思とは違う言葉を口にし始めている」


黒崎は淡々と続けた。


「行動も、思考も、少しずつずれていく」


俺は黙っていた。


自分の中にあるはずのもの。


自分だけが知っているはずの意思。


それが、少しずつ自分の手から離れていくような感覚だった。


「……お前は、俺を壊したいのか」


黒崎は首を横に振った。


「壊す必要などない」


そして、


「お前は、もう自分で壊れ始めている」


と言った。


「俺がすることは、一つだけだ」


黒崎は俺を見下ろした。


「それを、止めない」


また、梯子の音が遠ざかっていく。


俺は暗闇の中に残された。


しばらくして、


「……ここから、出たい」


と声が出た。


俺は眉を寄せる。


それも、


本当にそう思っていたのか分からなかった。


俺は、そんな言葉を口にするつもりなどなかった。


なのに、声だけが先に出てくる。


殺したい。


逃げたい。


壊したい。


そんな言葉や衝動が、


自分の意思とは無関係に、


形を持ち始めている。


俺は自分の掌を見る。


血の記憶が残っている気がした。


戦国時代の土。


肉の感触。


叫び声。


そして、2080年の静かな腐敗。


どちらも同じだった。


脆く、


簡単に壊れる。


人間も。


歴史も。


そして、俺自身も。


再び、


梯子の音。


草玄が降りてきた。


松明を持った彼が、ゆっくりと牢の底へ姿を現す。


「……もう、十分だ」


俺の口から出た。


だが、


俺自身はそんなことを考えていなかった。


黒崎は俺を見る。


「ずれが、はっきりしてきたな」


彼はNCC-7を見た。


「座標固定ユニットが不安定になっている」


そして、


「脳内チップとの同期も狂い始めている」


俺は何も答えなかった。


答えようとしても、何を答えればいいのか分からない。


「お前が『殺す』と思っていないのに、手が動く」


黒崎の声が牢に響く。


「『黙っていたい』と思っているのに、言葉が出る」


頭の疼きが強くなる。


首輪の熱と呼応している。


まるで、


装置が俺の思考そのものを掻き回しているようだった。


黒崎草玄は静かに続けた。


「2080年の組織は、お前をここへ送り込んだ時点で、この展開を計算に入れていた」


「お前が戦国時代でどれだけ歴史を歪めるか」


「そして――」


「故障した装置とチップによって、お前がどのように内側から壊れていくか」


それを、


「貴重なデータとして集めるために」


草玄自身も、


その言葉を口にすることに疲れているようだった。


まるで自分自身が、その計画の一部であることを認めることさえ、苦痛であるかのように。


「俺は観察役だ」


「家族を失った恨みは本物だ。だが、それだけじゃない」


「お前が完全に壊れる過程を記録する」


俺は掠れた声で言った。


「……お前は、俺を壊すために……」


黒崎は薄く笑った。


「違う」


「お前は、自分で壊れ始めている」


「俺はただ、それを止めない」


そして、


「処刑の準備も進んでいる」


と告げた。


その言葉だけは、妙に現実的だった。


俺は目を伏せた。


「この時代の人間は、お前をバケモノとして恐れ、憎んでいる」


草玄は梯子へ向かった。


「だが、お前が本当に壊れるのは、その前か――後か」


松明の炎が揺れる。


俺の影が、


牢の壁に長く伸びた。


黒崎の姿が消える。


また、


独り。


静寂が戻る。


頭の疼きが、


深く。


静かに。


俺の内側へ広がっていく。


首輪の熱も、


決して引かなかった。


俺は目を閉じる。


この時代も。


あの時代も。


俺はただ、


血と虚無を連れて歩いている。


どこへ行っても。


何をしても。


自分の意思だけで歩いているという確信が、少しずつ薄れていく。


自由など、


なかったのかもしれない。


最初から――。

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