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愉悦と嫉妬

「案外、様になるもんだね」


 上から下まで視線を巡らせ、失礼なことを言うエリアスを睨む。そんなレベッカの態度も、当の本人はどこ吹く風だ。


「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」


「なに、レベッカ。今夜の俺の格好に惚れてしまったの? 顔が真っ赤だよ」


「なっ!? これは、怒りで顔が赤くなっているだけですわ!」


 意趣返しのつもりだった言葉すら揶揄い混じりの物言いにからめ取られ、レベッカはカッとなる。

 怒りをあらわにすればエリアスの思う壺だと自分をなだめても、沸点に達した怒りはなかなか冷めない。


 フンっとそっぽを向くレベッカの視線の先に銀色の仮面が差し出された。


「ごめん、ごめん。贈ったドレスが、あまりに似合っていて……、なんていうか……、そのぉ、とても綺麗だ、レベッカ」


「えっ……」


 エリアスの言葉に思わず視線を上げれば、藍色の瞳が甘く緩む。惚けたように見上げることしか出来ないレベッカへと、銀色の仮面がつけられた。


「綺麗な顔が無粋な仮面で隠されて、もったいない。けど、仕方ないね。今夜は仮面舞踏会だから」


 唇を撫で離れていくエリアスの指先を目で追いかけることしか出来ないレベッカは、エリアスの目元を彩る黒の仮面に視線が吸い寄せられる。


(私の瞳の色と同じ……)


 黒の仮面を彩る蔦模様は、銀色と緑色が交わり二色の花を咲かせる。きっと自分の仮面にも同様の刺繍が施されているのだろう。


 そう考えるだけで、レベッカの心は落ち着かなくなった。


 生まれてこの方、女性らしい扱いを受けたことのないレベッカは、恋人に対するような美辞麗句を並べるエリアスの言動に対抗出来ない。


 腰を抱かれ、ただエリアスを見上げることしか出来ないレベッカへと悪戯な言葉が降り注ぐ。


「そんなんじゃ、悪女の名が廃るよ。今のレベッカは恋を知ったばかりの生娘より、初心な顔をしている」


 スッと離れたエリアスが、声を殺して笑いだす。


 今までの言動すべてが、レベッカを揶揄うための布石だったとわかり腹が立つが、ここでエリアスの思惑通り怒りを顕にするのは癪だった。


 レベッカは、扇子をバサっと開き、己の身に『悪女レベッカ』を降臨させる。


「エリアス様、お手をかして頂けるかしら? 馬鹿な婚約者を叩きつぶすために」


 レベッカの変わり身に、エリアスの瞳が見開かれる。


(少しは、反撃出来たかしら)


 わずかな驚きを見せたエリアスだったが、次の瞬間には似非笑いを浮かべ手を差し出す。


「お姫さま、喜んで」


 差し伸べられた手に手を重ねれば、腰を折ったエリアスが手の甲に口づけを落とした。


「では、参りましょうか。決戦の地へ」


 エリアスにエスコートされ階段を登れば、扉を警護していた騎士に恭しく頭を下げられた。


『あら? 招待状……、確認されていないわね』と疑問が頭に浮かぶが、扉が開くと同時に響き渡った音楽に思考は中断された。


 様々な仮面をつけた紳士淑女が、談笑しながらグラスを重ねる中、舞踏場の真ん中ではうら若い男女が手を重ねダンスを踊る。

 ゆったりとしたワルツが流れる中、エリアスの手に手を重ね会場入りしたレベッカの耳に、二人の存在に気づいた外野の騒めきが入った。


 仮面を被っていようとも、目元を隠しただけの変装では誰かすぐわかる。仮面の持つ意味合いは、身分を取っ払い、今夜は無礼講に楽しみましょうとの暗喩だ。だからこそ、二人の存在に気づいた者たちの驚きが波となり会場内へと広がっていったのだ。


 歩みを進める二人の存在に勝手に道が開けていく。そして、中央へと着いた二人はワルツに合わせ踊りだす。その光景を様々な感情を心に宿し、見つめるいくつもの目。蔑み、嫉妬、羨望……、あらゆる感情に晒されながらダンスを躍る強者は、レベッカとエリアスの他にはいない。


「おや? 楽しそうだね」


 華麗にターンをしたレベッカは、手をひかれエリアスに腰を抱かれる。手に手を重ねステップを踏めば、うまくリードされ、レベッカの身体も軽やかに弾む。セインのリードで躍る身勝手極まりないダンスと違い、女性のペースを優先させ躍るエリアスのダンスは心地良い。レベッカはエリアスの巧みなリードに陶酔してしまう。


「えぇ、とっても楽しいわ。エリアス様のリードがお上手なのね」


「くくく、婚約者殿とのダンスは、よっぽどお気に召さなかったと思われる」


「ふふふ、ご想像にお任せしますわ」


 クルッと一回転し周りを見渡せば、人垣の中、唖然とこちらを見つめる婚約者の姿を見つけ、レベッカはニヤリと笑う。


「何か、面白いモノでも見つけたかな?」


「はい。間抜けヅラでこちらを見る婚約者さまを」


「それは、また。まさかレベッカが登場するとは思ってもみなかったんだろうね。しかも、男連れだ。君の婚約者がどんな反応をするか、今から楽しみだよ」


「エリアス様、あの男は嫉妬なんてしませんわ。こんな場所まで追いかけてくるなんて、迷惑極まりない女とでも思っているのでしょう」


「やっぱり、君は何もわかっていない。男はね、鳥かごの中にいる鳥さえも、油断すれば逃げられると理解した時、初めて心の奥底に眠る想いに気づいたりするものなんだよ」


 クスクスと笑いながら意味不明な言葉を並べるエリアスを見上げ、レベッカは小首を傾げる。


「まだお子さまのレベッカにはわからないか」


 笑みを深め楽しそうに笑うエリアスを眺め、レベッカの眉間には皺がよっていく。


(本当、失礼しちゃうわ! どうせ、私は男女の機微に疎いお子さまですよ!)


 わざとステップを間違えても華麗にフォローされ、レベッカはふてくされる。

 エリアスと目を合わすのも癪でそっぽを向くレベッカの意識を戻すかのように続いた言葉に、思わず彼の顔を見上げていた。


「ねぇ、どうして君は薬師になろうと思ったんだい?」


「えっ……、なぜ知っているのですか? 私が薬師だと言うことを」


「精果草の事件を調べる中でね」


 あぁ、そう言うことか。

 精果草の事件を調べるなら、シャロン男爵家の内情を調べていても不思議ではない。エリアスの口ぶりからも、始めはシャロン男爵家も嫌疑がかかっていただろうし、その過程でレベッカが薬師であると決定づけるのは、さほど難しいことではない。


「えぇ、そうですわね。わたくしは薬師の資格を取っておりますわ。偽名ですけど。もちろんエリアス様は、その変の事情もご存知なのでしょう」


「あぁ、シャロン男爵家から申請された薬師登録名は、レベッカの兄上になっていた。女性薬師は、まだこの国では認められていないからね」


「本当、残念ですわ。男性より女性の方が知識が劣るなんて、時代錯誤も甚だしい。だから、我が国は医療も隣国より劣るのです」


 優秀な女性薬師は皆、隣国へと渡ってしまう。その事実に気づいている者が、オーランド王国にどれほどいるのか。ほぼ、皆無だろう。


「そうだね……、女性は男性の庇護対象とみなす今の制度では、オーランド王国はいずれ衰退していくだろう。しかも、女性を下に見る風潮は平民より貴族の方が強い。国の政を担う貴族がそれでは、優秀な人材は流出していく一方だ」


 ふざけた調子が消え、憂い顔で紡がれる言葉の一つ一つがレベッカに衝撃を与える。


 確かに腕力では女が男に勝つことは出来ないかもしれない。だからといって、すべてが劣るとは限らないのだ。世の中には、女性の方が得意な分野もたくさんある。適材適所。そこに男女の差は関係ない。


 女だからと挑戦すらさせてもらえない社会の風潮は、悪でしかない。その事に気づいている者が宮廷貴族の中にいる。その事実が何よりも嬉しい。


「エリアス様のように柔軟な考えをお持ちの方が宮廷貴族の中にも増えれば、オーランド王国も今以上に発展していくのでしょうね」


「だからこそ、ずっと不思議に思っていた。レベッカ、君の薬師としての能力は群を抜いている。シャロン商会で売られている傷薬、あれ一つとっても君の優秀さはわかるよ。それなのに、なぜ君はオーランド王国にとどまり、セインと婚約する道を選んだ。一人でも生きていけるのに」


 真剣な眼差しにさらされ、レベッカの足がとまる。いつの間にか楽団の音楽が鳴り止み、どこからともなく湧き起こった拍手がホールを満たす。しかし、二人には拍手の音も、歓声も聴こえてはいなかった。


 レベッカはエリアスからわずかに離れカーテシーをとり頭をさげる。

 その流れるような所作に誰しもが見惚れる中、レベッカはエリアスに歩み寄ると手をつかみ歩き出した。


 人垣をぬけ、舞踏会場を出ると人目のつかないバルコニーへと向かい扉をあける。

 そして仮面を外し真正面からエリアスを見据え、言葉をつむいだ。


「わたくしがオーランド王国にとどまっている理由。それは、わたくしの師匠、祖父との約束だからです」

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