悪女が悪女のまま終わる物語
毎年恒例の王宮前の人だかり。平民、貴族関係なく『薬師』を目指す者はもれなく正門前のこの人だかりの一員となる。ただし今年は、そのお決まりの光景に『花』が混じる。今年から、薬師試験に女性の参加資格が認められたのだ。
レベッカが何十年も夢見た世界が目の前に広がっている。平民、貴族、男女問わず、身分も性差も関係なく『薬師』という超難関国家資格を求め切磋琢磨して来た者たちの努力が今報われる。
結果発表を待つレベッカもまた、心臓が破裂しそうなほどに緊張していた。
今まで、ずっと努力してきたのだもの。
女性薬師が認められない頃から、今日という日を夢見て努力を重ねてきた。
きっと、大丈夫。
レベッカは爆走する心臓をなだめ、ゆっくりと正門へと近づく。目を閉じたレベッカの耳には、喜びの声、悲しみの声、慰めの声、様々な声が聴こえる。目を開ければ、目の前には合格者の名前が貼り出されていることだろう。
『きっと、大丈夫』ともう一度、自分に言い聞かせ目を開けたレベッカの世界が花開く。
ここに、オーランド王国初となる『女性薬師』が誕生した。
*
合格発表の緊張感から解放されたレベッカは、その足で第二王子宮へと向かった。はやる気持ちを抑えることも出来ず、第二王子居住区に入った途端に走り出したレベッカは、賑わいを取り戻した王子宮の中、右に左に廊下を駆け抜ける。すれ違う使用人が何事かと振り返るが、気にしている余裕はない。
『王宮を走るなんて王子妃にあるまじき行動です!』と、レベッカの王子妃教育を任されているマチルダ女氏の雷が落ちそうだが、今日くらいは許してほしい。
長年の夢が叶ったのだ。オーランド王国初の女性薬師になれたのだ。
この喜びを一番にエリアスに報告したい。その一心でレベッカは長い廊下をひた走る。
精果草事件を経て、オーランド王国の医薬は大きな発展を遂げた。レベッカの解毒薬開発が大きな貢献を生んだのだ。今まで貼り薬としてしか使用を許可されていなかった精果草が飲み薬として認可されることになった。
この医療転用により、コントロールが難しい痛みに対する鎮痛効果が劇的に進化した。様々な病気によってもたらされるどんな痛みにも精果草は効果を発揮した。その鎮痛効果は、患者の生活までをも救い、希望の薬となったのだ。
しかし、精果草の対となる解毒薬の開発に成功した薬師の名前が歴史に刻まれることはない。レベッカの名前は表に出ることはなく、シャロン男爵家の功績として受け継がれることとなった。
ただ、歴史に名前が刻まれなくともレベッカは残念に思っていない。なぜなら、レベッカの功績が国に認められ、他国への知識の流出を恐れた国は女性の地位向上に乗り出したのだ。国は、今まで男性限定となっていた国家資格の受験基準から、その記述を削除する決定をした。女薬師だけでなく、今後、官僚試験にも適応していくことが決まっている。
女薬師だけでなく、今後、政にも積極的に女性が参画していくことになるだろう。
この決定に、第二王子として政に参加しているエリアスの影響は大きい。
彼はレベッカとの約束を守ってくれたのだ。
『いつか、オーランド王国の女性たちが活躍できる世の中に』
女性薬師となった、今、一番にお礼が言いたかった。レベッカの夢を叶えてくれたエリアスに――――
レベッカはエリアスの執務室の扉を開けると走り出す。そして、驚きの表情でこちらを見るエリアスの胸へと飛び込んだ。
「わたし……、わたし……、なったの。薬師になったの」
エリアスに会ったら、いっぱい話したいことがあったのに、口から出た言葉はつたない涙声だった。
しかし、エリアスは言葉を紡ぐことの出来ないレベッカを胸に抱き、『うん、うん』と次の言葉を急かすことなく待ってくれている。
「エリアス、ありがとう……、わたしの夢を叶えてくれて。本当にありがとう」
「レベッカ、おめでとう。俺の力ではないよ。君が努力してきた結果だ」
瞳からあふれ出した喜びの涙が頬を伝い流れていく。それを優しく拭われ、啄むようなキスが顔に降り注ぐ。
「うんん。エリアスがいなかったら、私は夢を叶えられなかった。オーランド王国に女薬師を誕生させるように、上に圧力をかけてくれたんでしょ」
「ははっ、知っていたのか」
「だって、解毒薬のことがあっても、こんなに早く法律が変わるなんてありえないもの。陛下に進言してくれたんでしょ?」
「まぁ、罪滅ぼしかな。第二王子として王族に復帰したとき、父王と取引をした。第二王子として表舞台に戻る代わりに、医薬部門の長に俺を充てがうこと。医薬部門の長には、薬師試験に口を出す権限が与えられているからね。ただ、レベッカが薬師試験に合格したのは実力だよ。部門の長だからと、合否のコントロールは出来ないからね」
エリアスが不正を行うなんてレベッカはこれっぽちも思っていない。それでも、レベッカが合格したのは自分の力だと言ってくれる気遣いが嬉しくてたまらない。
「エリアスが、そんな姑息な不正を行うなんて思っていないわ。違うの、女性が試験を受けられる門戸を開いてくれた。それは、あなたにしか出来ないことだったから。だから、一番にエリアスにお礼が言いたかったの」
エリアスの腕の中、レベッカは彼の胸にぎゅっと抱きつく。そして、心からの感謝を伝える。
「本当は、解毒薬開発者の欄にレベッカの名前も載せたかったけど、それは出来なかった。悔しいだろう。レベッカの危険を避けるためだと言っても、自分が一番に開発した薬なのに名前も載らず、レシピだけが世に広まるなんて」
レベッカは、エリアスの言葉に首を横に振る。
解毒薬のレシピ公開を希望したのはレベッカ本人だ。人の命を奪い続けた精果草が、解毒薬があることで人の命を救う薬となる。独占していいものではない。
「確かに解毒薬のレシピを独占すれば、シャロン男爵家は今以上に裕福になれるわ。そんなこと、家族の誰も望まないもの。あっ……、今は、シャロン子爵家だったわね」
「あぁぁ、今は子爵家だったね。師匠は……、シャロン子爵は不本意だろうね」
「そうね……、確かに不本意だと思うわ。だって、子爵家に格上げされたのも、第二王子殿下との婚約発表後だったしね。タイミング的には最悪よね。今、シャロン家がなんて言われているか知っている? 『病弱な第二王子に悪女をけしかけ、手玉にとり爵位を買った。きっと、あの精果草事件の本当の黒幕はシャロン家だ』って言われているのよ。解毒薬のレシピも悪どい手段で手に入れたのだろうって」
シャロン男爵家は、エリアスとレベッカの婚約が発表されると同時に子爵家への昇格が決まり、その裏で、精果草事件で捕まったガウェイン侯爵とニールズ伯爵は斬首され、両家は没落した。その結果、シャロン家が真の黒幕であるとの噂がどこからともなくささやかれはじめ、『やっぱりシャロン家は悪だ』との噂が社交界を席巻した。地に落ちていたシャロン家の評判はさらに落下し、奈落の底へと到達したのだった。
もちろんエリアスと婚約したレベッカも例外ではない。というより、当事者だ。
不作法な平民出の悪女と呼ばれていたレベッカは、今や、王族まで惑わす傾国の悪女と呼ばれている。
国を傾けるほど妖艶な美女ではないと自覚しているレベッカは、『傾国の悪女』との呼称に首を傾げる。しかし、物好きな貴族の間でその呼称は絶大な人気を誇り、目見麗しい第二王子の人気を上回る悪女信者が闇にうごめいていることをレベッカだけが知らない。
「はぁぁぁ、なんだその噂!? 直ちに、消す!!」
拳を握り怒りを露わにするエリアスを見つめ、レベッカは不敵な笑みを浮かべる。
「いいじゃない、悪女の箔がつくってものよ」
「そうは言ってもなぁぁ……」
不機嫌顔のエリアスに、思わず吹き出す。クスクスと笑うレベッカの心に憂いはない。
世のため、人のため、自分が開発した薬が役に立つならそれでいい。
そして、悪女と言われようが、大切な人たちが自分の本質をわかっていればそれでいい。
これからも、エリアスと二人、自分らしく生きていきたい。それが、今のわたしの望みだから――――
【完】
最後までお読みくださりありがとうございました。
ちょっぴり気が強いレベッカと腹黒なエリアスのコミカルな駆け引きを楽しんで頂けていたら嬉しいです。
読後の率直な評価をくださると、今後の創作の励みになります♪




