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愛という名のエゴ

「なんで、こうなるのよ!?」


 レベッカは出発直前のゴタゴタを思い出し、ため息まじりの愚痴をこぼす。

 気合い十分にシャロン男爵家の馬車に乗り込んだレベッカは、母から告げられた予想外の言葉に絶句するしかなかった。


『ジェームスったらね、お腹が痛いってトイレから出てこないのよ』


 母の言葉に『はぁっ!?』と令嬢らしからぬ間抜け面をさらしてしまっても誰も文句は言えないだろう。


 令嬢最後の夜会がエスコートもなく、たった一人だなんて、どんな仕打ちだ。しかも、王家主催の春の宴に参加するのは初めてなのだ。右も左もわからないのに一人参加だなんて悲惨すぎる。

 父に一瞬、殺意が湧いても許してほしい。

 しかし、体調が悪い父を無理やり連れて行くのも気がひける。


 母から話を聞いたレベッカが腹をくくるのも早かった。


『どうせ今までエスコートらしいエスコートなんてされたことなかったし、悪女って言われているんだから何したってこれ以上落ちようがないわね!』と、ひらき直り王宮の正門をくぐる。


 衛兵に呼び止められることなく開け放たれた扉をくぐりエントランスホールに入れば、豪奢なシャンデリアが天井から吊り下げられキラキラと輝いている。赤いビロードの絨毯が敷かれた階段の先、見知った人物を見つけレベッカはカーテシーをとった。


 優雅な足取りで階段を降りてくる初老の男性は柔和な笑みを浮かべている。しかし、丸眼鏡からのぞく目は硬質で威厳に満ちていた。


「お久しぶりでございます、ルーベル様。やはり、ただの伯爵家の執事ではありませんでしたか」


「ほっほっほ。正真正銘、わたくしめはウォール伯爵家の執事でございますよ。ただ、不肖の主人がこの度、王族に復帰なさる運びとなりまして、しぶしぶ舞い戻った次第です」


 胸に手をあてニコニコと笑み崩れながら言われる言葉の端々にエリアスをとても大事にしていることがうかがえる。ルーベルにとっての主人はエリアス、ただ一人なのだ。

 エリアスを心底大切に思ってくれる人が、亡くした母親以外にもいるとわかり、レベッカの心も熱くなる。


 自分はエリアスの一番にはなれないが、彼の人生が幸せに満ち足りたものになることを願う気持ちに嘘偽りはない。だからこそ、許せないと思ってしまう。愛する女が他の男の元へ嫁ぐからって、自棄を起こし花嫁選びをするなんて、そんな馬鹿げた話ない。


 そのひん曲がった根性を叩き直すために、私は今夜この場に立っている。


「ふふふ、不肖の主人ですか。本当、その通りですわね。振られたからってヤケ酒みたいに花嫁選びをするなんてふざけていますわ! わたくし、あのひねくれ者の根性を叩き直しに来ましたのよ」


「ははは、ひねくれ者とは! おっしゃる通り。あの御方には、根性を叩き直すくらい強く、芯のある女性がお似合いですな! さぁ、参りましょう」


 スッと腕を差し出したルーベルに一瞬ひるんだものの、自らの意思で差し出された腕に手を添える。


「何十年ぶりですかなぁ。こうして、若い娘と腕を組むのは……、エリアス様の母君以来かもしれませんな」


 しみじみと昔を懐かしむように告げられた言葉にレベッカの胸にも切なさが広がる。


「エリアス様のお母さまは、どんな御方でしたの?」


「そうですね〜、よく言えばお転婆、悪く言えば破天荒なお嬢さまでしたね。よく陛下と一緒にリリアーヌ様の後を追いかけたものです」


「陛下と言いますと……、ルーベル様は、陛下とも幼い頃に?」


「えぇ。陛下とリリアーヌ様とわたくし、三人は幼なじみでありました。ただ、力関係はリリアーヌ様が一番でございましたな。当時、陛下と私はリリアーヌ様にとっては子分だったのでしょう。懐かしゅうございますな」


 ルーベルの昔話にレベッカは興味津々に耳を傾ける。


(あの威厳たっぷりの陛下にも弱い相手がいたのね)


 腰に手を当てて立つリリアーヌ様の後ろに、隠れるようにして縮こまる陛下とルーベルを想像して笑いが漏れそうになる。


「あぁ、弁明致しますと我々二人はリリアーヌ様を大切に思っていたからこそ、子分に徹していただけですよ。決してやられっぱなしというわけではありませんでしたので」


「ふふふ、わかっております。リリアーヌ様に花を持たせてあげていたわけですね」


「えぇ、そうです。それに、リリアーヌ様は誰にでもお優しい御方でしたが、曲がったことがお嫌いで、弱い者いじめを発見すると後先考えずに立ち向かっていかれる気の強い女性でしたので。自分より遥かに大きくて、強い子供にも平気で立ち向かっていく。私たちは誰よりも強くあらねばなりませんでした。リリアーヌ様を守るためにね」


「三人の関係は、とても良好でしたのね」


「はい、特にリリアーヌ様への陛下の愛は深かった」


「それなら、なぜ陛下はエリアス様を遠ざけたのかしら?」


「それは――、愛する者をこれ以上、失いたくなかったのかもしれませんな。陛下はリリアーヌ様を手元に囲ったがために失ってしまった。だからこそ、愛する者を手放す決意をした。死なせるくらいなら、手放した方がいい。愛するが故に、突き放す選択をしたのではないでしょうか」


「愛しているからこそ、突き放したなんて……、身勝手だわ。相手の気持ちはどうなるのよ」


 それは突き放した側のエゴでしかない。

 訳もわからず突き放されて傷つかない人なんていない。相手に対する愛が深ければ深いほど突き放された時の傷は深くなる。


「そうですね。相手の気持ちを何も考えていない。そんな初歩的なことにも気づけないところがそっくりですな、陛下とエリアス様は」


「えっ?」


 ほっ、ほっ、ほっ、と笑うルーベルと目が合う。そっと腕から手を離され、舞踏場へと続く真っ白な扉の前で頭を下げられる。


「シャロン男爵家、レベッカ様。どうかエリアス様を最後まで信じてあげてください。あの御方は、誰よりもあなた様のことを誠実に想っておられます。どうか、老いぼれの最後の願い、聞き入れてくださいませ」


 目の前の扉が開かれると同時に鳴ったファンファーレの音がルーベルの言葉をかき消す。注意をそらされたレベッカが見下ろした先には多くの貴族が、彼女へと視線を注いでいた。


 ルーベルの最後の言葉がレベッカへと届くことはない。見下ろした先にエリアスと、もう一人、王太子に寄り添うロッキン公爵令嬢を見つけたレベッカの心に嫉妬の炎が燃えあがった。


 レベッカは覚悟を決めると、優雅な仕草でカーテシーをとる。その洗練された所作に舞踏場に騒めきが起こった。


 真っ白な大理石で造られた階段を降りる妖艶な美女に誰しもが魅入っていた。


 エリアスに焦点を定め、一歩一歩ゆっくりと進む。そして、階段を降り切った先に待っていたのは、煌びやかな衣装に身を包んだ愛しい人だった。


「シャロン男爵家のレベッカ嬢とお見受けしました。どうか、私にあなたと躍る(ほまれ)を頂けないでしょうか?」


 胸に手をあて腰をおるエリアスを見つめ、レベッカは不敵な笑みを浮かべカーテシーをとる。


 今夜の宴がお披露目されたばかりの第二王子の花嫁選びも兼ねているという噂も、あながち嘘ではないようだ。エリアスの周りに侍る目見麗しい令嬢方の視線が、突然現れた悪女へと突き刺さるが、レベッカがひるむことはない。


『どうせ周りにいる令嬢方とも踊ったんでしょ』と心の中で悪態を吐きつつ、レベッカは妖艶な笑みを浮かべる。


(お楽しみは最後にとっておかなくちゃ。女心を弄んだ代償をきっちり払ってもらうんだから)


 レベッカの笑みに怯んだのはエリアスの周りを侍る令嬢方だった。しかし、彼女達が気圧され一歩下がったのとは逆に、エリアスがレベッカへと足を踏み出す。そして、差し出された手に手を重ねれば、絶妙なタイミングでワルツが流れ始めた。


(やっぱり第二王子の花嫁選びとの噂は嘘ではなかったのね)


 エリアスが令嬢に声をかけるたびに音楽が流れ、自然な形で二人きりとなれるように取り計らわれているのだろう。


(この女たらし。ボケ、ナス、タコ……)


 悪態でも心の中で吐いていなければ、エリアスに心が囚われている自分が惨めで泣けてくる。


 深い藍色の瞳に写るレベッカは、頬を薔薇色に染め、潤んだ瞳を恋する相手へと向けている。そんな自分の姿を見ているだけで、捨てたくとも捨てられなかった恋心が疼きだす。


『涙なんか見せてやるもんか』と虚勢を張り続けていなければ、きっと泣いてしまう。


――――捨てないでと、縋ってしまう。


 手と手を重ね、腰を抱かれクルクルとステップを踏む。しかし、幸せな時間はいつかは終わる。だからこそ、この時間が終わらなければいいのにと、本気で願ってしまう。


「レベッカ……、何を考えているの?」


 問いかけに顔を上げれば、優し気な目をしたエリアスと視線が絡み心臓が跳ねる。


 最後くらい。

 

 レベッカはエリアスの胸に頬を寄せる。トクトクと鳴る心臓の音が耳に心地よく響く。


 これで、最後だから。

 ダンスが終わるその時まで……

 あと、もう少しだけ。


 しかし、レベッカの願いもむなしく、無情にも音楽は終焉へとむかい、ステップが終わる。


 ダンスが終わったら、思いっきり殴ってやろうと決めていた。それなのに、あふれ出した涙で視界がにじみエリアスの顔さえ見えない。


 こんなみっともない姿、誰にも見られたくない。

 ましてや、エリアスになんて絶対に嫌だ。

 笑ってお別れするって、決めたのに……


 頬を伝い落ちていった涙を隠すように、レベッカが両手で顔を覆った、その時。強い力で引き寄せられ身体が浮いた。


「レベッカの泣き顔、誰にも見せたくない。首に腕回して」


 突然の浮遊感と、会場内を満たす大きなどよめきに、レベッカはエリアスの首へと腕を回す。


『走るぞ!』との声と共に駆け出したエリアスの腕の中、レベッカが顔をあげることはなかった。

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