金色に輝く瞳
――――エリアスが、欲しい。
際限なくふくらむ欲望はレベッカの心を蝕み、あふれ出した想いのままに『欲』を欲し手を伸ばす。
しかし、その手は宙をかき落ちていく。
欲しい。欲しい。
エリアスが欲しい。
喉の渇きにも似た渇望は、レベッカの瞳を金色に染める。橙色の灯りに照らされた瞳は涙で濡れ、光に反射しキラキラと輝く。
神々しくも美しい金色の瞳は死地への旅立ちを意味する。神に魅了されし者への最期の情けか、その金色の瞳に魅入られし者の魂をも連れていく。
後に残されるは、愛する者の亡骸と愛する者を失った者の空虚な心。それは精果草を使った者たちに科せられる残酷な『代償』だった。
レベッカの艶めいた声が、月明かりに照らされた部屋に響く。その声は、どこかもの悲しく、訪れる別れを予期しているかのように聴こえる。
今だけは……
今だけは、エリアスはわたしだけのもの。
そんな想いが、心の中で荒れ狂う『欲』をわずかばかりか癒す。ただ、身体の中をめぐる熱は増すばかりだった。
狂おしいほどの欲を持て余し、レベッカはエリアスへと手を伸ばす。その手を掴まれるだけで、彼を想う切ない恋心があふれ出す。
強く、強く、もっと強く……、この手が離れなければいいのに。
レベッカは想いのまま、エリアスの手に爪を立てた。食い込んだ爪は皮膚を切り裂き血を流させるが、エリアスが抗議の声を上げることはない。さらに強い力で握られ、引き寄せられる。ぶつかり合うように重ねられた唇にエリアスの余裕のなさを感じ、レベッカの心に喜びが広がる。
唇を喰み、歯列をこじあけ、容赦なく口内を犯される。舌を囚われ、強く吸われれば、くぐもった叫声がレベッカの唇からこぼれ落ちた。
「うっ……、はぁぁぁ……」
あふれ出した唾液が、首筋を伝い、青い花咲く胸元へと落ちていく。
幾度となく見てきた青い花が自分の身体に刻まれる日が来ようとは、考えたこともなかった。
死地へと誘う花。
精果草の解毒薬が完成した今、死ぬことはない。解毒薬を飲めば、この青い花は消える。そして、エリアスと身体を重ねた事すらも、いつか忘れてしまうのだろうか。その事実が、悲しみを誘う。
「レベッカ……、なぜ、泣く?」
頬を伝う涙はとまることなく落ち、胸をつまらせる。エリアスの問いに答えることも出来ないレベッカは、両手で彼の頬を包み自らキスをせがむ。
「エリアス……、わたしを愛して。あなたを忘れたくないの。だから、刻んで。エリアス、あなたをわたしに刻んで」
涙で滲んだ視界では、エリアスの顔さえ見えない。
今、あなたはどんな顔をしているの?
私の言葉に、眉根を寄せて苦悩を浮かべた表情を浮かべているの?
エリアスは優しく、賢い人だ。
欲に支配され、死が目前に迫った者を見捨てることなんて出来ない。
私の欲がエリアス自身だと知った今、彼は躊躇わない。そこに、愛がなくとも……
「うっ!? あぁぁ、いやぁぁぁ!!!!」
ドクンっと激しい音を鳴らし跳ねた心臓が悲鳴をあげ、強烈な痛みに呼吸が止まる。
レベッカは胸を抑え、荒れ狂う苦しみに必死に耐える。ハクハクと浅い呼吸を繰り返し、なんとか苦しさを逃すが、身体の中を荒れ狂う熱はおさまらない。
「はぁ、はぁ、はぁ……、うっ……、あぁぁ……」
「レベッカ! レベッカ、しっかりしろ! くそっ!! 俺は……、俺はどうすればいい」
朦朧とする意識の中、悔しさをにじませた声が聴こえる。心地よく頭の中に響くエリアスの声が、レベッカの欲を抑え込み、呼吸が少しだけ楽になった。
やっぱり、エリアスじゃなきゃダメなんだ。
たとえ彼の心に誰がいようとも関係ない。
今、この瞬間だけはエリアスは私だけのものなのだから。
エリアスへの恋心を自覚したあの時から、ずっと心の底に居座り続ける仄暗い感情。それは紛れもない独占欲と優越感だった。
今だけは……
心にブワッと広がった快感が金色の瞳を輝かす。そして、それを見たエリアスをも魅力する。
ごくりっと喉が鳴る音が耳に響く。
「レベッカ……、すまない……」
エリアスの言葉を最後に、理性は崩壊した。
*
真っ白なシーツに広がる赤髪を一房手に取り口づけを落とす。
目を閉じていると、普段の凛とした雰囲気は消え、無邪気さをのぞかせる。しかし、上気した頬は情事の余韻を色濃く残し、幼さの中に色気が漂いエリアスを魅了する。身体に残る口づけの跡が、シーツに隠され見えないのが残念でならない。
自分が誰かを心の底から愛するようになるとは思ってもいなかった。
精果草の毒におかされたレベッカが最期に求めたのは俺自身。彼女の『欲』が『エリアス』なのだと気づいたとき、心に広がったのは紛れもない喜びだった。その事実が心をふるわせ、愛しさが込み上げる。
レベッカの命に比べれば、すべてのことが些末に感じられる。それほどまでに、彼女の存在はエリアスにとってかけがえのないものなのだと思い知らされた。だからこそ過去の自分の過ちにも気づけたのかもしれない。
レベッカの想いを知りながら、彼女の手を振り払ってしまった過去の自分は愚かでしかない。
彼女の夢を壊してはならない。
第二王子の伴侶という檻に閉じ込めてはならない。
己の立場を卑下し、王から疎まれ命を狙われる続ける自分ではレベッカを守れないと彼女に背を向けた。すべては、彼女をあきらめ自分の弱さから目を逸らすための言い訳に過ぎなかった。
レベッカが隣りにいる人生は、きっと希望に満ちている。しかし、それは身勝手な夢に過ぎない。ただ、もうあきらめることが出来ない。
レベッカと共に歩む未来をあきらめたくない。
「レベッカ……、君は今、どんな夢を見ているのだろうね」
汗で顔に張りついた髪を耳にかけ問いかけるが返って来たのは規則正しい寝息だけ。精果草の毒から一命を取りとめたばかりのレベッカを残し行かねばならぬことが辛くてたまらない。しかし、事は一刻を争う。
精果草の解毒薬が完成したことが他国に知れ渡るのは時間の問題だろう。カルマン帝国は元より、他の国々も動き出す。メイナードがレベッカを求めたように、彼女の頭脳を手中に収めるべく仕掛けてくる。
女性の地位が低いオーランド王国の上層部は、レベッカを守るどころか外交の駒として利用するだろう。そこにレベッカの意思は関係ない。たとえシャロン男爵が拒否しようとも王が動けば従わざる負えない。
レベッカを守るため、第二王子としての絶対的地位が必要になる。
エリアスは眠るレベッカへ口づけを落とすと、ベッドから立ち上がりシャツを羽織る。ベルを鳴らせばすぐに執事のルーベルが扉をたたいた。
「ルーベル、至急王宮に遣いを。陛下に謁見する」
「畏まりました。すぐに手配致します」
一拍の後、返って来たルーベルの声に背筋が伸びる。彼ならいかようにも、王への謁見を手配出来るだろう。一線を退いたとはいえ、王の侍従長を長年勤めて来た功績は伊達ではない。
軽くシャツを羽織ったエリアスは、一瞬名残惜し気に背後を振り返り、目を覚ます気配のないレベッカを見遣る。
「目覚めたら、きっと後悔するんだろうな。恋人を置き去りにするような男に恋したことを……」
『今度こそ愛想を尽かされるか』と苦笑混じりの言葉を残し、エリアスは謁見の準備をすべく隣室へと消えた。




