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欲望のままに

「これは、これは、殿下自らお越しとは……」


 扉を蹴破り部屋へと入って来たエリアスへと、恭しくメイナードが頭を下げる。

 そんな二人のやり取りをどこか他人ごとのように眺めていたレベッカの頭にふと疑問が浮かぶ。しかし、毒に侵された脳は考えることを拒絶した。


「貴殿は、カルマン帝国の第二王子とお見受けしたが、精果草事件に関わっていると明るみに出れば、帝国にとって不味い事態になると理解しているのか?」


「おや、俺の認識ではカルマン帝国に第二王子などいない。事件が明るみに出たところで、俺を切り捨てて終わりさ。あなただって分かるだろう? 闇を歩くことを強要された者の末路を。ウォール伯爵……、いいやオーランド王国第二王子エリアス殿下、俺とあなたは同じ穴の(むじな)さ」


 今、メイナードが言った言葉がレベッカの頭の中をまわる。


 エリアスが、第二王子?

 今、メイナードはそう言ったの?

 嘘よ……、そんなはずない。彼はウォール伯爵であって、第二王子の側近――っ!?


 狂おしいほどの欲を持て余し酩酊する頭をレベッカは振る。今、頭に浮かんだ言葉を肯定してしまえば、自分を保てない。


 メイナードの言葉を否定してと願えば願うほど、真実は残酷なまでにレベッカを追いつめる。


『お願い、否定して』と願う心とは裏腹に、エリアスはメイナードの言葉を否定しない。

 彼はメイナードが言うように、王子なのだ。


 はなから相手にされるわけがない。男爵令嬢と王位継承権を持つ第二王子の恋なんて、叶うはずがない。


 貧乏令嬢が王子さまに見初められ幸せになるのは物語りの中だけよ。


 あの日、第二王子の居住区で聞いた言葉を心のどこかでは嘘だと信じていた。エリアス特有の冗談か何かで、本心は別にあると。でも、あの言葉は本心だったのだ。


 エリアスにとって私は、ただの駒。


 彼の心にはロッキン公爵令嬢がいて、王太子妃となる彼女を手に入れられない悔しさを、私で晴らしていただけ。恋愛感情なんて始めからなかった。だから、本当の姿を教えてはくれなかったのだ。


 馬鹿みたい……

 本当、馬鹿みたい……


 死ぬ間際になって彼の正体に気づかされるなんて、馬鹿よね。


 生理的な涙が頬を伝い落ちていく。


 もう、欲が満たされることはない。


 レベッカが死の運命を受け入れた時、身体の中の『欲』が弾けたのを感じた。


 呼吸はさらに荒くなり、目が霞んでいく。全身を襲う痛みと苦しいくらいに疾走していく心臓の音を聴きながらレベッカは、自分の死を悟った。


「うっ……、いぁぁっ――――!!」


 全身に襲いくる痛みに叫声があがる。死ぬ間際まで苦しめるなんてと、悪態をつくが口から出たのはかすれた叫声だけだった。


「くそっ!! 早く檻の鍵を寄こせ!! お前だってレベッカが死ぬのは本意ではないはずだ!」


「くくく、冷静沈着と名高い第二王子殿下も、想い人の死が迫れば冷静さを失うか。実におもしろい。鍵か……、なら交換条件といこうか」


「なんだと!?」


「何、簡単な話さ。殿下が持っている解毒薬との交換でどうだ?」


「……どう言う意味だ。解毒薬は完成していない」


「ははっ!! 嘘はいかん、嘘は。解毒薬が完成していることは、確認済みなんだよ。そこで転がっているニールズ伯爵子息によってな。ただ、レベッカは奴に飲ませた分しか手持ちがなかったようだ。ただ、察しの良い殿下ならこうなることを読んでいたのではないか?」


 メイナードが苦しみもがくレベッカを指差し、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。


「解毒薬が完成した今、レベッカが真っ先にそれを渡す相手はウォール伯爵……、もとい第二王子殿下しかあり得ない。違うか? 別に俺は彼女がどうなろうとかまわない。ただ、貴様は違う。鍵が開かなければ、レベッカが死ぬのをただ見ていることしか出来ない。解毒薬を渡せば、命が助かる可能性は出てくるな。さて、どうする?」


「くそっ!?」


 交換条件を出されたエリアスの行動は早かった。首元を飾っていたネックレスを引きちぎると投げる。それを受け取ったメイナードは、筒状のペンダントトップの中に収まった液体を見て笑みを深めた。


「確かに解毒薬のようだな。これさえ手に入ればどうとにでもなる。鍵は用済みだな」


 メイナードの手から放たれた檻の鍵が弧を描きエリアスの足元へと落ちる。それを素早く手に取ったエリアスは檻へと駆け寄ると鍵を開け中へと入った。


「くくく、よっぽど彼女が大切と見える。同じペンダントトップに隠された解毒薬か……、果たしてレベッカの命は助かるかな。隣国から吉報を待っているよ」


 解毒薬を手に入れたメイナードがひらひらと手を振り出ていく。嘲笑うかのように残されたメイナードの言葉もエリアスの耳には入らない。


「レベッカ! レベッカ、聴こえるか!? 目をあけろ!!」


 苦しみから逃れるようにキツく閉じていたレベッカの目がわずかに開く。流れ出した涙のせいか、はたまた毒の影響かぼやけた視界ではエリアスの顔さえ判別出来ない。しかし、抱き起こされ薫った香りに彼なんだと分かり、心が震えた。


 やわらいでいく苦しみに『やっぱり彼じゃなきゃ、ダメなんだ』と感じながらも心のどこかでは、『こうして抱きしめてくれるのも最後なんだ』とあきらめにも似た憐憫が巣食う。


 だからこそ望んでしまうのかもしれない。

 どうせ叶わないのなら、最期くらいエリアスの腕の中で死にたいと。


 レベッカは最後の力をふりしぼり上体を起こすと、エリアスの頬を包み、彼の唇に唇を重ねる。そして、欲望のままに最期の願いを口にした。


「エリアス……、お、お願い……。わたし、を、抱いて……」

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