思わぬ伏兵
「お嬢さん、お目覚めかな?」
檻越しにメイナードと目が合う。残忍な笑みを浮かべ椅子に座るメイナードの背後に控える黒装束の男を見てレベッカは驚く。
「あなた、まさか……、エリアスを襲った……」
「ご明察。記憶力もいいお嬢さんだことで。俺は、カルマン帝国の暗部をまとめる首領さ。そして、精果草の……、頭のいいお嬢さんならこれ以上言わなくてもわかるな」
「あんたが、今回の事件の黒幕なの。被害者面して、ずっと騙していたってわけ」
「騙すもなにも、勝手に勘違いしたのはレベッカだろう。まぁ、ニールズ伯爵家で初めて会った時はヒヤヒヤしたけどな。いつ気づくかってね」
「言葉遣いまで変えて……、気づくはずないわ。あんたが、あの刺客だったなんて」
レベッカの心に苦い想いが募っていく。
知らず知らずのうちにメイナードの口車に乗せられ、エリアスを裏切っていた。
裏切り者は、レベッカ自身だったのだ。
悔しくて、悔しくて目の前の男をなじってやりたい。あらゆる罵詈雑言を使って、罵ってやりたい。
ただそれは自分の罪から目を逸らしているだけで何の解決にもならない。
レベッカは握った腕に爪をたて荒れ狂う怒りを痛みで抑えようと躍起になる。そんな涙ぐましい努力ですらあざ笑うかのようにメイナードの言葉は続く。
「くくく、暗部にいれば勝手に身につく特技だな。そうそう、あの女の名誉のために教えておいてやろう。ミシェルの最後をな」
「ミシェル! 彼女は生きているの!?」
「そう慌てるな。ミシェルは俺たちの仲間ではない。その意味をレベッカはわかるかな」
茶化すようにミシェルの安否を隠すメイナードの態度に苛立ちが募る。
「さっさと教えなさい!! ミシェルは生きているの!?」
「死んださ。そもそも、あの女は商品だ。酔狂なお貴族さまに精果草と一緒に売られていった。精果草に詳しいレベッカなら、想像がつくだろう? ミシェルの最期が」
くくくと笑いながら近づいてきたメイナードが、檻の前に座りレベッカを挑発する。
「……こ、この悪魔。おまえは人間なんかじゃない! どれほどの女性が、おまえのせいで犠牲になったと思っているのよ!!」
「だまされる方が悪い。それが、世の中ってものさ」
背を向け離れていくメイナードへと悪態を吐く。そんなことをしても意味がないとわかっている。だけど、言わずにはいられなかった。
「えぇぇぇい!! うるさい、うるさい、うるさい。たかが男爵令嬢の分際で、無礼な!」
檻をゆすり叫び続けるレベッカの態度が気に入らなかったのか、神経質そうな眼鏡をかけた口髭の男が怒鳴る。
「こちらにおられるのはカルマン帝国の第二王子殿下であるぞ。頭を床に擦りつけ、ひれ伏さんか!!」
「第二王子だろうと、平民だろうと関係ないわ! 命をおもちゃにするあんた達に下げる頭なんてない!」
「黙れ、黙れ、黙れぇぇぇ――――っ!」
「黙るのは、貴様の方だ。ガウェイン侯爵。目障りだ、連れて行け」
メイナードの命令で背後に控えていた黒装束の男が素早く動いた。状況がつかめず慌てるガウェイン侯爵の腕を捕えると後ろ手に拘束する。
味方だと信じていた者たちからの突然の裏切りにガウェイン侯爵が叫ぶ。
「なぜ、なぜでございます!? 殿下、話が違います」
なおも喚き散らすガウェイン侯爵へと冷やかな視線を投げただけで、メイナードは彼の疑問に答える気はないようだ。
黒装束の男に引きずられガウェイン侯爵が扉から消える。
「やっと二人きりになれたな、レベッカ」
不敵な笑みを浮かべたメイナードとレベッカの視線がかち合う。その意味深な視線にレベッカの喉が鳴った。絶対的強者の手中にいる心許なさがレベッカの恐怖心を煽る。
「そんなに怯えないでくれ。取って喰うわけではないんだから、猫みたいに毛を逆なで威嚇しないでくれないか」
「勝手なこと言わないで。檻に閉じ込められて怯えない者などいないわ」
「それもそうだな。ただ、これからする話は君にとっても悪い話ではない。俺は君の能力を買っているんだ。頭の良さも、戦闘能力も、そして危機的状況に陥ってなお刃向かう豪胆さも。だから、――俺の女になれ。レベッカ、お前と一緒なら天下が取れる。闇でしか生きられない人間が、表の人間を喰う。平民出の男爵令嬢と蔑まれ生きて来たレベッカなら、俺の気持ちがわかるだろう?」
闇を生きることを余儀なくされた者の悲しみ、怒り、絶望をレベッカは知っている。
悪どいことをして爵位を買ったシャロン男爵家の娘だから悪女だろうと噂され、いつしか噂は真実であると貴族社会で認知されるようになってしまった。
国のため、人のために、真っ当に生きていようと噂はひとり歩きし、闇を歩くことを強要される。
立場は違えど、メイナードもまた王太子のスペアとして闇を歩くことを義務づけられているのだろう。国のため、王家のためと、汚れ役を押しつけられた者の憤りは計り知れない。メイナードのやり切れない想いが痛いほどにわかってしまう。
ただ、メイナードの願いだけは受け入れられない。
「メイナード、あなたの気持ちなんてわからないわ。人の不幸の上に立つ人生なんて、クソ喰らえよ!!」
「ははは、情に訴えかけてもダメか。じゃあ、これならどうかな?」
袂から取り出した古びたノートを見たレベッカは息をのむ。
「おじいさまの日記帳……、なんてことなの」
「これを手に入れるのに苦労したよ。ウォール伯爵と言ったか、最後まであの男のようには信用しなかったな。まぁ、最後の最後に、研究棟に入ることには成功したがな」
「私に近づいたのは、おじいさまの研究ノートが目的だったの?」
「まぁ、それもある。毒と解毒薬は対にあってこそ価値がある。毒だけでは、売るにしても限界があるからな。ただ、これには解毒薬のことは一切書かれていなかった。レベッカ、君の頭の中にしか解毒薬のレシピは存在しないのではないか?」
メイナードの言う通り、あの日記帳には解毒薬の情報は一切ない。完成した解毒薬のレシピはレベッカの頭の中にのみある。しかし、その事実を知る者はレベッカ以外にはいない。
メイナードも確信がもてないのだ。解毒薬が本当に完成しているのか。
「どうかしら? 何年も、何十年も、精果草の解毒薬は完成しなかったのよ。たかが小娘が完成出来るわけないじゃない」
「たかが小娘か……。俺は君の能力を買っていると言ったな。それはお世辞でもなんでもない。あの万能ぬり薬。俺が持っていた物より、さらに改良されていた。成分を調べさせたら、さらに安価で平民でも容易に手に入る薬草が使われていた。しかも、以前の物より効果は高い。短期間で旧品を超える新商品を生み出す発想力と知識は賞賛に値する。だからこそ、こんな国でその能力を埋もれさせておくのは惜しい」
メイナードの紡ぐ賞賛の言葉に心が揺れる。
いくら良い薬を作っても、医薬を進歩させる発見をしたとしても、女というだけで認められることはない。薬師紛いのことをしているだけで、本物の薬師になることが出来ないのが、現在のオーランド王国なのだ。
外の世界に飛び出し、男女、身分関係なく自分の力を試してみたい。それはレベッカが幼い頃、心の奥底に仕舞い込んだ夢だった。だからこそ、メイナードの言葉に心が揺さぶられてしまう。
「カルマン帝国は実力主義の国だ。男女も地位も関係ない。俺の手を取るなら、お前の望む全てを叶えよう。最新鋭の研究機材に、豊富な材料。資料が必要なら世界中から、貴重な本も取り寄せよう。権力が欲しいなら、研究棟の長に据えることも考える。だから、俺の手を取れ、レベッカ!」
差し伸べられた手を見つめレベッカの心は大きく揺れる。
メイナードの手を取れば、幼い頃からの夢が叶う。女だからと薬師にもなれない国に固執する理由なんてあるのだろうか。
シャロン男爵家は悪だと言われ、その娘であるレベッカも悪女だと後ろ指をさされる。たとえ、陰で国の発展に尽力しようとも『悪』だと決めつけられ、日の目をみることはない。
精果草の解毒薬が完成した今、オーランド王国のために犠牲になる必要があるのだろうか?
噂に踊らされ、地位や権力でしか人の価値を判断出来ない国に、私の望む未来があるのだろうか?
頭の中を疑問がくるくると回り、悪魔がささやく。メイナードの手を取れと。
甘い誘惑に抗えず、メイナードの手を取りそうになったレベッカだが、フッと頭をよぎった言葉に伸ばしかけた手が止まる。
『未来に後悔しないように、今、何をすべきか』
不慮の事故で母を亡くしたエリアスに言われた言葉が、メイナードの手を取ることを拒否する。
助けられなかった精果草の犠牲者、自由に生きなさいと言ってくれた母、そしてエリアス……
彼と出会ってからレベッカは変わっていった。
悪女の仮面を脱ぎ捨て素の自分をさらけ出すことが出来た。ただのレベッカでいられたのだ。
悪女というレッテルを貼られ、女という枷をはめられ、貴族令嬢という檻に入れられたレベッカという鳥は、エリアスによって自由になっても良いのだと教えられた。
(裏切られてなお、好きだなんて……、本当、バカよね)
エリアスに誇れる生き方をしたい。
たとえ、ここで死ぬことになっても。
「メイナード、どんな好条件を出そうと、私があなたの手を取ることはないわ。私の矜持にかけて、犯罪者の片棒はかつがない」
「くくく、ははは……、本当おもしろいよ、あんた。これでも俺の手に堕ちないか。この手は使いたくはなかったんだが仕方ない」
メイナードがパチンっと指を鳴らすと、壁にかけられていた赤色のカーテンがひかれガラス窓で仕切られた隣室があらわになった。
「うそ……」
ガラス窓を隔てた隣室の光景にレベッカは言葉が出ない。壁に繋がれた鎖の先にいた人物はレベッカのよく知る人物だった。
「悪趣味だろ。この部屋は隣室に監禁した者を観察するためだけに造られた。ガウェイン侯爵の醜悪さが際立つ造りでね、あちらの部屋から、こちらは見えないらしい」
「どうして……、彼女は……」
「あぁ、ロジャー侯爵家のルイーゼ嬢にお越し頂いたよ。レベッカ、君の婚約者、ニールズ伯爵令息の浮気相手だ」
豊かな蜂蜜色の髪を丁寧に巻き、リボンやレースがふんだんにあしらわれたドレスを華麗に着こなしていたロジャー侯爵令嬢の華やかさは、鎖に繋がれた今の彼女にはない。金色の髪は色あせ、シュミーズ姿の彼女からは、生気が感じられず、膝を丸めて部屋の隅でふるえている。
「ルイーゼ様に何をしたの!?」
「何もしていないさ。数日前に君の婚約者とお楽しみだったところを捕らえてきただけさ。レベッカ、君との交渉を有利に進めるためにね」
くくく、と笑いながら紡がれるメイナードの言葉にレベッカの背に嫌な汗が流れる。
メイナードの口ぶりからは、セインもロジャー侯爵令嬢と同じように、どこかに囚われていることになる。しかし、セインを捕える理由がわからない。
メイナードの意図が読めず、得体の知れない恐怖が喉元を迫り上がる。
「セ、セイン様は……、彼はどこにいるの?」
「くくく、嫌っていようが、あんな男でも婚約者か。奴の所在か? すぐわかるさ」
スッとメイナードが手を挙げると、その合図と共に扉が開かれる。そして、黒装束の男に引きずられ連れて来られたのは、獣のように鎖のついた首輪をはめられたセインだった。




