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裏切りの果て

 流行る気持ちを抑え駆け出したレベッカは辻馬車に乗り、ウォール伯爵家へと向かう。

 しかし、乗り継ぎようやく着いた伯爵家にはエリアスはいなかった。


 出迎えてくれた執事のルーベルに事情を説明するとエリアスが出仕している王宮までの馬車を出してくれるという。レベッカは、ルーベルの言葉に甘え、ウォール伯爵家の馬車に乗り王宮へと急ぐ。二頭立ての馬車は速度も速く、そう時間もかからずに王宮へと到着することが出来た。


 馬車を降り門扉をくぐり使用人用の出入り口へと向かう。急く心のままに扉をくぐったレベッカに顔見知りの門番が驚きの顔を見せるが、そんなことに構っている余裕はない。


 目指すは、第二王子の居住区。

 見慣れた通路を右に左に曲がり、第二王子の居住区に入り違和感をおぼえた。


 なぜか以前来た時よりも衛兵の数が多いのだ。しかも、侍女の制服姿ですらないレベッカは得体の知れない令嬢だろう。しかし捕まえることはおろか呼び止められることもない。


 奇妙な光景に疑問が浮かぶが、急く気持ちがそんな疑問を霧散させてしまう。


 第二王子の居住区を奥へ奥へと進んでいく。徐々に衛兵の数も減り、見たこともない区画へと入った時、耳に入ってきた恋しい声にレベッカは足を止めた。


「お前にしては、珍しいな。レベッカ嬢と言ったか? お気に入りのようではないか」


 レベッカは青銀色の髪の男性を見て、思わず柱の影に隠れていた。


(なんでこんな所に王太子殿下がいるのよ)


 王族の居住区なのだから王太子がいても不思議ではないのだが、閑散としていた第二王子の住まいを知っているだけに、それは違和感でしかない。


『だから衛兵の数が多かったのね』と妙な納得感に包まれていたレベッカを置き去りに、王太子の話は続いていく。そして、次に続いたエリアスの言葉にレベッカは息をのんだ。


「はは、お気に入りというか彼女は……、作戦を遂行するための駒ですよ。それ以上の気持ちは、ありません」


「そうなのか? とても、親しそうに見えたが」


「王太子殿下、よく言うではありませんか。『敵を欺くには、まず味方から』と」


「まさか、お前……、レベッカ嬢に近づいたのは、シャロン男爵家とガウェイン侯爵家のつながりを探るためか?」


「身内に近づくのが、一番手っ取り早いですから」


 エリアスの言葉に口元を押さえたレベッカの手が震え出す。今、聞いた言葉が信じられず頭を振るが、耳にこびりついた言葉は消えてはくれない。


 作戦を遂行するための駒。

 ガウェイン侯爵と父との関係を始めから疑っていた。


 精果草中毒撲滅に心血を注いだシャロン男爵家を疑うような馬鹿ではないと言った、あの言葉は嘘だったの?


 始めからだまされ、利用されていた。

『好きだ』と言った言葉は、私を信じ込ませ有益な情報を引き出すための嘘だった。


(まんまとエリアスの策に嵌ったのね……)


 甘くも切ない彼との幸せな想い出が、ガラガラと音をたて崩れていく。頬を伝う涙とは裏腹にレベッカの心には怒りの炎が灯っていた。


 震える手がグシャっと手紙を握りつぶす。


 身体が震えるほどの怒りに支配されているというのに、心はエリアスを求めている。その事実に気づかされ、心に消すことの出来ないやるせなさが広がっていった。


 今すぐ、逃げ出したい。

 精果草のことも、父とガウェイン侯爵のことも、エリアスのことも、全てを忘れて逃げ出してしまいたい。


 ただ、逃げることを良しとしない自分が心の片隅にいる。


 だまされ、はめられ、心を弄ばれ、このまま黙って逃げてもいいのかと心が叫ぶ。

 父の無実を晴らし、エリアスをギャフンと言わせたい。そして、一発殴ってやる。


 レベッカの心の中の怒りが、闘争心に火をつける。


 エリアスへの想いを断ち切るかのように、遠ざかる二人に背を向けレベッカは歩き出した。





「うわぁ、こりゃたまげたわ。レベッカさん、あんたは薬師だったんだねぇ」


 薬草や鉱物、実験器具が雑然と並べられた研究部屋を見回し、メイナードが驚きの声をあげた。


 彼からの手紙を受け取って数日、エリアスの裏切りを知ったレベッカの行動は早かった。すぐさまメイナードへと連絡を取り、彼と二人、今夜行われる闇取り引きに向け綿密な準備を進めて来たのだ。


 今度こそ失敗は出来ない。

 その気持ちだけでメイナードの得た情報を元に裏を取り、今夜確実にガウェイン侯爵家で闇取り引きが行われると確信した。しかも、その闇取り引きで商品として出品されるのが貴族令嬢との噂があるらしい。それが事実なら、かなり有力な証拠としてガウェイン侯爵を追いつめることが出来る。


 被害者が貴族となれば、国も動かざる負えない。今は、裏でしか動けないが貴族令嬢が行方不明となれば、この事件は表沙汰になる。万が一、失敗したとしても、国が表で動けば嫌でも解決へと向かうだろう。


 自分の手で解決出来ないのは悔しいが致し方ない。犠牲者がこれ以上増えることを防げるなら、それでいい。


 きっと、あの父のことだ。

 無実は自分で証明するだろう。


 エリアスの裏切りを知ったあの日から燻り続けている胸の痛みは、ますますひどくなるばかりだ。その痛みに気づかぬふりをしてレベッカはメイナードの問いに答える。


「薬師ってほどのものではないわ。この国では、女性は薬師になれないもの」


「そっかぁ……、しかし不思議なもんだ。あの傷薬だってあんたが作ったんだろう。あんな優れた薬を作ったのに薬師になれねぇったぁ、難儀な話だ。俺の国にゃ、女薬師がいっぱいいるぞ」


「そうね、この国では女は生きにくいのよ。女だからって男より能力が下とは限らないのにね。やだ、なんだかしめっぽくなっちゃった。――そろそろかしら?」


「そうさな。早めに行った方が、気持ちも楽だろうよ」


 メイナードの言葉にレベッカは引き出しからネックレスを取り出す。筒状のペンダントトップには青色に輝く液体が入っていた。


 完成した解毒薬をネックレスにして渡すと言ったエリアスの言葉が守られることはない。ただ、このネックレスは絆なのだ。

 エリアスとの関係は終わりを迎えても自分の気持ちに嘘はつけない。


 レベッカは手に取ったペンダントトップをキュと握り、首へとかける。


(どうか上手く行きますように……)


「では行きましょうか、メイナードさん」


 メイナードと二人、決戦の地へと向け研究棟を後にしたレベッカは、ガウェイン侯爵家の門扉を前にしていた。緊張からか手がじっとりと汗ばむ。これから起こることを想像するだけで怖くて仕方がない。


 レベッカが心細さから隣りを見れば、メイナードが力強く頷いてくれた。


「俺の仲間が、使用人出入り口を開けておくと言っていた。同郷で信用出来る奴さ」


 正門を横目にメイナードに続きレベッカは裏門へと急ぐ。


 小さな使用人用の木戸を抜け裏口からガウェイン侯爵家へと侵入し、裏庭を抜け、奥へ奥へと進んでいく。そして、狭い使用人通路を抜け、地下の貯蔵庫へと続く扉の前に着いた時、レベッカは頭に浮かんだ疑問に背筋を凍らせた。


 なぜメイナードは、ガウェイン侯爵家の見取り図を正確にわかっているのだろうか?


 ガウェイン侯爵家の使用人に仲間がいると言っても、国の中枢を牛耳るガウェイン侯爵家なのだ。敷地は広大で、邸宅も大きい。

 今来た使用人通路ですら入り組んでいて一人残されでもしたら脱出出来る気がしない。


 それなのに、なぜメイナードは迷うことなく、この地下通路までたどりつけたの?


 急に目の前に立つ男の得体の知れなさにレベッカの喉がゴクリと鳴る。


 メイナードを疑わなかったわけではない。

 闇オークションの大捕物が失敗に終わってからずっと考えていた。


 なぜ、あの作戦は失敗に終わったのか?


 その答えを追い求めれば、追い求めるほど頭に浮かぶ名前を信じたくなかった。

 真摯にミシェルを助けたいと訴えていた彼の真実を知るのが怖かった。だから、彼から疑いの目を逸らしてしまった。


「メイナードさん、あなたはいったい何者なのですか?」


 レベッカのかすれ声が狭い地下通路に響く。迫り来る恐怖に一歩、二歩と後ずさる。

 逃げなければと焦れば焦るほど、足は地面に縫いつけられたように動かなくなった。


 そして――、振り向いたメイナードの笑みを最後に意識は途切れ、次に目を覚ました時には、レベッカは檻へと入れられていた。

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