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青い花が導く夜明け

(わたし……、泣き疲れて寝ていたのね)


 ほんのりと橙色に照らされた室内に見覚えはない。ただ、闇オークション会場から脱出しエリアスと共に馬車に乗ったところまでは覚えている。


 室内には誰もいない。今が朝なのか、夜なのか、ここがどこなのかもわからない。


 心に押し寄せる不安にベッドの上で膝を抱えた時、扉を軽く叩く音が耳に入った。


「起きたのか? 体調はどう? 飲むと少し落ちつくと思うから」


 手渡されたカップからは湯気が上がり甘い香りが漂う。エリアスに促されカップに口をつければ赤ワインの渋みの中に柑橘の爽やかな甘味を感じ、落ち込んだ気分をわずかに上げてくれる。

 

「落ち着いたか?」


「はい。もう大丈夫です。えっと……、ここはウォール伯爵家ですか?」


「あぁ。あのまま、シャロン男爵家に送り届ければ、ご家族にいらぬ心配をかけてしまうと思ってね」


「お気遣い、感謝します……」


 静かな部屋に重い沈黙だけが続く。


 何を話せばいいかもわからない。頭の中には、檻に入れられた女性達の叫びがこだまし、心が壊れそうに痛む。燃えさかる館、そして逃げ惑う者たちの叫びや怒号が響きわたる大混乱の中、逃げることが出来ただけ奇跡だったのかもしれない。


 エリアスの状況判断の早さに助けられたと言っても過言ではない。彼がいなければ、死んでいた。


 見上げた先、エリアスと視線が絡む。沈黙が流れる中、レベッカは重い口を開いた。


「エリアス様、助けてくださりありがとうございました。そして、申し訳ありませんでした。私の計画の甘さが、今回の失敗を招いてしまった。本当に、ごめんなさい」


 目から涙があふれそうになるが、俯き必死に耐える。


(私に泣く資格なんてない……)


 もっと綿密に計画を練っていたら。

 人任せの計画ではなく、自ら偽薬のすり替えを行なっていたら。

 そもそもエリアスに全てを任せていたら……、彼女達は助かったかもしれない。


「もう……、あの女性達は助からないのでしょうか?」


「残念だけど難しいと思う。今回の計画が外にもれていた可能性を考えると、迂闊には動けない。敵も慎重になるだろうし、あの規模の闇オークションは当分開かれないだろう。個人的に闇売買が行われてしまえば、介入は難しい」


 今回の失敗が及ぼす影響はかなり大きい。あのタイミングで火事が起こったのも、こちらの動きを読み、ガウェイン侯爵側が先手を打ったとも考えられる。


 味方の中に、ガウェイン侯爵に通じている者が紛れている可能性がある以上、人員の選定も見直す必要が出てくる。問題は山積みなのだ。


「まぁ、悪いことばかりではないさ。奴らも、国の憲兵機関が動いているとわかったはずだ。しばらくは派手な動きは出来ない。数ヶ月は、身を潜めるだろうね」


「でも、彼女達はもう助からない……」


「あぁ。厳しいことを言うけど、すべてを拾うことは出来ない。そして、過去を悔やんでも、一度失ったモノを取り戻すことは出来ないんだ」


 冷たいようでいて真理をつく言葉がレベッカの心に楔を打ち込む。


「以前に話したことがあったよね。俺の母の話を。ロッキン公爵夫人の妹で、俺が五歳の時に亡くなったと」


 レベッカはエリアスの言葉に頷く。


「母は……、明るくて無邪気な人だったんだ。よくピクニックに連れて行かれて、陽が沈むまで遊んでくれた。走り回って、転げ回って、よく二人で執事のルーベルに怒られたっけか」


 昔を懐かしむように目を細め笑むエリアスの表情があまりに悲しそうで、レベッカの胸がキュっと痛む。


「でもね、母は死んだ。不慮の事故となっているけど、俺が殺したも同然なんだ」


「えっ……、エリアス様が殺した?」


「あぁ。母は湖に落ちた俺を助けるために、自ら湖に飛び込んだ。そして、俺を助けたせいで、その夜、高熱を出し母は死んだ」


「いえ、違うわ! それは事故よ。エリアス様のせいではないわ!!」


「確かに、母の死と湖に俺が落ちたことは関係ないのかもしれない。ただ、あの時、俺が湖に落ちなければ。あの時、湖に行きたいとせがまなければ、母が湖に飛び込むこともなかった」


 以前、エリアスは言っていた。

 家族と呼べるのは母だけなんだ、と。


 それだけエリアスにとって大切な存在だった母親を自分のせいで死なせてしまった。たとえ母親の死と湖に落ちたことに因果関係がなかったとしても、幼いエリアスが母を殺してしまったと罪の意識を持ってしまっても仕方がない。


『過去を悔やんでも、失ったものは取り戻せない』


 この言葉を、エリアスは誰よりも身に染みてわかっている。


「レベッカ、過去を悔やんだところで何も変わらない。罪の意識が己の中にあるのなら、後悔しないためにどう動くか。もう失わないために何を為すべきか。それが、故人への償いにもなる。俺はそう思うよ」


 罪という十字架を背負ってなお、未来をつかみ取るため足掻いて来たエリアスの言葉は重い。


「後悔しないために、何をすべきか……、っか。エリアス様、私にしか出来ないことがありますね」


「そうだね。精果草の解毒薬は、レベッカ、君にしか作れない」


「えぇ、わかっています。ただ、解毒薬のレシピにはあと一つ、重要な植物が抜けているのです。祖父の日記帳に描かれていた青い花……、あれが鍵になるとわかっているのに、アレが何なのかわからない」


「青い花? どんな花だい? そう言えば……、俺の脚にも花の模様が浮かび上がってきていたな」


「花の模様が浮かび上がってきた?」


「あぁ。死体安置所で見せた女性の遺体にもあった死痕と同じものだ」


 エリアスの呟きに、ふと疑問がわく。


「なんで……、エリアス様は生きているの?」


「はっ?」


「だって、そうでしょう。あの花の模様は死んでから現れるもの。だから、死痕って言うのよ。死ぬ前に現れるなんて聞いたことないわ。ちょっと、見せて!!」


 レベッカはエリアスを椅子に座らせズボンをめくる。ふくらはぎには、祖父の日記帳に描かれていた花と同じ模様の死痕が浮かび上がっていた。


「死痕で間違いないわ。でも、死んでいない。どうしてなのよ……」


「おい、勝手に俺を殺すな。本当に死んだ後にしか現れないのか、これは?」


「えぇ、間違いないわ。おじいさまの日記帳にも書いてあった。精果草の第一人者だったおじいさまが間違えるはずないわ」


「じゃあ、なんで俺は生きているんだろうね」


 それがわからないから、悩んでいるんじゃない!!


 呑気にそんなことを言うエリアスにイラっとする。


 今はエリアスに構っている場合ではない。もう少しで何かがわかりそうなのだ。


 死体安置所で見た女性達になくて、エリアスにあるもの……


 性別? 

 いいえ、男性も犠牲になっている。


 精果草の使われた量? 

 違うわ。エリアスも死にかけるほどの量を使われていた。


 平民と貴族の違い? 

 貴族にも過去、犠牲者はいた。


 じゃあ、何よ。何がエリアスの命を長らえているの?

 人間の特徴でも、毒の量でもなく、日記帳に書かれていた青い花が咲く……、場所? 


――――場所!?


「王宮!! 第二王子の住んでるところ!!!!」


「はっ? 第二王子の住んでるところ?」


「えぇ、そうよ。エリアス、あなた第二王子の側近って、前言っていたわよね!」


「あ、あぁ……、確かに」


「ねぇ、よく思い出して! この死痕と似た花が第二王子の住まう区画に咲いていなかった。青い、青い花よ!!」


 わずかばかりの沈黙が、その場を支配する。そして、――


「――あぁ、知っている。この花に似た青い花は、第二王子の母、側妃が眠る墓の周りに咲き誇っているよ」


 絞り出すように言われたエリアスの言葉に興奮していたレベッカは気づいていなかった。エリアスの瞳から一筋、涙が流れていたことに。





「母さん、また俺はあなたに助けられたんですね」


 青い花畑の中心に建つ真っ白な墓石を前にエリアスは、亡き母に語りかける。


 一度目は落ちた湖から救ってくれた。そして二度目は、母が好きだった青い花に命を救われた。


 死してなお、息子を守る母の意志を感じエリアスの目に涙が浮かぶ。


 子供のように無邪気で、周りを明るく照らす太陽のように朗らかな人だった。しかし、曲がったことが嫌いで、一本筋の通った正義感あふれる人でもあった。


 困り果てている人がいれば自ら助け、悲しみにくれている人がいれば抱きしめ一緒に泣く。


 性別も、年齢も、地位さえも関係なく分け隔てなく手を差し伸べることが出来る人。それが、母だった。


 頭の中で母の顔とレベッカの顔が重なり消えていく。


 絶体絶命の中、突如現れたレベッカが刺客へと放った蹴りがエリアスの脳に鮮烈な記憶を刻んだ。


 脚への執着がただのトリガーにすぎないと気づかないほどに鮮明に残った記憶が、レベッカを欲する気持ちを覆い隠した。


 今やっと理解した。

 どうして、レベッカでなければ『欲』が満たされなかったのか。


 人のために嘆き悲しみ、人のために危険に飛び込むことを恐れず、人のために死を選ぶことを厭わない。


 人のために自分を犠牲に出来る女性。

 レベッカでなければ、『欲』は満たされない。


 己が欲する女性、レベッカ――、だからこそ手放さなければならない。


 レベッカには夢がある。

 第二王子の伴侶という檻に閉じ込めるべき存在ではない。そんなこと、充分わかっている。しかし、心が納得しない。


 レベッカを思い浮かべるだけで切ないほどに胸が痛み、彼女と歩む未来をどうしても捨てきれない。


「身勝手だな……」


 ぽつり呟いた言葉が静けさに包まれた霊廟に響き消えていく。美しい真っ白な支柱に囲まれた霊廟内からは、雲一つない青空が見える。


 この霊廟に花を手向ける者も少なくなった。


 側妃が住まう離宮は静まり、母の死から数十年、いまだ沈黙を保ち続けている。

 主人をなくした離宮は滅びゆく存在。危うい己の立場と同じように、いつか消えてなくなるのだろう。


 第二王子が消え去れば、無用な争いは避けられる。


(まぁ、父王に疎まれている俺に誰も期待などしないか……)


 父王の冷たい眼差しを思い出し、胸がズキリと痛む。


 寵愛していた側妃の死の原因となった自分を父王は、生涯許すことはないだろう。

 目に入れるのも不快とばかりに、母の実家ウォール伯爵家へと追いやったのだ。


 母の喪が明けたあの日、謁見の間に呼び出され告げられた言葉を今も覚えている。

 父王にとって俺は、愛する女性を殺した憎き相手でしかない。そう思い知ったあの日、家族と呼べるのは母のみになった。


 父王も、王妃も、そして第一王子も、自分にとっては家族ではなく、敵でしかない。

 王位継承権を放棄し、すべての関係を断ち切りたいと考えるほどに、王家は悪でしかないのだ。


 ただ、第二王子という立場がそれを許さない。


「俺は、籠の鳥か……」


 ウォール伯爵として認知されている限り、第二王子という肩書きは足枷としかならず、いずれ己の首をしめることになる。命を狙われ続けている現状がそれを物語っていた。


 王の寵愛を受け、死してなお愛され続ける側妃は、王妃にとっては殺しても殺し足りないほど憎き相手なのだろう。


 その憎悪が今、自分へと向けられている。


 王位継承権の放棄が認められたとしても、第二王子の死を手にしない限り王妃は満足しないだろう。暗殺の手を今後もゆるめることはない。


 己の側にいる限り、レベッカもまた命を狙われ続ける。だからこそ、この想いは封印しなければならない。


 彼女を守るために。


「母さん、俺にも愛する人が出来たんだ。でも、ごめん。母さんに紹介出来そうにないや」


 エリアスはその場にしゃがむと、足元に咲く青い花を摘む。

 

 もうすぐ精果草の解毒薬は完成するだろう。さすれば、精果草の事件も解決へと進んでいく。


 レベッカを手放さなければならない時も近づいている。


 あと少し。

 あと少しだけ、わがままを許してくれ。

 この事件が解決したら、レベッカを手放すと誓うから。


 だから、お願いだ。

 俺からレベッカと過ごす時間を奪わないでくれ。


 青い花が悲しげに手元で揺れている。


「母さん、また来るよ」


 エリアスは墓石に背を向け歩き出す。その悲しげな背を慰めるかのように、柔らかな風が霊廟を吹き抜けていった。

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