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後悔と罪悪感

 ロッキン公爵家で開かれたお茶会から、エリアスとの関係は何も変わっていない。


 欲が暴走しエリアスの瞳が金色に変わる度に、彼へと脚を差し出す。甘い雰囲気になるもののエリアスは、脚に執着するだけでそれ以上の行為に進むことはない。その事実がレベッカの心を蝕み続ける。


 結局のところエリアスにとってレベッカは、欲を満たし命を繋ぐための道具でしかない。そこに愛はないのだ。


 レベッカは心に溜まり続ける澱みを吐き出すようにため息をこぼす。


「レベッカ、どうしたの? 何か心配ごとが?」


 頭上から降って来たエリアスの声に、ビクッと身体が揺れる。


 これから重要な任務があるというのに、余計なことを考えているなんて緊張感が足りない。連れていって欲しいと頼んだのは、他ならぬ自分だというのに。


「エリアス様、ごめんなさい。何でもないの」


「無理しなくてもいいんだよ。ここから先は、ショッキングな絵面を見る可能性だってある。令嬢が来るような場所でもないしね」


「えぇ、善良な令嬢が来るような場所ではありませんわね」


 レベッカは階下の壇上を見下ろし眉をひそめる。今も珍しい隣国の小動物が競売にかけられている。真っ白な毛を持つ狐のような見た目の動物は、その希少性から隣国では保護対象になっている。密輸され闇売買されているのは明白だ。


 貴族の道楽とでも言っているのか、着飾り優雅に振る舞う客達だが仮面の下に醜悪な本性を隠している。ここに集まる者たちは皆、鬼畜な悪魔どもなのだ。己の欲望を満たすためならば、人の死すらおもちゃにする。


 だからこそ逃げない。逃げは己の矜持に反することなのだから。


「でも、自ら望んだことですわ。だから逃げません。ここに集まる悪魔の末路を見届けるまでは、ね」


「心配は、無用だったようだね。じゃあ、これからの作戦を伝えるよ」


 真剣な眼差しを向けるエリアスの顔を見て、コクンと頷く。


 見渡せる範囲にいる客の中には目的の人物はいない。主犯格は、他の客からは見えない二階の個室席のどこかにいるのだろう。ただ、メイナードの情報によれば、精果草に関する取り引きが行われる時のみ、主催者側の貴族が壇上に現れるという。その瞬間を取り押さえることが出来れば言い逃れは出来ない。

 

 会場の出入り口を見張るように憲兵が多数配置され、一階席にも客を装い人員を紛れ込ませている。そして、二階席の個室には今回の作戦の司令官となるエリアスとレベッカが待機し、部下へと指示を出す手筈となっていた。


 階下では白熱したオークションが続き、客のボルテージも上がっていく。そして、会場の熱気が最高潮に達した時、舞台袖から金色のマスクをつけた初老の男が登場した。


 目元を覆うマスクをつけていようとも、見る人が見れば、その男がニールズ伯爵であるとわかる。


 覚悟はしていた。

 しかし、己の義父になるかもしれない男の裏の顔を目の当たりにして、想像以上の衝撃を受ける。


 ニールズ伯爵の裏の顔に、もっと早く気づいていたら犠牲者は少なく済んだのかもしれない。


 考えれば、考えるほど罪悪感で心が押しつぶされそうになる。しかし、今は後悔に落ち込んでいる場合ではない。これ以上の犠牲者を出さないためにも作戦に集中するべきだ。


 レベッカは、ニールズ伯爵を睨みつけ気合いを入れる。その時、頭上から不穏な呟きが降って来た。


「ニールズ伯爵のみとは……、変ですね」


「えっ? 何が変なのですか? この悪趣味な宴の主催者はニールズ伯爵ですよね」


「あぁ、そうだ。でも、黒幕は別にいるんだよ。レベッカ、君はガウェイン侯爵を知っているかい?」


 エリアスの言葉に首をひねる。名前は聞いたことがあるが、姿形、人柄など基本的情報は知らない。


「ガウェイン侯爵はね、宮廷貴族の中でも王妃派筆頭貴族なんだよ」


 オーランド王国国王には、かつて二人の妃がいた。一人は王太子の母であり正妃でもある王妃。そして、もう一人は第二王子の母であり、国王からの寵愛も深い側妃だった女性。彼女は、第二王子がまだ幼き頃に水難事故で命を落とした。


 側妃亡き後、彼女の死に疑問を抱いた一派が第二王子を担ぎ上げ、王位継承争いまで発展した事件を起こした。その貴族を二分する大事件を制したのが、王妃派のガウェイン侯爵だった。


 その後、第二王子派は解体され、王妃派が勢力を伸ばし現在、国の中枢を握るはガウェイン侯爵と言われている。


「待って、待って。国の中枢を担うガウェイン侯爵が、精果草事件の黒幕だとすれば、国がひっくり返る大事件に発展する可能性があるってこと?」


「そうなるだろうね。場合によっては、王妃の関与まで発展するかもしれない」


「うそ、でしょ?」


「嘘に聞こえた? さすがに俺でも、こんな場所で冗談なんて言わないよ。王妃の関与云々は別として、ガウェイン侯爵が闇取り引きの黒幕の可能性は高い。だからこそ、不思議なんだよ。前情報では、ここで登場するのは二人。ニールズ伯爵とガウェイン侯爵、今回の闇取り引きに参加している貴族連中を考えると、伯爵程度では埒があかない。侯爵が顔を見せなければ満足しない面子がそろっている」


「ガウェイン侯爵は、後から壇上に立つとか?」


「その可能性もあるけど、嫌な予感がするんだよ。まぁ、どちらにしろ計画が始動した以上、後には引けない。少し様子を見ようか」


 そう言って座席へと深く腰掛けたエリアスに続き、レベッカも隣へ腰を下ろす。

 壇上ではニールズ伯爵のもったいぶった口上が続き、会場が一瞬暗くなった後、突然現れた大きな檻に観客の歓声があがった。


 檻の中には、五人の女性が鎖に繋がれ座っている。その中に見知った女性を見つけ息をのむ。


(ミシェル……、逃げられなかったのね)


 彼女を逃す方法を探すと最後まで言っていたメイナードだが、結局それは叶わなかったのだろう。彼の無念を考えると胸が痛む。


 恐怖にガタガタと震え怯えた目をさらす女や、生気を失い虚な目をする女。そして、檻の中を値踏みし狂喜乱舞する悪魔たち。支配される者とする者の地獄絵図がレベッカの眼下に広がる。

 

『さぁさぁ、皆さま方。これからお見せするのは世にも珍しい花を使った特別な見せ物でございます。かつてオーランド王国を震撼させた薬物『精果草』。この花は別名、欲望を喰らう花と呼ばれ、ひとたび使えば世にも稀な悦楽を人に与えると言われています』


 壇上に上がったニールズ伯爵が、真っ赤な花弁を持つ一輪の花を観客へと見せる。


『しかし、この花にはある特徴がある。稀な悦楽を与える代わりに、非常に強い常習性を持ち、欲が満たされねば死ぬ。狂ったように愉悦を求め、激しい欲を満たすためなら、どんなことでもする獣と化す。使い方は人それぞれ。意中の相手に使うも良し、蹴落としたい相手に使うも良し、絶え間ない快楽を得るために使うも良し。では、お見せしましょう。この花の凄さを』


 ニールズ伯爵の指示で屈強な男が、檻からミシェルを連れ出し、椅子へと繋ぐ。そして、男が取り出した毒々しい赤色の液体が入った注射器を見たレベッカは叫びそうになった。


(嘘でしょ!? どうして、あり得ないわ!!)


 メイナードへと渡した偽薬の色と注射器に入った液体の色がわずかに違う。

 日々、精果草を扱う者にしかわからない程度の違いだが、レベッカの目は的確に偽薬との違いを見わけていた。


(あれは、本物の精果草だわ!?)


 ぐるっと会場内を見渡すがメイナードらしき男は見当たらない。彼は偽薬のすり替えに失敗したのだ。


 レベッカの心に焦りが広がっていく。

 あんなモノを体内に直接入れられたら、どうなるかわからない。


 見慣れた毒々しい赤色を目にしたレベッカは、立ち上がり反射的に扉へと走り出す。


「レベッカ! 待って!! どうしたんだ!?」


「離して!! 行かなきゃ! 今すぐ止めないと死んでしまうわ。あんな量、入れられたらひとたまりもない!!」


 すぐにでも助けに行きたいレベッカには、エリアスの焦り声も聞こえない。


(早く行かなきゃ、死んでしまう。目の前で人が死ぬなんて耐えられない)


 すべて、私のせいだ。

 なぜ偽薬のすり替えが失敗する可能性を考えていなかったのだろう。

 こんな計画、提案しなければよかった。


 激しい後悔が心に押し寄せ涙が浮かぶ。また、自分のせいで人が死ぬ。罪悪感で押しつぶされそうになるレベッカを羽交じめにし、エリアスが怒鳴る。


「レベッカ、落ち着け! 手は打ってある」


「えっ!?」


「偽薬へのすり替えが失敗した場合を考慮し作戦は考えてある。だから、落ち着け」


 振り仰いだレベッカへと、落ち着かせるようにエリアスが大きな頷く。


「この場で捕えればニールズ伯爵は言い逃れは出来ない。ガウェイン侯爵を捕えることは難しいが、ニールズ伯爵さえ捕えれば芋づる式に侯爵へと繋がる証拠も見つかるだろう。人命第一だ。今すぐ、指示を出す。だから、焦るなぁっ――――」


 その時、爆発音と共に『火事だ!!』と叫ぶ声が聴こえ、階下は大混乱へと陥いった。


「くそっ!! こんな時に!?」


 エリアスの叫び声に、レベッカは状況がさらに悪い方へと動いたことがわかった。


「レベッカ、計画は中止だ。逃げるぞ!!」


 エリアスに手を掴まれ走る。

 小部屋を出て階下へと続く階段から下を覗けば、出口へと人の波が押し寄せている。こんな状況では、この場に居合わせた悪魔共を捕えることは不可能だ。


 悔しさを胸にエリアスに手を繋がれ走る。そして人の波に紛れ脱出して気づいた。


「エリアス、檻に繋がれた女性たちを助けなきゃ!!」


「無理だ!! 今、戻れば奴らの思う壺だ。計画の情報が漏れていたとしか考えられない。あきらめるしかない」


「じゃあ、彼女達はどうなるの!?」


 苦しげに歪められたエリアスの目を見て悟る。あきらめるしかないと。


 頭の中が真っ白になる。

 彼女達の末路はどうなるのだろう。

 『死』の文字が頭を過り、愕然とする。


 茫然自失で立ち尽くすレベッカを抱き上げエリアスが走り出す。


 あふれ出した涙が止まらない。


 レベッカは後悔と罪悪感に押しつぶされ、エリアスの腕の中、ただ嗚咽をもらし泣くことしか出来なかった。

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