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レッテル

 左右対象に配置された花壇には、色とりどりの花が咲き誇り、真っ青な空に映える。そして爽やかな風が吹くたびに芳しい花の香りが鼻腔をくすぐり、居合わせた者達の心を華やいだものへと変える。


「さすが公爵家の茶会ね……」


 美しい庭が見渡せる場所に置かれた椅子に腰掛け、レベッカは圧巻の光景を見渡す。


 所々に配置されたテーブルに置かれたお菓子一つとっても手がこんでいる。指先でつまめるほどの小ささなのに、フルーツタルトの上に飾られた兎の形の飴細工は細部まで精巧に作られていた。


 レベッカは金粉が散らされた四角いチョコレートを口に入れる。すると、鼻から抜けた柑橘の香りと酸味が、濃厚な後味を爽やかにしてくれた。


 さすが公爵家の茶会と言えるほど細部にまでこだわったおもてなしに、レベッカはただただ感嘆のため息をもらす。


(このお菓子の数々を食べられただけ、参加した価値はあるわね)


 遠巻きに見ているだけで、誰も近寄って来ない。それをいいことに、レベッカは自由に茶会を堪能することにした。


(これは、アレとアレを組み合わせれば商会でも再現出来そうね)


 次々と、芸術的な菓子を口に放り込みながら商魂たくましく、商品転用を考えていたレベッカへと声をかける命知らずがいた。


「あっら、レベッカさん。ごきげんよう」


 クスクスと嘲りの声が耳に入り、レベッカの眉間に皺がよる。振り返らなくてもわかってしまうくらいには毎度絡まれている。

 レベッカとしては、そろそろ放っておいて欲しいと思う今日この頃だ。


(あぁぁ、またなの。本当、暇よね)


 レベッカは無視を決め込み、目の前のゼリー菓子を摘むと口に放り込む。苺を濃縮したような甘味と酸味が口いっぱいに広がり、幸せを噛みしめていると、痺れを切らしたバーキン伯爵家のシレイナ嬢がレベッカの肩をつかんだ。


 こうなっては、振り返らないわけにはいかい。ゆっくりと踵を返したレベッカは、ドレスを摘むとカーテシーをとる。いくら嫌いな相手とはいえ、礼を失することは出来ない。

 セインの婚約者として悪女を演じていたときは、礼を失する行為もたくさんして来たが、今はその必要もない。


 スッと腰を折り頭を下げるレベッカを見て、相対する令嬢達が予想外の反応にたじろいだ。しかし、状況を素早く理解したロジャー侯爵家のルイーゼ嬢が反撃に出た。


「あらぁ、レベッカさん。宮廷貴族に対する謙虚な姿勢、素敵ですわぁ。でも、底意地の悪さが滲み出てましてよ。所詮は付け焼き刃のマナー。子供のお遊戯会にでも参加されるのかしら?」


「ルイーゼ様、それは流石に可哀想ですわ。レベッカさんは、とうとう婚約者の殿方にも愛想を尽かされたそうではありませんか。違う殿方を見繕うのに必死なのですわ。宮廷貴族の殿方に選ばれるには、少し技術が足りないようですけど」


 餌を欲しがる小鳥のように意地悪く囀る令嬢たちを眺め、レベッカの心にも怒りの炎が宿る。しかし、ここで怒りを露わにすれば相手の思うツボ。レベッカは腹にグッと力をこめ怒りを堪える。

 そして、スッと元の姿勢に戻るとニッコリ笑みを浮かべた。


「皆さま、ご忠告感謝致しますわ。でもご心配には及びませんの。婚約者さまには私の想いは伝わりませんでしたが、私を大切に思ってくださる方はいますのよ」


 持っていた扇子で口元を覆い、意味深な笑みを浮かべてやる。


 勘違いするなら、勘違いすればいい。大切に思ってくださる方というのが、必ずしも男性を指している訳ではないと、気づかないお馬鹿さんが悪いのだ。


「皆さまも、お気をつけくださいませ。女だけで連れ立って楽しんでいますと、いつかわたくしと同じ目に合いましてよ」


「何ですって!? わたくし達が、あなたと同じ!! ふざけないで」


 どうやらシレイナの地雷を踏み抜いてしまったらしい。怒りも露わに怒鳴り出した彼女の様子に周りの令嬢も困惑気味だ。しかし、レベッカにとっては知ったことではない。


 無視を決め込み去ろうとしたレベッカの背に罵声が浴びせられる。


「あんたなんて、あんたなんて……、婚約者に振られたからって、今度はウォール伯爵様に色目を使うなんて、この性悪女!! 彼には、ちゃんと心に決めた女性がいるの! あんたみたいな阿婆擦れなんて相手にされないんだから!!」


 フッと頭をよぎったエリアスの顔に胸が軋む。ただ、その理由にレベッカは気づかない。


(そりゃ、伯爵位で、あれだけ整った顔をしていれば女は放っておかないわよ。悪女なんて、相手にするわけないじゃない……)


 罵声を浴びせて、その場にワッと泣き伏してしまったシレイナに注目が集まる。そして、相対するレベッカへと注がれる非難の眼差し。結局、こうなるのだ。


 非が相手にあろうとも、結局は悪となってしまう。いくら謙虚な姿勢を見せようとも、悪女として貼られたレッテルは、そう簡単には外せない。


 今では、レベッカとセインの不仲の原因はレベッカにあるとされ、どこへ行っても非難の目に晒されていた。


 自分で撒いた種とはいえ、やるせない気持ちが心を暗くする。


(どうせ、ここに居たって非難の目にさらされる。それなら嫌な思いをしてまで、この場所に留まる必要なんてないわね)


 レベッカは、今だに泣き伏せるシレイナを一瞥し、踵を返すと歩き出した。しかし、数歩も行かぬうちに見知った人物に退路をふさがれてしまっていた。


「こんにわ、お嬢さん方。私の名前が聞こえたようだけど、どうしたのかな?」


 綺麗な笑みを浮かべレベッカの側を横切ったエリアスが、今だに泣き伏すシレイナの手をとる。


「こんなところで座っていたら素敵なドレスが汚れてしまうよ」


 優しい言葉に促され立ち上がったシレイナの化粧は泣いていたはずなのに、崩れなく綺麗なままだ。エリアスに見つめられほんのり紅がのった肌は艶が増し、泣く前よりも華やかに顔をいろどる。


(やっぱり泣き真似だったのね……)


 涙は女の武器というが涙の跡すらない完璧な化粧顔を見て、『どうせ泣き真似するなら、最後まで貫き通しなさいよ』と心の中で悪態をつく。


 お粗末な茶番劇でも、悪意を当てられる方はたまったものではない。

 そんなことをレベッカが思っているとはつゆ知らず、茶番劇は続いていく。


「ウォール伯爵さま、ありがとうございます。わたくし、あの悪女に責められ恐ろしくって……」


「それは大変だったね」


 肯定されたことで、勝ちを確信したのかシレイナがエリアスの胸へとしなだれかかり、泣き真似をしながら、レベッカの悪態をつき始めた。


 綺麗な笑みを浮かべ、シレイナを胸に抱くエリアスの目が笑っていないことに、この場にいる者たちは気づいていない。そのことに気づいているのは、レベッカだけだ。


(あぁぁ、この茶番劇に結局は巻き込まれる運命なのね。エリアスが悪魔に見えてきたわ)


 レベッカはエリアスとシレイナのやり取りを静観することに決めた。


「シレイナ嬢、それはすまなかったね。私の大切な女性が君を傷つけてしまったようで」


「えっ……、大切な女性?」


「あぁ、レベッカは私の命よりも大切な存在だよ。彼女が死んでしまったら、私も死ぬしかない」


「はっ? あの女が死ぬと、エリアス様も死ぬ?」


「そうだよ。それほどまでに、大切な女性なんだ。だから――、彼女を傷つける者は誰であろうと容赦しない。ウォール伯爵家の力を持って叩き潰す。シレイナ嬢、理解してくれたかな?」


 シレイナを見下ろすエリアスの顔から笑みが消え、冷え冷えとしたものへと変わっていく。

 恐怖で固まるシレイナを置き去りに踵を返したエリアスは、数歩先で事の成り行きを見ていたレベッカへと近づくと自然な流れで腰を抱く。


「レベッカ、行こうか」


 エリアスに腰を抱かれ立ち去らねばならない状況に憮然とするが、レベッカはため息を吐き出し彼のリードに身を任せた。

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