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突破口

(気絶しているんじゃ、話にならないわね)


 レベッカはひとまず、目の前で腰を抜かしている鳶色の髪の男へと声をかけることにした。


「大丈夫ですか? えっと――、お名前は?」


「あぁ、すんません。俺は、メイナードって言います。まさか、女性に庇われるとは思ってもいなくて……、面目ない」


 照れ臭そうに頭をかく男の頬がほんのり赤く染まる。自分より身体も小さな女に助けられたことなんてないだろう。恥ずかしくても仕方がない。


「いいえ、私も出過ぎた真似をしました。かえってお立場を悪くさせてしまっていたら、ごめんなさい」


 がばっと頭を下げると、慌てた声が頭上から降ってきた。


「あぁぁぁ、頭をあげてください。あやまんねぇといかんのは俺のほうさ。助けてくれて、ありがとな」


 臆面もなく頭を下げる男に好感がわく。


 貴族社会の男達は、女、子供は庇護対象でしかない。たとえ助けたとしても、余計なことはするなと怒鳴られて終いだ。だからこそ、メイナードの行いはレベッカの目には新鮮に映った。


 快活に笑う姿は実直そうで、人の良さが顔から滲み出ている。


 カッ、カッと朗らかに笑う顔は日に焼け、力仕事をする下男らしく引き締まった体躯は無駄がない。本来であればセインのような見た目だけの男にやられるようなタマではないだろう。しかし、笑う顔には殴られた跡がくっきりと残っていた。


(権力に物言わせ暴力を振るうなんて、本当、最低!!)


 今だに気を失っているメイドを庇い、セインの暴力を甘んじて受け入れた優しい男。レベッカの中でメイナードの株はうなぎのぼりだ。


「メイナードさん、顔、怪我してますね。ちょうど良い傷薬を持っているんで、使いますか?」


 レベッカはポケットから小瓶に入った緑色の薬を取り出すとメイナードへと見せる。


「そりゃ、もしかして……、シャロン商会の傷薬かい?」


「えぇ、まぁ」


「最近じゃ、滅多に出回らない貴重品じゃねぇか。すっげぇ効き目だって有名だぜ!」


 メイナードの褒めようにレベッカの顔が熱くなる。レベッカがひとり立ちして初めて開発した薬の評判を直に聞けるのは貴重な経験だ。しかも、平民の間でも噂になっていることがすごく嬉しい。


 最近では、傷薬の効能があまりにも高く、軍で買い占められてしまい、平民にまで出回らない。そう母が嘆いていたのを知っているだけに、嬉しさもひと塩だ。


 もともとあの傷薬は平民でも手に入れやすいように原価ギリギリの安値にしていた。しかし、より高く売れるところに品物が流れるのは市場の原理。今は値段が跳ね上がり、レベッカの思いとは裏腹に高価な薬となってしまった。


(もっと改良して誰にでも手に取れる品にしなきゃダメね)


「たまたま、まだ安い時に手に出来たの。効果は保証するわ。塗ってもいい?」


「助けてもらった上に、高価な傷薬まで使ってもらって、すまねぇ」


「気にしないで」


 レベッカは蓋をあけ緑色の軟膏を手に取ると、顔の傷に塗り広げた。


「明日には、腫れがひいてくると思うから。さて、後ろで気絶しているお嬢さんをどうしようかしら? メイナードさん、彼女のこと知っている?」


「あぁ、住み込みで働いているメイドさ」


「あらっ? 住み込みで働いている人もいるのね」


「あぁ、俺みたいな隣国から来た出稼ぎ労働者はみんなそうさ」


「では、彼女も隣国出身なの?」


「たぶんな。ここに寝かせておくのも、不味いな。彼女の部屋まで連れて行くから、おめぇさんも着いて来てくんねぇか?」


 気絶したメイドを器用に背中に背負ったメイナードがレベッカを見る。


(メイドの部屋に下男が一人で入れば、いらぬ誤解を生むわね)


「えぇ、私で良ければ」


 メイドを背負ったメイナードに続き、レベッカも歩き出す。そして、はたと気づいた。


「そう言えば、名乗ってなかったわね。私、レベッカって言うの」


 気絶したメイドから情報をどうやって聞き出すか思案していたレベッカは気づいていなかった。


『レベッカ』と言う名にメイナードの肩が一瞬、ビクッと震えたことにも、間違えて本名を名乗ってしまっていたことにも。





 メイナードがベッドの上へとメイドを降ろす。その様子を扉の側で見守っていたレベッカはひっそりと静まり返った廊下を見やり口を開いた。


「この使用人棟、人の気配がないのね」


 まだ昼間なのだから人の気配がないのは当たり前なのだが、窓枠に積もるほこりに、あちらこちらに蜘蛛の巣がかかっている。そして、廊下の床板は所々虫に喰われ、今にも床が抜けそうだ。人が住むには、廃屋のような有りさまにレベッカは眉をひそめる。


 衣食住の安定は人間が生きて行くには必要不可欠な要素だ。その一つである住が、こんな状態ではまともに仕事なんて出来ない。

 ハウスメイドの数が極端に少なかったのも頷ける。


「もしかしてメイナードさんの住む使用人棟も、こんな感じなの?」


「あぁ、似たようなもんだな。ただ、ここよりは人がいるだけマシかもしれん。ここに住んでいるのはミシェルを含め三人だけだ」


「ミシェルって言うのは、彼女のこと?」


「あぁ、同郷なんだ。ミシェルも嘆いていたよ。ここの環境は最悪だって。ただ、金払いはいいんだよ。出稼ぎの俺らにとっちゃ、金さえ手に入れば環境なんてどうだっていい」


 投げやりとも取れる言い方をするメイナードの話を聞きながら、レベッカの中に疑問が浮かぶ。


 今、メイナードはこの使用人棟に住んでいるのは、ミシェル含め三人と言ったのだ。つまりは、現在ニールズ伯爵家で働くメイド五人のうち、三人が出稼ぎの可能性がある。または、何らかの事情で家に住めない平民女性か。


 嫌な予感をひしひしと感じる。


「メイナードさん、お聞きしますが……、こちらに住まう残りのメイドの方々も他国からの出稼ぎだったりしますか?」


「たぶんな……」


 そう言ったきり口を閉じてしまったメイナードを見やり、頭の中に浮かぶ予感が最悪な形で当たってしまったことをレベッカは悟った。


 メイナードは知っているのだ。

 ニールズ伯爵家に集められたメイドが、どうして素性のはっきりしない女性たちばかりなのか。そして、極端に少ないのかを。


「メイナードさん、どうしてここで働く使用人達は皆、他国からの出稼ぎばかりなのでしょうね?」


「えっ……、あぁ……、給金が良いからじゃねぇか」


「そうですね。貴族家のハウスメイドの仕事であれば妥当な給金だと思います。しかし、本来であれば伯爵家のような宮廷貴族家に仕えるメイドは、それ相応の教育を受けた者の仕事なのです。たとえ、ハウスメイドであろうと、それは変わらない」


 そうなのだ。宮廷貴族に位置する伯爵家以上の貴族家で働く使用人は、教育の施されていない平民や他国から来た出稼ぎ労働者がなれる職種ではない。


 新興貴族出の娘が行儀見習いも兼ね、主人の身の回りの世話をするレディメイドとなる他、平民の中でも裕福な家庭の娘がハウスメイドとして働いたりするのが通例なのだ。


「レベッカさん……、あんた、何がいいたい?」


 戸口に背をつけ立つレベッカへとメイナードが胡乱な視線を投げる。


「簡単な話ですよ。本来なら就くことも叶わない貴族家のメイドに、なぜこちらに住まう御三方は就いているのでしょうか?」


 レベッカはベッドの端に腰掛け、窓脇に置かれている椅子を指し示す。


「ミシェルさんは、まだ起きそうにありませんし、彼女が起きた時に知らない女が部屋にいたら驚かせてしまいますわ。メイナードさん、彼女が起きるまで一緒に居てくださるかしら?」


 小首をかしげ椅子に座るように促すレベッカの耳に諦めにも似たメイナードのため息が聴こえる。


「あぁぁ、それでお前さんは俺に何を聞きたい?」


 人の良さそうな笑みを消し、眼光鋭く睨むメイナードを見つめ、レベッカの喉がゴクリと鳴る。


 これは、賭けなのだ。

 果たして、メイナードは敵なのか、味方なのか。

 ただ、同郷のメイドを助けた良心は残っているはずなのだ。


 レベッカはメイナードの良心に賭けることにした。


「メイナードさん、あなたはニールズ伯爵家の裏稼業が何かを、ご存知なのではありませんか?」

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